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「助産婦の手記」31章  その家は、砂の上に建てられたのではなく、岩の礎の上に立っている。

2020年08月24日 | プロライフ
「助産婦の手記」

31章

きょう、私たちの村では、お祭がある。初ミサと結婚式とが同時に行われる。私が最初に取りあげた二人の子供のうち、ヨゼフは初ミサであり、ヨゼフィンは結婚式である。全村が、こぞって祝った。屋根窓からは、大へん種々様々に組合わされた旗がひるがえっている。街路は、美しく掃き清められ、そして緑の葉が撒いてある。家々に添って、新鮮な白樺が立っている。花飾りが、大きなカーヴをなして、窓から窓へと、花の咲いた樹木の上を伝って絡みついている。御聖体の祝日のように、少女たちは、白衣を着、頭には花冠をつけて、校舎の前に集合し、そして新しく叙品された司祭を、初ミサを捧げに教会に案內して行けるその偉大な瞬間を待ちに待っていた。近隣の村々から出て来た音楽隊や、それぞれの旗をおし立てた種々な団体も、すでに停車場の前に立っていた。そして空には、親愛な太陽が暖かく笑い、そして一緒に喜んでいた。

祭日。若い司祭としてのヨゼフと、幸福な花嫁としてのヨゼフィン。彼女は、良い相手を得た。大きな紡績工場の第二支配人であり、かつ商業上の指導者である人が、彼女と結婚するのである。全村は、羨ましがった。ほかの母親たちも、娘たちも、この男を手に入れようと、どんなに骨折りをしたことか! それなのに彼女たちは成功しなかった。そして、全然その男を顧みず、全然そのことを考えていなかった彼女に、その大きな幸運が落ちて来たのである。ヨゼフィンは、全く清らかで美しい娘であった。 悪意に満ちた蔭口も、ないではなかった。しかし、それはすべて嘘であった。 ヨゼフィンは、自分の道を真直ぐに進み、何ものによっても、誤らされることなく、そしていかなる護步もしなかった――このようにして、彼女はその男を手に入れた。もしもあらゆる予想が誤っているのでなければ、それは幸福な結婚になるであろう。

私もその祝典に招待された。全く公然と、お祝いの賓客に伍して【と同等に】。およそ助産婦が、洗礼の場合以外に、一家のお祝いに招待されるということは、珍しい事である。 私たち助産婦は、実に一つの『必要な禍』に過ぎないのである。人々は、各種の困難と心配とを堪えて、私たちのところへやって来る。本当に切端つまって、私たちを呼ぶ。しかし、総じて、もし私たちを必要としないならば、非常に喜ぶ。私たちの顔を見るよりも、背中を見たがる。それは、正しいことではない、―――しかし人間的である。
『良い助産婦さん、本当に村の母です。その人は、村中のほかの誰よりもっとよく一切の悩みと困難とについて知っています。ですから、助産婦さんは、また喜びと佳い日にちあずかるべきではないでしょうか?』このように、駅長は、私を祝典の食事へ連れて行ったとき言った。それは、正鵠を得たものであった。人は全くそう言ってよい。もっとも、みんながそれを模倣するという危険、および、そうすると私たち助産婦が祝典ばかりあるために、もはや自分の職業上の仕事をやらなくなるという危険は、この場合、大きくはない。これについては、問題は余りにも簡単であり、かつ余りにも判り切っている。

ヨゼフィンは、きようの祝日を公明正大にかち得たのであった。元来、ヨゼフが、高等学校の三年生(上から数えて)を修了し、そして司祭になろうと思ったとき、彼の兄の一人は、高等学校の最上級にあり、もう一人の兄は大学にいた。一番上の妹は、結婚したいと思っていた。そこで資金が、もはや足りなくなった。勤め人の扶養家族手当ては、まだ無かった。小さな弟妹が、まだ三人もいた。

そこで十五になるヨゼフィンは、工場の事務所に勤めようと決心した。彼女は、兄弟をさらに助けるために、金を得たいと思った。彼女は、機敏で利巧であったから、間もなく電光のように速く速記し、タイプライターを打つことができた。私は、工場主と支配人に彼女を雇ってくれるようにと頼んだ。当時は、そんな若い娘を採用する習慣はなかった。しかし、特にそうしてくれた。
『お前、どんなものでも、気に入ってはいけないよ。』と駅長が言った。『何も、もらってはいけないよ。招待されちゃいけないよ。お前の自由を保って、誰のことにも、少しもかかわる必要のないようになさい。』

