2020年9月アゼルバイジヤンとアルメニアの間で、自治州をめぐって軍事衝突が起こりました。アルメニア陸軍の主力である戦車は、ロシアのT-72やT-80でした。これは、およそ40トンの頑丈な鉄の塊になります。紛争地は基本的に山地や丘陵地帯であり、急な山道を戦車はゆっくりと進むことになります。これに対して、アゼルバイジャンはドローンによって、ゆっくり進むアルメニアの戦車を攻撃したのです。40トンの戦車に対して、40キロ弱の模型飛行機が、戦車の真上から、爆弾を抱えて突っ込んでいきます。爆弾は成形外薬弾で爆発すると8000℃にもなるガスが、敵の装甲を破壊し貫通していきました。わずか数十万円でのドローンで、数億円の戦車が破壊できる時代になったわけです。ちなみに、アゼルバイジャンが使用したドローンはイスラエル製のものでした。
古来、軍隊は地上戦の戦術や戦略の作成に多くの時間をかけてきました。空中戦の戦術は、高度に専門化した人々のサークル内で行われてきたのです。この空中戦術が庶民のレベルまで降りてきたことを、最近のテロ攻撃は示しています。少数の専門家の知恵よりも、庶民から専門家までの知恵を集めた集合知が、優位になる場合があります。地上戦で使われていた地図とまるで整合性のない地図が、ドローン戦術では使用されます。2020年版の日本の防衛白書は、近未来の脅威に触れています。河野防衛相は、2019年のサウジがドローン襲撃を受けた直後、対策強化を指示しています。最先端のドローン戦術をイラクやアフガンで見せたアメリカは、一方で敵のドローンからの防衛技術の開発を急いでいます。
新兵器は、導入、優位、対抗という3段階プロセスを経て効力の「限界点」を迎える流れになります。たとえばドローンの場合、第一段階は斬新であるため、使い方がわからず、配備される数もきわめて少ない状況にありました。第二段階では、配備数が増えてきて、実際に使われるようになります。この第二段階の間、ドローンの新しい機能は優位性を発揮されます。第三段階になると、相手もドローンの機能や戦術を削ぐための研究を進め、やがて「「普通の兵器」となっていく流れになるわけです。一般的に軍事技術は、すでにある技術に一工夫を加えながら使用されることが多いようです。ドローンは、「歴史を変える」兵器のひとつといわれています。その理由は、すでにある部品から、低コストで作ることができるからです。
ドローンの先進国は、中国になります。その中国のドローン企業では、DJI社が有名です。DJIは中国広東省深圳にある会社で、民生用ドローンおよびその関連機器の製造会社になります。このDJI製の価格が約8万円のマビック・エアー2が、どのような部品で作られているのか調べてみた会社があります。約230種類ある部品のうち、8割が一般電化製品の部品を使っていたのです。ドローンで使われている1枚の基板には、制御や通信半導体やセンサーなど大小10個の半導体部品が高密度で実装されています。今回分解した機種のマビック・エアー2には、この基板に多くのアメリカ製部品が使われていました。このドローンの部品価格の原価は、14000円で、原価率は20%でした。1000円を超える高価な部品もバッテリーとカメラくらいにとどめているのです。日本のドローン開発者は、「DJIのドローンの最初は飛行制御も未熟だったが、3年ほどで見違えた」と述べています。部品の組み合わせとソフト技術の向上で、性能を飛躍的に高めている姿が浮かんできます。
ドローンの先端的使用は、軍事利用で行われています。ノルウェーのある会社は、全長10cmで重量16gというドローンを作りました。これには、静止画像と動画を記録する可動式カメラを搭載しています。このドローンは、戦闘地域で狙撃兵を偵察するために使われていたのです。戦場では、狙撃が日常的行われています。どこから狙撃をされたのかを、ドローンを飛ばして調べるのです。どこから狙撃してきたか、手元のゲームボーイのような画面で見ることができます。この超軽量ドローンを利用して、狙撃ロードを横断する際に、狙撃地点をチェックし、危険を排除していくわけです。この利用は、アフガニスタンに展開するイギリス軍が行っています。このドローンの上をいくものとして、さらに優れた機能を備えたドローンも作られています。イスラエル製は、この種のドローンに武器を搭載し、確実にテロ要員を標的にして殺害するものもあるようです。
アメリカ軍がアフガニスタンの対テロ戦で磨いてきたドローン技術は、急速に世界に拡散しています。軍事用ドローンの保有国は、世界で100カ国近くに広がっているとされています。アメリカ軍は、1月バグダッドでイラン革命防衛隊の司令官をドローンの攻撃で殺害しました。トランプ大統領はこの時、ドローン操縦士からの通信模様を得意げに披露していました。2019年9月、サウジアラビアの石油施設が攻撃されました。サウジの石油施設攻撃の事件は、日本にも衝撃を与えます。中東の石油に依存する日本は、石油供給に多くの注意を払っています。この攻撃は、イエメンの武装組織フーシがドローン10機を使って行わったものです。サウジの軍事予算は700億ドル(約7兆円)の規模で、米中に次ぐ世界3位の軍事費になります。サウジアラビアは、米独仏の高度な対空防衛システムをもっていました。この高度な対空防衛システムが、ローテクの小型ドローンによって破られたのです。中東のテロ組織は、250ドル程度の中国製の市販ドローンに、手りゅう弾を搭載させた攻撃をしているのです。「ローテク」ですが、テロ組織はドローン戦術を手に入れたわけです。サウジの石油施設攻撃は、戦いを変えるゲームチェンジャーだという声も出ています。
