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「助産婦の手記」35章  『そうです、それは十三人です。』

2020年08月28日 | プロライフ
「助産婦の手記」

35章

十年前から、憐れみ深い童貞さまたちがこの村で経営している小さな病院の中に、今度、二台ずつ分娩用のベッドのある部屋が二つ用意された。この村は、当地方最大の市場のあるところで、停車場があり、工場がある。そしてこの病院には、工場からの委託患者が沢山いるが、彼らの家庭事情は、しばしば非常に改善を要するものがあり、従って彼らは病院でのひと時を全く心地よく感じるのである。戦時工業が強化されたので、多くの外部からの労働力が、補いとしてこの村へ引き寄せられた。しかし、家屋は建てられなかった。そこで、あらゆる住宅は、下宿人と寄寓者、間借人と宿泊人で一杯になった。従って、うるさいお立会いなしに分娩することは、実際しばしば不可能であった。――

この施設は、私にとっては何の害ともならなかった。私は、その病院で子供が生れる時には、いつもそこへ呼ばれる。全く具合よく行き、そして恐らく、どんな場合でも適当な処置をとることができるであろう。

ある夜、私は童貞さまに呼ばれた。ウイレ先生は、行政区画 (元ウイルテンベルグ州に行われていた)の半分を監視しなければならなかったので、外出していた。先生を自宅で見かけることは、もはや非常に稀れになった。妊婦が病気の場合には、早く助産婦を呼ぶということが、以前と同じように、再び習慣となった。農民たちは、いつも、ずっとそのようにして来た。で、最初に私が行くことにし、そしてもし私が医者を呼ぶ必要があると認めたとき、はじめて彼らは、来ることに決めていた。いま戦争になってから、再びしばしばそうなったのである。私は、いつも喜んで行った。すると、急迫する禍(わざわ)いが、医者の到着するまでにますます悪化するのを、少なくとも予防できるのである。そこで、私たちは、一般的救助と看病の初歩を、長い助産婦生活の間に、よく習得したのであった。――

さてその夜、工場の酒保【 酒を売る人また酒屋】のお上さんが、高熱で、半ば意識を失い、うわごとを言い、出血しながら運びこまれた。『多分、一種の婦人病でしょう。』と看護婦長が言った。童貞さまたちは、この部門には、当時、原則として、まだ携っていなかった。そのことは、修道院規則によって、彼女たちに禁ぜられていた。

悲しいかな、 それは本当に婦人病であった。しばしばそうであるように、 最後の時期に達していた。しかも、一般的所見は、特別に重い併発症状を呈していた。それは、通常の流産ではない。そんな熱は、自然には出ない。――

私は、当時のことを回顧して、要点を摘記しよう。その夫婦者は、戦争の少し前に、他所から引越して来た。そして、ある工場の酒保を譲り受け、それから戦時工業の盛んなとき、使用人のため集会所を附設し、そして後に映画館を開いた。時々またヴァライエティを演出した――人が私に報告したところによると、最も悪い種類のものだそうである。最も醜い種類の猥談、半裸体の踊り子、およびいわゆる『社会教育的』なもの以外のものは、何も上演されなかった。全く低級で下品なものが、舞台の装飾にも、言葉にも、人物にも、むき出しにされていた。教養の低い軍人に打ってつけの栄養! もちろん、酒保の主人は、沢山金をもうけた。なぜ、彼が逮捕されないかは、誰も知らない。人々は、いろいろなことを噂している。閉ざされた窓の戸の後ろで、秘密に乱痴気騒ぎをした夜々のことだの、人目を避けるために、その中に隠れることのできる別々になった秘密な小部屋のあることだの、その家に滞在する他国のお客のことだのについても噂が飛んだ。人々は多くのことを噂している――それに反し、善いことは、全く何一つない。私は、その奥さんを一度も教会で見たことがない。カトリック教会にしろ、新教の礼拝堂にしろ、また時々学校の教室で集会を催すユダヤ教団の中でも見かけたことはない。――
さて、主任司祭に知らせるべきかどうかは、はっきり決められなかった。その病人は、何らかの宗教的関心を示すに足りるようなものは、何一つ持ち合わしていない。白粉、棒紅、点眼水、爪やすり、櫛、鏡……その他不必要な物品が一ダース。名前入りの一枚のカード、『素人医者、兼按摩』。その下に鉛筆で『マルクスの弟子』と書いてある。そこで私は、何がその背後にひそんでいるかを知った……

どす黒い出血の厚い塊(かたま)りと一緒に、五ヶ月ぐらいの子供の小さな手が出かけている。
『婦長さん、お医者さんがいらっしゃるまでに、どうか手術の準備を一切しておいて下さい。もし万一、助けることができるとすれば、手術によるだけでしょう。』
恐ろしい夜がやって来た。私の一生涯中で最も恐ろしい夜、そして身の毛もよだつ昼と夜とが、数日もそれにつながっていた。しかし、私は、悪魔に誘惑されて常に堕落しようと考えている人々の全部が、この夜のことを経験することができればよかったにと思った。一体、助産婦というものは、多くのことに慣れている。うめきと叫び声、心配と苦痛、血と戦慄に。ほかの婦人たちなら、とっくに気を失って逃げ出すような場合でも、助産婦は、とどまっていて、自分の仕事を冷静に、しっかりと、そして確実にしなければならない。あたかも自分の両手の下には、生きているものは何も存在しないかのように。そしてまた、自分の心臓は、患者のそれと一緒に動悸が打ち、血通っているものではないかのように。――しかし、この三十歲の若い婦人が経験したような最期は、いかなる私も、もう一度経験して見ようとは思わない。

