Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

2024年から贖いの業の2000周年(33 - 2033)のノベナの年(2024-2033)が始まります

「もしもあなたたちの正義が、ファリサイ人たちのそれに勝らないならば、天の国には入れない。」私たちの主が要求する正義とは一体何なのか?

2019年08月09日 | お説教・霊的講話
2019年7月14日(主日)聖霊降臨後第5主日のミサ(荘厳ミサ)
聖ピオ十世会司祭 ビルコック神父様御説教
同時通訳:小野田圭志神父

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。

親愛なる兄弟の皆さん、まず私は小野田神父に、今日このミサを捧げる名誉を下さった事を感謝したいと思っています。そして私はこのミサを、皆さんの意向の為に、そして「日本におけるキリスト教世界の確立」という意向の為に御捧げしたいと思っています。

特に皆さん、「忠実」を守って下さい。信仰を忠実に守って下さい。私たちの主イエズス・キリストに対する忠誠を守って下さい。そして今日福音が私たちに教えようとしている、この教えを忠実に守って下さい。

まず今日福音では、私たちの主は使徒たちにこう言うのです、「もしもあなたたちの正義が、ファリサイ人たちのそれに勝らないならば、天の国には入れない。」

一体これは何の事を意味しているのでしょうか?一体「正義」というのは、義というのは何なのでしょうか?

「正義」というのは、隣人に対する関係を調整する徳であって、まず隣人に、そして天主様に対する関係をも調整します。「私たちの行動、行為が、隣人に対してどうあるべきか、あるいは天主に対してどうあるべきか」という事を私たちに教えます。

ですからこれは、私たちの社会生活の関係を作る為に、また天主との関係を成り立たせる為に必要な徳です。

では、その「正義」というのは、外的な行為において私たちと隣人との、あるいは天主との関係を調節するものですけれども、この事は天主の十戒に全て含まれています。

例えば、「汝、殺すなかれ」というのはなぜかというと、隣人の生命というのは私に属していないので、私たちはそれを尊重する義務があります。

「汝、盗むなかれ。」隣人の所有物は私に属していないので、それを尊重する義務があります。

「汝、父と母を敬うべし。」これも私たちは、両親から全て良いものを受けたので、その両親に対して感謝と尊敬を表す義務を持っています。

「汝、唯一の天主のみを礼拝すべし。」これも私たちは、真の救い主、真の創造主、天主から全てを受けたので、その天主に祈りと礼拝と感謝、そして服従と従順を払わなければなりません。

ところで、この天主の十戒に属するものは、ファリザイ人たちも全てやっていました。彼らは盗みもせずに、殺人もせずに、天主に対する祈りも礼拝もしていました。

では一体何でイエズス様が、「彼らの義に正義に勝らないならば、あなたは…」などと言ったのでしょうか?

なぜかというと、イエズス様は私たちに「新しい掟」を与えようとしているからです。

では新しい掟、私たちの主が私たちに要求するものとは、正義という事は一体何なのでしょうか?

例えばそれをイエズス様は、一つの例を挙げて今日仰います、説明します、「汝、殺すなかれ。」ファリザイ人たちはそれは守っていました。しかしそれは外的なものにしか過ぎませんでした。でも、私たちの主の教える掟の「正義」というのは、内的なものであって、つまり「殺すなかれ」というのは、「隣人に対して怒るな。」「怒るな。」「私たちの正義というのは、内的なものであって、霊魂に関するものである」と教えています。

新しい掟というのは、「愛の掟」であって、愛、つまり、「天主をまず愛する」という掟です。「天主を愛し、そして隣人を天主に於いて愛する」あるいは「隣人に於ける天主を愛する」という掟です。もしも私たちが天国に行く事ができるとしたら、この愛の掟を守らなければなりません。

私たちの主は、この内的な徳がどれほど大切かという事を説明して、内的な正義の徳がどれほど大切か説明して、こう言います、「ファリザイ人たちは、白塗りの墓だ。なぜかというと、外見は綺麗で真っ白だけれども、中は腐っている、腐敗している。」「私たちの正義は外側ではなく、内側から始まらなければならない」と。

私たちの主の仰る「愛徳」というのは非常に深いものであって、これは霊魂の深くに根付くものです。ですから福音の終わりの方では、この私たちの主は、「怒るな。怒ってはいけない、悪い事を言ってはいけない」と言うのみならず、更にもっと深くを教えています。それは何かというと、例え私が怒っていなくても、隣人が怒っているのならば、私たちが、彼らがその隣人がその怒りから抜ける事ができるように、行って、「何かする事があるか」と、何か私たちの方でそれを探しに行かなければならない、とさえも仰っています。

愛する兄弟の皆さん、どうぞこの福音のこの教える愛徳に生きるようになさって下さい。これを実践するようになさって下さい。実は私は皆さんと一緒にいて、皆さんの愛徳に非常に感動しました。

まず、皆さんの司祭に対するその尊敬とその愛徳、イエズス様を私たち司祭職の内に見る愛徳、そして皆さんの間の間の愛徳と助け合いの心。どうぞこの愛徳の精神を保ち、それを生きるように、続けるようになさって下さい。聖ヨハネも言っています、「愛の内に留まれ」と。

皆さん、もしもその愛徳を保つならば、どうぞそれを輝かせるようになさって下さい。日本の回心の為には、皆さんのこの愛徳の飛躍が、その輝きが必要です。私は、聖母マリア様が皆さんのこの中に愛徳をますます増やして下さるように、お祈り致します。

聖父と聖子と聖霊との御名によりて、アーメン。



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