持久力や筋力が維持できたり、それらが高まったりすることは楽しいものです。でも、身体的な動きを超えた速さで、より広い範囲を移動することも楽しいものです。サイクリングやバイクによるツーリングは、ウオーキングでは体感できない、各地の風景や史跡を見ることができます。コロナ禍で注目されたものに、自転車通勤やサイクリングがあります。先日テレビを見ていたら、インドネシアなどでも自転車通勤が増え、交通渋滞の軽減に役立っているとのことでした。もちろん、日本の自転車通勤も増えています。電車通勤で生じる3密を避ける行動として、会社から奨励される場合もあるようです。ここに来て、自転車通勤の社員の生産性が上がっているのではないかという声が、上がるようになりました。自転車運動という活動は、交換神経を活発にします。この自転車通勤による交感神経の活発な状態から、すぐに仕事に移行できるわけです。仕事の効率が上がるのは、当然ということになります。会社側も健康の維持増進はコストでなく、投資と考えられるようになってきています。シャワー室を設けて、自転車通勤を促す会社もでてきています。社員に健康になってもらい、生産性を上げるノウハウが蓄積できれば、会社も社員もハッピーです。今回は、自転車の有用性について考えてみました。
自転車は、環境負荷が軽く、健康増進に役立ちます。自転車はにぎわい創出の重要なアイテムとして、いろいろな都市や地域に定着しています。これを実現している都市に、イギリスのロンドンとアメリカのニューヨークにあります。2008年にロンドン市長のジョンソン氏(元の首相)は、スーパーサイクルハイウェイを整備しました。自転車を利用しやすいように、自転車レーンをつくって道路を整備したのです。また以前、ニューヨークでは、タイムズスクエアが自家用車や黄色いタクシーで混雑していました。現在、タイムズスクエア前はオープンカフェとして、自転車道が整備されています。これらの都市を含めて欧米では、1人でも移動できる環境が整備されているのです。歩いたり走ったり、自転車に乗ったりすることは日常の移動の中に取り入れられているわけです。このような日常的移動に伴う運動は、体力の維持と向上を促し、生活習慣病のリスクの減少をもたらします。先進国では、医療費の約3割、死亡者数の約6割が、生活習慣病を起因しているとされています。サイクリング道路の整備には、体力の向上、生活習慣病のリスクの減少、医療費の減少などの目論見があるわけです。この二つの都市に限らず、だれもが体力に応じ無理なく自転車を楽しめる環境を整えたいものです。
余談ですが、警察は自転車の取り締まりを強化する方針を打ち出しました。大義名分は、自転車事故が増えているので、それを軽減することです。でも、日本は、自転車道路が整備されることなく、交通法規が導入された国です。自転車の取り締まりを強化することで、外出を控える人々が増えれば、自転車によって健康を維持、増進していた方が減少します。このことは、医療費の増加、健康年齢の低下などの弊害をもたらすことに繋がりかねません。できれば、自転車道の整備を行いながら、交通の取り締まりをして頂きたいものです。
日本の地方都市にも、変化が見られます。東北では、人口規模の大きい市を中心に自転車を使う人が多くなっています。仙台市は、横浜市や東京都江東区に次いで、2013年にドコモのシェア自転車を導入しました。仙台市では、2022年11月時点でポートの数が121カ所になり、自転車は940台まで増えています。この普及につながったのは、料金設定のわかりやすさと利便性の高さにあるようです。基本料金2200円の月額会員になると、30分以内の利用は無料になります。その後の利用料金は、30分ごとに165円ずつ上乗せされていきます。もっとも、仙台駅から青葉城の麓まで、自転車なら30分で行けます。駅から4㎞の圏内は、月2200円の基本料金だけで通勤通学が可能になるわけです。仙台市は、当初は観光目的での利用が多いと想定していたようです。でも、中心部ではスーツ姿でシェア自転車をこぐサラリーマンの姿が目立つようになっています。シェア自転車の導入は、駅から市中心部の近距離の移動やバス路線に代わる交通手段になるのです。公共交通機関と自転車を組み合わせる取り組みは、環境に優しく、健康の維持向上にも役立ち、行動力を高める要因にもなるようです。
自転車の実用性を目指す動きと同時に、観光用としての利用を推し進める自治体も増えてきました。その中で、滋賀県の取り組みが注目を集めています。もちろん、琵琶湖1周(ビワイチ)への挑戦です。日本一大きな湖を、自転車で1周したいと思うサイクリストは多いようです。ある京都市の大学生は、友人と1泊2日のビワイチを経験した満足感に浸っていました。 彼は、「観光スポットやカフェを楽しみながら、ビワイチをやり切った」と誇らしげでした。琵琶湖の一周は、約190kmになります。この190kmは、「しまなみ海道」広島県尾道市一愛媛県今治市の3倍近い距離になります。190kmは「初心者」には難しいように思えますが、道の大半は平たんで走りやすいコースになっています。2022年に琵琶湖一周の経験者は、のべ約10万人(前年比17%増)になります。この素晴らしい観光資源を生かそうと、滋賀県の官民連携の協議会は2019年から「ピワイチ・プラス」と銘打ち、11コースを新たに推奨しています。