躍進著しい中国製のドローンですが、使い続けるには不安もあるのです。DJIは、飛行経路や空撮映像のデータも扱います。このデータを、ネットで共有するサービスも提供しています。共有するということは、DJIに飛行経路や空撮映像のデータが蓄積されることを意味します。中国の国内法では、これらのデータを中国政府が提出を要請すれば、提出しなければならないことになります。データをネットで共有するサービスは、軍事転用の恐れが指摘されているのです。アメリカ国土安全保障省は、既に情報漏洩の恐れがあると報告しアメリカ軍も使用を制限し始めています。日本の海上保安庁は、中国製ドローンの調達や活用を取りやめたています。尖閣諸島の最前線で向き合っている中国に、情報を取られては対抗できなくなる危険があるわけです。
ドローンの軍事利用にかかる費用と、最新式戦闘機F-35にかかる費用について考えてみました。F-35戦闘機は、ステルス性の性能を獲得するためにレーダーを反射する面積を小さくしてあります。結果として、F-35は機体の制御が難しく爆弾やミサイルを外側に装着することもできない構造になっています。1960年から1996年まで、米軍で運用されていた戦闘機はF-4ファントムです。F-4ファントムは最高速度 がマッハ2.23で、F-35の3倍の爆弾を搭載可能だったのです。価格はF-4が2400万ドル、F-35は安いタイプでも8000万ドルの価格になります。F-35は欠点あるにもかかわらず、各国の空軍の上層部はこの機種を導入しようとしているのです。その理由は、F-35が備えている全周囲視界のへルメット搭載型ディスプレーになります。パイロットがディスプレーの敵機に視線を向けると、センサーがヘルメットの回転を察知しミサイルのロックオンができる装置を持っているのです。地上戦では、ドローンが低コストの兵器として利用できることが明らかになりました。空中戦で戦った場合、F-35戦闘機の優位は動かないと見られているようです。制空権を制したものが、戦闘では優位に立てるというセオリーがあります。ただ、1機100億円、100機で1兆円という兵器は、あまりにも高価です。さらに、この戦闘機を維持するためには、年間機体購入と同じ程度の費用が掛かるといわれています。
より低コストで、国を守ることに兵器開発や防御システムができないものかと考えてみました。この発想のヒントは、アフリカにありました。アフリカ大陸は、日本の80倍の広さを持ち、人口は12億人を超えています。南アフリカ最大の小売流通企業は、アフリカ全土を覆うロジスティクス管理技術でどの国の店舗も同様の商品を並べています。この消費爆発の中で、小売業をしのぐ急成長を見せているのが携帯電話です。アフリカの携帯電話所有者は、5億人と言われています。携帯電話の通信網を建設するために、多くの機材が中国から輸入されています。先行する中国に対して、グーグルやフェイスブックも独自の通信網を構築したいと計画しています。情報をできるだけ速く、そして多く収集することが、これからの企業の戦略になっています。
アフリカ全土をカバーする通信網を、できるだけ低コストで構築する発想がでてきます。グーグルやフェイスブックは、成層圏を数年間無着陸で滞空可能なドローンの計画を持っています。太陽光発電により大型ドローンを成層圏に滞空させて、空中の基地局をつくるわけです。成層圏に数十機のドローンを滞空させることができれば、アフリカ全土をカバーする通信網は、今までよりは速く実用化するとしています。人工衛星による通信網の構築より、はるかに低コストでできるという試算もあるようです。
ドローンは、コストをかけないで手軽にとばすことができる点にメリットがあります。GPSを搭載すれば、ドローンは決められた地点を飛行することができます。軽量の太陽光発電や通信機材などを積むことで、低コストの通信網の構築ができるわけです。エネルギーを使わずに飛行時間を延ばすには、可能な限り風を利用することが重要です。参考になるのが、アホウドリの飛行スタイルです。アホウドリは、飛行にほとんどエネルギーを使いません。海面のすれすれを飛ぶアホウドリは、速度が落ちてくると急に進行方向を風上に変えます。向かい風を受け、体はフワッと急角度で上昇することをダイナミック・ソワリングといいます。この飛行を繰り返して飛ぶので、エネルギーはほとんど使わないのです。ダイナミック・ソアリングの技術を、ドローンの滞空時間を延長する技術に応用するわけです。成層圏は、無尽蔵の強風がふいています。工夫次第では、大型のドローン空中基地が可能になるかもしれません。
成層圏に多くのドローンを待機させとけば、侵入する敵機を事前に把握できます。待ち構えておいて、価格の安く性能の良いF-4ファントムで迎え撃つことも可能になるかもしれません。敵機は、ミサイル搭載数も少なく、運動性能も良くありません。ジェットエンジンの熱や音を標的にしたミサイルを開発すれば、優位に戦うことができる可能性もでてきます。低コストの防衛で国の安全が守れればハッピーです。