間もなく、工場の人たちは、彼女の仕事の速いのと、動作のしっかりしているのに驚いた。彼女は可愛らしい娘であったから、 彼女の愛を得ようとする動きもまた、間もなく始まった。 多くの人々は、小さな贈物をして、彼女に近づこうと試みた――しかし、拒絶された。『有難う、でも私は、原則として何も頂かないことにしていますのよ。』とヨゼフィンは言って、品物を見もしないで、押し返した。
そこで人々は、芝居や、音楽会への招待など、ほかの方法を試みた。『大へん御親切に有難うございますが、お断わり致します!』とヨゼフィンは言った。『私は、行こうと思えば、自分で切符を買いますわ。』
『あなたは、まだそんなに旧式なんですか、お嬢さん?』
『いえ、とてもモダーンなものですから、私は自分で正しいと思うことをする勇気があるんです。私は、誰にも御礼を言うことなしに、自分の自由を保たねばならないんです。』
『何と勿体ぶるんでしょう! あなたも、やはり我々みんなと同様に、同じ原始猿から出ているんですよ……』とある一人が抗議をあえて述べた。
『猿が人間になったということは、まだ誰も見たことがないんです。しかし、人間が猿になることは、私は毎日見ています。』とヨゼフィンは、生れつきの頓智をもって、たしなめ、そして人々を味方に引き入れ、そして段々心が平静になった。

ただ一人の人が、すなわちそれは工場主のある親戚であるが、ある日、実に卑劣にも、少しばかり愛情をあえて発露して、彼女の頬を撫でようとした。そこで、彼女は、わざと大きな声で言ったので、みんなにそれが聞えた。
『もしもし、ハンケチは更衣室にかかっていますよ。私は、あなたの汚い指を拭く雑巾の代りに雇われているんじゃありませんわ!』
『ひどい奴、いやな奴』と、そのやり損じた男がブッブツ言った。しかし、その娘に対する一般の尊敬は増した。人々は、彼女を本当に貴婦人として取り扱い、そして彼女にあまり近づかないように注意した。彼女は、厚かましくはなかった。反対に、他の人々が節度を守っている限りは、彼女は可愛らしく、かつ愛想がよかった。しかし、それだけにまた、彼女は仕事においても頭を使い、ずば抜けてよく働き、昇進し、そして段々と商業指導者の注意を引きつけた。特に重要な商議の場合は、速記を取らねばならなかったし、 また会議および相談の場合には、謄本を作らねばならなかった。彼女は、知らぬうちに、女秘書となっていた。給料は、仕事に応じて自由に加減された、というのは、その頃は、賃銀表は、まだ今日のように、すべて何でも、紋切型に定められてはいなかったから。

支配人は、女の子というものに対しては、大した評価をしていなかった。もうすでに、そういうことをよく経験したことのあるすべての人のように。しかし、彼女は、彼の注意を呼び起した。しかもいよいよますます。
ヨゼフィンが一度、病気になったとき、彼は非常に淋しく感じたので、翌日のお昼に、彼女を見舞おうと思い立って、駅長の宅へやって来た。
『あんたは、我々を淋しく感じさせますよ、シュタインさん。ほんとに、直きに帰って来てくれなければいけませんね。』
『かけがえのないような人はいない、とビスマルクのような人でも言いましたわ。もし私の弟が、もう二年で卒業したら、すると……』
『すると、あなたはまさか我々を見棄てて、弟さんの家政婦になるつもりじゃないでしようね? それはいけませんよ……』
『もう勤め口は、きまっていますわ。だって、私たちの小っちゃいのが、一番小さな妹が、それを待ち構えているんですもの。でも私は、職業を鞍変えして、乳児看護婦になりますわ……』
『それは、よその子供でなくちゃいけませんか?』
『いいえ。でも自分の子が出来るかどうですか……』
彼らは、その夜、家庭の中で、全く無邪気におしゃべりをした。『しっかりした夫を得られますかどうか、というのは、自分の子供たちの父親として持ちたいような、そしてその責任を負わせることのできるような、そんな人をです……』
『あんたは、十分に選択できますよ。』
『ああ、どんな女のスカートの廻りででも、おべっかを言い、そして、チョコレート一枚で卑しいことをしてもいいと信じるようなものは、男じゃありませんわ――全く憐れむべき人です!』

