2019年12月31日、中国湖北省武漢市で検出された病因不明の肺炎の事例についてWHO中国事務所に通知されました。それから3か月余りで、全世界に流行が広がり、感染者数60万人以上となり、死者は3万人になっています。中国の武漢でほんの数人の呼吸器疾患がわずか3カ月余りでパンデミックになってしまったのです。感染症は航空機を介して、数日のうちに世界各地に拡散したということです。
21世紀になり、人類は3度のコロナウイルスに襲われています。その最初の事例が、SARS(重症急性呼吸器症候群)になります。この感染症は、2002年11月16日に中国広東省仏山市で最初の患者が発生したと報告されています。香港、北京などから感染者の移動によって、世界中へ運ばれ大きな問題となりました。その後、2003年7 月 5 日にWHO が制圧宣言を出すまで、のべ 30 の国と地域で 8,422 人の感染者と死者 916 人(死亡率 10.9%)を記録する感染症になりました。
中国南部では、家畜や家禽のみならず、さまざまな野生動物を食材とする食文化があります。現地の人々は、野生動物から感染を受けても、軽症か不顕性感染で終わっていたようです。SARSは過去であれば、中国南部の風土病に留まっていた可能性の高い感染症でした。でも、交通機関の発達は、一地方の風土病を全世界に広めるまでになっていたのです。SARSウイルスは、イヌ、ブタ、ネコ、ウシ、ラクダ、ニワトリ、ヒトを宿主としています。ネコがこのコロナウイルスに感受性をもち、不顕性感染を起こしたことが示されています。香港のSARS集団感染では、患者の飼いネコの50%に患者のウイルスと同じ抗体が検出されています。このウイルスが、ネコの肺の中で増殖することが分かっています。その場合、発熱や肺炎は起こさないことも示されています。る2003年7月以降、SARSの患者の発生もこのコロナウイルスも検出されていません。
次に、襲い掛かったコロナウイルスがMERS(中東呼吸器症候群)です。2012年から2019年1月31日まで、WHOに報告された検査診断患者数は、世界で合計2,298人であり、811人が関連死しています。この感染症は、現在も中東を中心に感染者や死者を出し続けています。MERSコロナウイルスは2012年重症肺炎患者のサウジアラビア人男性から分離発見されました。この症状は、発熱、咳、息切れなどのかぜ症状と、急速に悪化する重症肺炎になります。重症化しやすい患者は、多くが中高年以上であるという点と、糖尿病や慢性肺疾患、そして免疫不全などの基礎疾患のある人になります。
オマーンのヒトコブラクダが、MERSコロナウイルスと強く反応する抗体を持っていることが分かっています。ネコがSARSコロナウイルスに感受性をもち、不顕性感染を起こしたことは先に述べました。同じようなことが、MERSコロナウイルスにもいえるわけです。中東の人々は幼小期からラクダと生活し、このコロナウイルスの感染機会を得ていたようです。小児時期に初感染を受ければ、MERSは軽症か不顕性の病気で終わっていたと考えられています。ある面で、大人になって罹ると重症化する麻疹のような病気とも言えます。中東の都市化の進んだ環境に住む住民は、ラクダと接触する機会のないまま大人になることが多くなりました。大人になって初めて感染するようになったために、重症化し、この病気が顕在化するようになったともいわれています。MERSコロナウイルスの感染力を弱めるには、消毒用のアルコールや石鹸などが効果的とされています。
余談ですが、2015年5月韓国で、MERSが発生しました。中東から韓国に帰国した感染者が、3カ所の病院を次々と診療に訪れたのです。韓国は医療費が安いので、自分に合う医師を探して、医療機関を転々とする傾向があります。MERSの感染は、約2カ月で186人の感染者と38名の死亡者をだしました。感染者165人のうちの35%が入院患者でした。院内感染が、主な感染原因となったのです。韓国の病院では看護師が入院患者の身の回りの世話をせず、家族や家政婦に看させる傾向があります。家族や見舞客が、患者に付き添って世話をする光景が見られます。強い家族結合に基づく文化的背景が、この感染症を広めたとも言えます。でも、この教訓から、コロナウイルスの検査体制は充実したものになったわけです。
現在襲い掛かっている新型コロナウイルスは、過去の2つとは比べ物にならないほどの感染力を持っています。これを抑えるには、ワクチンの開発が不可欠です。ワクチンは一般に、ウイルスを培養して増やしていきます。その過程で、毒性を取り除く作業も欠かせません。このようにしてできたワクチンが、臨床試験を行うことになります。その試験の結果、効果が認められれば、各国の当局の認可を受けて、正規のワクチンとして登場することになります。多くのベンチャー企業は、試験的なワクチンを製造しています。
