二酸化炭素は、地球を暖かくするという理由で、嫌われる気体になっています。脱炭素の潮流の中、二酸化炭素を排出するタンパク源には逆風も吹き始めています。地球温暖化を促進しているのは、工場や自動車から排出される二酸化酸素だけではないのです。メタンガスは二酸化炭素の約25倍の温室効果があり、近年その影響の大きさが指摘されるようになりました。牛がゲップする光景は、愛嬌があるものです。この牛のゲップに、メタンが多く含まれることは畜産を学ぶ学生なら誰でも知っていました。驚くことに、世界の温暖化ガス排出量の3割を農業分野が占め、うち8割近くが牛のゲップに由来するといわれるようになったのです。このような情況の中で、昆虫タンパクは生産段階でのC02排出量を抑えられるため、持続可能な飼料として注目されるようになりました。昆虫からタンパク質1キログラムを得る場合、排出される二酸化炭素量はほぼゼロとされています。牛を育てる場合、メタンを排出します。温暖化を阻止するタンパク源として、昆虫の活用が進んでいるのです。昆虫の活用には、食用と飼料があります。E.Uでは、ミールワームやトノサマバッタ、コオロギが食品としての域内販売が認可されています。デンマークでは、バッファロービートルという昆虫の幼虫の粉末を活用した菓子などを販売しています。もっとも、主力は養殖などの飼料に利用されることが多いようです。
国連によると、世界の人口は2050年段階で97億人と2021年に比べ23%増えると予測されています。この増える人々のタンパク質を供給する資源として、魚類に注目が集まります。その中でも、養殖魚が本命の一つに挙げられています。その養殖業には、心配事があるのです。養殖は、製造原価のうち飼料代が半分以上とされています。魚の養殖で使う飼料の魚粉や大豆かすの価格は、原材料の高騰により上昇しているのです。2022年のイワシの魚粉価格は、1キログラムあたり209円になっています。これは、2021年に比べて32%高くなっているのです。イワシは食用でもあり、人口の増加に伴い、魚粉価格がさらに上昇することが予想されます。また、大豆の生産も天候に左右される面があり、価格の変動が激しいという弱点もあります。もし、昆虫由来の飼料が安定して調達できれば、将来的なコスト高の影響を最小限に抑えることができます。魚粉に使うイワシなどと比べて安定調達できる昆虫を、代替飼料として活用することが考えられるわけです。現状では、昆虫由来の飼料のコストは魚粉に比べて割高になる見通しです。でも、昆虫飼料の市場が大きくなれば、食糧資源の減少や価格高騰を回避する解決策となります。もっとも、魚粉等の既存の飼料と価格、そして品質など、昆虫飼料の改善と開発が必要になります。
食料の増産とその流れを見て、昆虫飼料に注目する企業も現れています。フランスのインセクトは2011年創業で、「ミールワーム」という昆虫の幼虫を大量に飼育の技術を持つ企業です。この企業は、2023年には世界最大となる年10万トン規模の新工場を仏で稼働する予定になっています。その新工場建設のために、これまでに約4億ドル(約540億円) の資金調達することに成功しています。インセクトは、メキシコなどでの大規模工場建設の検討も始めています。このインセクトと日本の丸紅が、日本市場への展開で協業する基本合意を結びました。丸紅はインセクトと共同で、マダイやブリといった養殖魚の飼料の開発にも共同で進めことになります。日本の魚粉の国内消費量は、40万トンになります。丸紅は、その1割弱に相当する3万トンを販売する計画です。水産養殖市場は、世界的に見ても成長が期待されています。そこに、昆虫飼料の未来があるようです。
欧州では、昆虫が食用のほかに、豚や鳥などの畜産用の飼料やエビの養殖用飼料としての市場が広がりつつあります。その中でも、オランダのプロディックスやフランスのイノーバフィードは、生産量で先行しています。これらの企業には、弱点もあるようです。イノーバフィードは気温の低い欧州に工場があるため、暖房設備に電力を使っているのです。同じように、プロディックスは気温の低い欧州に工場があるため。暖房設備に電力を使っています。温暖化に、逆行する工場になります。これらの先行企業に追いつくべく、住友商事は、出資するシンガポールのスタートアップから日本での独占販売権を取得しました。気候が温暖なアジア地域に工場を持っているため、昆虫育成時に暖房設備を必要としないという特徴があります。住商は日本での販売でノウハウを蓄積し、将来はアジア市場などへの展開につなげたいとしているようです。日本国内にも、スタートアップはあります。長崎大学発のスタートアップ、ブーンは昆虫の幼虫を育成する研究を始めました。このブーンは、独自の方法で「ミールワーム」の幼虫を育成する仕組みを開発しています。ブーンは、コンテナ型の装置を使う点が特徴で、環境負荷やコストを抑えことができます。現在は、ミールワームの加工工程を改良することで、日本で養殖する魚種に合った餌の開発を進めています。
