忍びの道と、一人の生身の人間としての道の間に、
その二つを両立させようとして生涯を賭けた男は、
全てが落着して老齢に達したとき、どのように死ぬべきか。
この小説における大きなテーマの一つはそこにある。
そしてこの長編小説が池波正太郎の数々の作品の中でも
ひときわ異彩をはなっているのは、
主人公の死にかたの鮮やかさゆえであろうと思う。
忍びの旗 池波 正太郎
それにしても、である。
上田源五郎ほどの男の生涯を決めたのは、
結局、まだ十八歳の娘・正子ではなかったか?
源五郎が正子を愛した時から源五郎の生きる道は
必然的に決められていたとも言える。
男が女を愛し、女が男の愛に応える。
のこ人間的な営みは人類の歴史が始まってこのかた、少しも変わっていない。
そしてその営みによって限りなく人間は強くもなり弱くもなる。
あらゆる人生や文学や歴史の原点は煎じ詰めれば、
いつも「男と女」のことに帰着するようである。
逆にまたこれこそが人間生活の原点であることを教えるのが、
優れた文学というものだと私は思う。
解説 佐藤 隆介