アメリカのべンチャー企業は、新型コロナウイルスのワクチン製造において先行しています。ある起業は過去最短となるわずか42日で、ワクチンの準備を整えたと言われています。人間を対象に試験的にできるワクチンの開発は、最初のハードルは越えたともいえます。でも、ワクチンの有効性を調べる作業が残っています。規模の大きな治験を実施し、その有効性を調べなければならないのです。ワクチンの専門家たちがこのペースの速さで、開発を進めれば、今後1年から1年半で完成するかもしれないとのべています。この1年から1年半は、人類にとってつらい期間になります。ウイルスを封じ込めることもできず、ワクチンもない期間になるわけです。
今回の新型コロナウイルスは、ある面で本当に賢いのです。高齢者にとりついたウイルスは、高齢者の症状を悪化させ、殺していきます。病気を持っている人にとりついたウイルスも、病気を持っている弱者を殺していきます。SARSを見るまでもなく、殺してしまえば、ウイルス自体も消滅してきます。高齢者を殺すことは、ウイルス自身もなくなるということです。若者にとりついたウイルスは、共存共栄の道を歩みます。お互いに長く繁栄を享受しようとしているわけです。「生かさず殺さず」、末永い繁栄の道を選択しているともいえます。ネコがSARSコロナウイルスに感受性をもち、不顕性感染を起こしていました。このウイルスが、ネコの肺の中で、静かに増殖していきます。若者や元気な方は、発熱や肺炎を起こさずに、自分の体でウイルスを増殖させていくわけです。ウイルスから見れば、若い奴に入り込んで末永く生きていくという道を選んでいるわけです。このウイルスは、人間の弱点を見透かしているところがあるようです。この人間の弱点は、「欲」というものです。
今回のワクチン開発には、20億ドル必要だとされています。開発する製薬会社は、この開発費を回収しなければなりません。一つの薬に2000億円の費用を支出することは、会社にとって一つの決断です。まず、競争に敗れた場合、投資して得られるリターンはゼロになります。大きなリスクです。例えば、製薬会社がリターンの確実でない中で、この感染症の治療薬ワクチンの開発に成功したとします。社会的にみれば、大きな成果です。すると、次の問題が出ます。
2009年に、新型のインフルエンザが流行しました。日本では、900万人程度がかかったとされます。でも、死者は200人程度でした。アメリカはこの時、死者が1万人をはるかに超えました。最も、今回のコロナウイルスが起きる直前に、トランプ大統領は、インフルエンザの死者が3万人に比べれば、新型コロナウイルスなどは抑えられると豪語していたほどです。この2009年の流行時には、最も豊かな国々がこのインフルエンザワクチンを買い取り独占した経緯があります。アメリカでは政治家や多くの患者の間で、この医薬品の価格の高さに不満を抱いたのです。
今回の新型ワクチンが開発された場合、このワクチンは長期の需要が発生することが予想されます。成功した製薬会社は、この投資を長期にわたって回収できる環境になるわけです。それでも、初期において、薬価は高額になるでしょう。速く投資を回収したいと考えるのが、民間企業です。20億ドルを使ってワクチンの製造が可能になったとすれば、それを早く回収したいと考えます。消費者は、開発されたワクチンを適正価格で入手することを希望します。企業間の競争は、開発のスピードを上げます。でも開発に失敗すれば、リスクをかぶることになります。このスピードとリスクの保証を、同時に解決できる方策を政治が提示してほしいものです。できれば、世界の政治家がこの難局に対して、一致して資金的支援をしてほしいわけです。
最終的に、世界の人々が願っていることは、ワクチンがいつでもどこでも低価格で摂取できる環境を整えてほしいということです。数億回分のワクチンの生産については、各国政府と協議しなければなりません。鶏卵でウイルスを増やす場合、が特別な環境で飼育した鳥などを確保する必要があります。ワクチンの開発経過や認可の状況を見極めながら、ワクチン生産の準備を事前に整えなければ、全世界にワクチンを供給することはできません。ワクチンの市場は、寡占状態でアメリカイギリスの大手4社で85%を占めています。でも、この会社に任せれば、円滑に世界に供給されることはないでしょう。ある面で、政治力で世界に行きわたるような仕組みを作ってほしいものです。