ここに来て、面白い飼料の開発が見られます。京都大の研究グループは、シロアリに間伐材を与えて養鶏用飼料をつくろうとしています。京都大の松浦健二教授は、2020年1月、鹿児島県の山林でオオシロアリの巣を採集して持ち帰りました。体長1センチほどのオオシロアリ数百万匹が、木の葉の中で動き回っています。シロアリは巣から逃げることなく生活し、飼育に手間がかからないのです。1キロの間伐材を餌にして、約45グラムのオオシロアリが育つのです。このシロアリには、高タンパクで脂肪分や繊維質も多く含まれています。シロアリは、養鶏用飼料として一般的な大豆かすや魚粉と比べて栄養分の遜色はありません。このシロアリはそのまま鶏に食べさせたり、冷凍乾燥により粉末にして他の飼料と混ぜて利用ができるのです。森林は、日本では数少ない自給できる資源になります。余剰資源を利用できる地方で、シロアリの生産と林業を融合することも可能になります。山林に放置されている間伐材を有効活用し、鶏肉と鶏卵の生産に結び付ける発想は楽しいものです。
放置されている間伐材の利用ではないのですが、廃棄物と昆虫飼料の融合は、すでに行われています。2014年、カナダのバンクーバー市は、すべての野菜廃棄物のリサイクルを義務づける法律を可決しました。多くの企業は、リサイクルを義務づけるこの法律が現実性をもたないと非難したのです。でも、困った企業が多ければ、それを解決した企業にはビジネスチャンスが訪れることになります。カナダのエンテラ社は、野菜の廃棄物を利用する仕掛けを作っていました。この会社は、グローバルな問題である食品廃棄物と人類の栄養不足という2つの課題の解決策を用意していたのです。食品が大量の売れ残り、古くなった野菜やサラダなどを廃棄する大手食料品店は存在していました。これらの企業は、リサイクルを義務化された条例に苦慮していたわけです。この野菜の廃棄物を有料で受け入れる施設ができたのです。古い果物、野菜など甘酸っぽい匂いのするゴミの山を積んだダンプカーが入ってきます。エンテラ社は「廃棄物」を有料で受け取り、ミキサーにかけてドロドロのジュースにします。このジュースを、アメリカミズアブの幼虫に食べさせるのです。驚くべきことですが、5 kgのアブの幼虫が100トンのくず野菜を餌として食べてしまうのです。この5kgのアブの幼虫は、6トンの肥料と6トンのタンパク質の豊富な幼虫を作ります。幼虫の糞と蛹の抜け殻が、6トンの肥料になります。アブの糞から作られた肥料は、地元の農家や家庭菜園に利用されています。タンパク質の豊富な幼虫は、ニワトリや魚の高品質の飼料になります。
間伐材を放置しておくと、森の生態系を崩すという指摘がされるようになりました。そこで、間伐材の利用が考えられたわけです。間伐材の伐採から運搬まで、いかに効率的に行うかが課題になってきたわけです。バイオマス発電の場合、1キロワット時当たり30円になります。間伐材や未利用木材は、2000万立方メートル(約400万トン)が毎年発生しているのです。間伐材4万トンで、1億5千万円の売電利益を得ることができます。理論的には、400万トンの間伐材で、150億円の売電利益を得ることができます。でも、運搬する距離が100㎞を超えると輸送費の関係で不利になります。バイオマス発電より有利な案はないかと考えてみました。シロアリと間伐材の融合が、その一つになります。それだけではものたりません。そこに、エネルギー資源の獲得という要素を加味したら、面白いことになります。シロアリの消化官は、植物の木質分解速度が猛烈に速いという特徴があります。高等植物を構成している植物の3分の1は、セルロースからできています。木材には、セルロースが50%以上含まれています。このセルロースを分解できる動物が、シロアリなのです。多くのシロアリの消化管には、原生動物が共生しています。この消化管の中には、原生動物やバクテリアなどの菌類が数百種類以上共生しているのです。この菌類の中には、空気中の窒素を固定化できるバクテリアも住んでいます。この窒素をアミノ酸にして、シロアリに提供しているのです。また、セルロースを原生動物に分解してもらいながら、それをブドウ糖に変えてもらってもいるのです。もちろん、そのブドウ糖はシロアリに提供されていきます。そして、最後の知見になりますが、その微生物の中には、セルロースを食べながら水素を発生させる菌がいるのです。シロアリの中に住むこの微生物の発酵能力は、A4一枚の紙から、水素2㍑生み出すことができます。シロアリを育てる中で、この微生物を培養し、その過程で水素を生産していけば、ニワトリの肉という食物の獲得と水素エネルギーの獲得という人類の課題が少し解決できるかもしれません。