この日から、本当の嫉妬心がその支配人を捕えた。もし誰かが来て、ヨゼフィンを征服し、彼女を連れ去ったら……彼は早くも頭の中で、彼女の襟首をつかんで引廻した! そんなことが起ってはならない。――さてヨゼフィンが、また出勤して来たとき、彼はこの太陽の光を確保するために、何をなすべきかを急に知った。元来、そんな綺麗な娘を事務所で古い書類のように、塵まみれにしておくことは、気の毒であった。しかも彼の住宅は、空っぽだった。彼はその二部屋に家具を備えつけておいた。年寄りの家政婦が、やっとその家の中を整頓していた。一体、何が彼のしようと思っていたことを妨げたであろうか?
それは、容易に同意を得べくもなかった。彼が、長い間考慮した揚句、ある日、ちょっと小さな突擊を敢行したところ、ヨゼフィンは非常に咎めるように、かつ悲しそうに彼を見つめた。『でも、支配人さん……』と、あたかも天が半分くずれ落ちたかのような眼つきをして、ただそう言ったきりであった。涙が眼の中に光っていた……

そこでとうとう彼は、古来の確かな道が最良のものであるということに考えついた。彼は、その日のうちに、駅長のところへ行って、その娘さんに求婚した。父親は、彼をお婿さんにすることは、恐らく満足であり得たであろう。彼は真直ぐな男であり、同じ信仰を持っており、保証された社会的地位を持っていた。ヨゼフィンは、すでによほど以前から、知らず識らずの間に、その支配人が好きになっていた。ところが、初めて、きょうという日に、何かがいつもより変っていることに気がついた。彼女は、彼もまた、ほかの男たちと同じだということを痛切に悟って悲しんだ! しかし、その誤解は、晴れ上った。そして親愛なる太陽は、再び笑った。
ヨゼフィンは、ヨゼフが卒業するまで、勤めを続けたいと思った。父親は、しぶしぶながら、彼女がさらにその婚約者と一緒に働くことに同意した。
『お前、いつもよく注意して純潔でいなさいよ。お母さんと私が、いつお前を見ても決して困る必要がないように、万事がなっていなければいけないよ。礼儀上のキッス、それはよろしい。しかし多すぎないように、いいかね、多すぎないように。お前は、そんなに長い間、忠実に身を守って来たのだから、今もまだ身を落してはいけないよ。愛する人に対しても、絶対にお前の純潔を守りなさい。』

一度、支配人は燃え上がる激情のため、少し我を忘れたことがあった。しかし、直ちにその娘の心の中には、防衛の構えが作られた。
『パウロさん、一体、きょうは、私を何と考えていらっしゃるの? 私はあなたに、そんなことをさせるきっかけを与えたでしょうか? もしあなたが、あす来て、許しを乞わなければ、私たちは、もうお分れです。』 そして彼女は行った。それは、仕事じまいの時刻より一時間前のことであった。

翌日の日曜日に、支配人はもう朝の八時頃に、停車場の小さな職員住宅の前に立っていた。いま直ぐヨゼフィンをあえて訪問していくかどうかを決し兼ねて。その娘が、彼にとってはいかなる宝であるかということを、今はじめてよく知った。彼は、非常に真直ぐな人であったから、自分がいかに甚だよくなかったかを認めたのであった。

私は、その結婚式から満一年後に、初めての女の子をとりあげたとき、この婚約物語を聞いた。この話は、支配人が自身で、お産の夜、妊婦を見守っていた際、話してくれたものであった。よくそういう時に、人があれやこれやの話をするように。
『私の家内がかつてそうであったように、すべての娘さんたちが、そのようであるなら、大抵の結婚もきっと幸福になるでしょう。結婚改善がいろいろ企てられていますが、その際、人の考えつかない一番の弱点が、まさにこの点にあるのです。それは、結婚前の純潔ということです。このことは、私を信じて下さい。もし、人々が結婚前に純潔を守ることが出来るならば、問題は、九〇パーセントまでは解決されるでしょう。』

かようなわけで、ヨゼフィンは、幸福な結婚への基礎を置いた。彼女の夫は、自分の妻を全く心より尊敬することを、よい時期に学び、そして二人の若々しい幸福の上には、過去のいかなるわずかな陰影すらない。その家は、砂の上に建てられたのではなく、岩の礎の上に立っているのである。







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