滋賀県は、ビワイチを琵琶湖一周という狭い概念でなく、滋賀を自転車で巡る観光のブランドに育てたいようです。県内には戦国武将の城跡や寺社が多く、里山の風景も残ります。観光客の方に、県内くまなく自転車で訪ねていただき、史跡や自然に触れてもらうわけです。滋賀県はビワイチのブランドによって、宿泊や飲食で消費を膨らませる狙いが見えます。琵琶湖一周はのべ約10万人で、宿泊など経済波及効果は約9億円(同5%増) に達しました。インバウンドでにぎわう京都の陰に隠れてきた滋賀県が、自転車をテコに巻き返しています。「官」が主導し民間が協力する好連携で、自転車の活用を模索する自治体の一つのモデルになりつつあります。県東部を走る近江鉄道(彦根市)は、沿線4コースをモデルルートとして公開しています。ここでは、一部の路線と駅を除き、特定の時間帯には自転車をそのまま列車に持ち込める配慮がなされています。大津市の湖岸ホテル、琵琶レイクオーツカは、2024年、自転車を持ち込める部屋を増やす予定です。大津市や琵琶湖汽船と組み、湖上観光とサイクリングを組み合わせたツアーも試行しています。さらに食品スーパーの平和堂は県内の直営全74店がパンク修理の工具貸し出しなどで支援する体制も整えています。ソフトなサイクリストの獲得に軸足を移し、宿泊や飲食で消費を膨らませる狙いです。サイクリストを引き付ける観光資源を、琵琶湖周辺は豊富に持つ地域でもあります。
私事ですが、広島の尾道に行ったとき、レンタサイクルでぶらぶらしたことがありました。そのお店には、外国人の方も来ていました。彼らは、瀬戸内海のしまなみ海道の方に向かっていきました。台湾の人達が、尾道から四国に行く姿があるようでした。いろいろな地域で自転車を乗ると、その地域にあった自転車が求められます。奈良は坂道が多いので、レンタサイクルは電動自転車が便利でした。宮城県の船岡には、山本周五郎の小説「樅ノ木は残った」で有名になったソメイヨシノ1000本桜があります。白石市でレンタサイクルを借りて、船岡までのサイクリングの往復は平たん地で、ママチャリでも十分でした。地域によっては、道路が自転車向きでないデコボコのところもあり、そんな場合はタイヤが丈夫なものが良いようです。距離を稼ぐのであれば、スポーツバイク系になるようです。その土地に合ったバイクを使うか、その土地の地形に自分体力を合わせ、バイクを乗りこなすか、どちらにしても、サイクリストには楽しい選択になるようです。
最後に、自転車利用の明暗のお話しです。自転車大国と言えば、中国でした。その中国は、自動車による大気汚染がひどくなりました。そこで、運用台数が、700万台のシェアリング自転車を運用するビジネスが現れました。このシェアリング自転車が普及した理由には、QRコードにスマホをかざすだけで借りられるという便利さにありました。全ての車両に全地球測位システム(GPS)と通信用のSIMカードを搭載していたのです。この中国のレンタサイクルは、30分16円で使えました。今この700万台のレンタサイクルは、空き地に数多く無造作に積み上げられています。中国における自転車のシェアリングは、失敗したようです。環境に優しいはずのシェアリング・ビジネスが、大いなる資源の無駄遣いを招いているわけです。日本にも、これと似たような状況があります。自治体で用意したレンタサイクルが使われずに、廃車になっていく状況も見られます。
一方、明の部分は、観光への波及効果です。台湾では、自転車を使った観光を好みます。自転車さえあれば、彼らはサイクリングの旅行を楽しみます。問題は、台湾の人々が観光に来ている場所に、レンタサイクルが少ないことなのです。台湾で人気になると、大陸の中国系の人々に受け入れられることが良く知られています。日本人にはわからない魅力的な場所や光景を、スマホで発信しています。自動車や電車などよりスローな景色を、間近に見たり接したりする旅行に移行することがこれからのインバウンドでは予想されます。この予想にかなう道具が、レンタサイクルになるようです。このレンタサイクルを新しく用意することは、ハードルが高くなります。ここでは、シェアの発想がでてきます。外国の方が魅力的な場所を発信した場合、その地域の各家庭が持っている自転車をシェアできる仕組みを作れば、大きな投資をすることなく、自転車を準備することができます。このシェアシステムを構築できる人には、ビジネスチャンスになるかもしれません。