教会の時計は、静かな生ま暖かい夏の夜空に、十二時を打ち鳴らした。その日は、圧しつけるほど暑い日であった。すべての窓は、夜の冷気を呼び入れるために開け放たれていた。病人は、一般に時計の鳴るのを喜んで聞く。それなのに、彼女は、そのとき起き上り……限りのない恐怖に満ちた眼をもって戸口の方を見つめ……瞳はますます凝然とすわり、かつ大きくなり……狂気の戦慄が眼の中に立ち昇り……髮は逆立ち……一躍して彼女はベッドから飛びおり、開いた窓へ走り寄ろうとした………『去れ……去ってしまえ……』と、鉛色の唇があえいだ。冷汗が額の上にきらきら光った。私たちは一生懸命、力を出して、やっと彼女を抱きとめることができた。すると彼女は、ベッドの被いの下にもぐり込み、心配と恐怖のうちに泣き叫び、すすり泣いた……

ところが、そこには何も存在していない、何も――影もなく、光線もない。平和な薄明りの中に、その部屋は横たわっている。私たちが、その部屋をより明るくすると、彼女はますます苦しんで叫ぶのである。その部屋を殆んど暗くすると、今度は、恐怖が彼女を背後より襲うのである。終に私たちは、注射器に訴えた。戦争中には、看護婦に各種の自由が許されていた。私たちは、注射することはあまり好まない――しかし、私たちは、そんなに興奮している婦人を何時間も抱きとめて置くことは、不可能であった。私たちは、まさに力が尽きようとした。彼女の幻影を私たちは見ることはできない。どうして、そんなものが生じるのか、私たちは全く知らない。彼女は、いかによく言い聞かせても、全く反応を示さない。
暫らくの間、彼女は疲れて、褥(しとね)の中に死んだように横たわっていた。七十のお婆さんのように蝋色になり、かつ肉が落ちくぼんで。それから再び恐怖が、しのび寄り、そして彼女は語りはじめた……『いま……いままた、あいつらが来る……次ぎから次ぎに……一つ……二つ……三つ……それは、もう、大きくて、殆んど成長している……四つ……五つ……それは全く小さいままだ……六つ……七つ……八つ……それの頭は、ちぎれている。いまそれは、頭を手に持っている……九つ……十……十一……十二……そして、次ぎのは一本の腕だけ……そして一本の足……お前の頭は、どこにあるの……ほかの手足は? なぜお前たちは、眼がないの……眼が……』
彼女は突然、かけ布団を高くつまみ上げ、そしてそれを顔に圧しつけた。『いえ……いえ……行け…行けったら……お前たちは、生きる権利はないんだ……』そして彼女は疲れて、崩れ落ちた。
暫らく経ってから、 彼女は、再び言いはじめた。『皆さんは、子供たちが語っているのが聞えるの?あなた方は聞えるの……「僕たちは永遠の光を見ることができない……永遠の光を見ることができない……お前の眼を頂戴、お母さん! お前は、僕らの眼を奪ったんだ、お前の眼を頂戴……」あなた方は、その子供たちの言うのが聞えないの?……そこに……あすこに……一つ……二つ……三つ……』再び十三までの恐ろしい数え立てがはじまった。――

急にその意味がわかって、驚きのため、私の心臓は停った。いやしかし、それは熱に浮かされた夢、狂気の妄想である。だが、そんなことは、あり得ない。しかし、私は、もはや、その考えから免(まぬが)れることはないであろう。妄想の終りは、一致している。すなわち、一本の腕と一本の脚が、いまでも胎児の体から離れている、そしてその子は、犯罪的方法によって母胎の中で殺されたのである。しかも、それは十三番目の子にきまっていた、ということである……
『お前たちは何が欲しいの、ここで……いま……きょう? お前たちは、死んでいるんだよ……お前たちは決して生きたことはなかったのだ………私は、子供はない……誰がお前たちを寄こしたの? そら……そら……みんな、またやって来る。一つ……二つ……三つ……
あなた方は、あいつらの叫ぶのが聞こえるの……こう言っているのが聞えるの?……「僕たちは、永遠の平安に、はいることができない……お前は、僕たちから、平和を奪ったのだ……僕たちを家のない子にしたんだ……僕たちの平和を盗んだのだ……僕らに永遠の平安を与えて頂戴……」 と。そして、あの眼……恐ろしい、落ちくぼんだ眼……』
病人の尖った指は、またもや数えるように、壁に添って、さし示した。『二つ……四つ……六つ……去れ……去れ……』

防御するように、彼女は両手を延ばした。それを振り廻した。眼に見えないで迫って来る形のある物に対して、それが再び崩れ去ってしまうまで抵抗した。しかし、彼女は平安を見いださなかった。新たな恐怖がまたやって来た。
『そこに……そこに……一つ……二つ……三つ……十三……なぜお前たちは、そんなに醜いんだろう……血だらけで……皮をはがれて……引き裂かれて、裸で……』 そして彼女は、吐気を催すように身をゆすぶった。
『私にさわっちゃ駄目……去れ……去れ……。あなた方は、何も見えないの……あなた方は、あいつらが、どんなに訴え、うめき、どんなに泣き叫んでいるか聞えないの……あすこに……いままた……「僕たちは、僕たちの汚れを洗い落す洗礼の水を持っていない……僕たちは、僕たちの弱点を隠す恩寵の衣を持っていない……永遠の婚礼の酒(さか)もりのための祭服を持っていない……僕たちは、閉め出されている………凍える……ひもじい……僕たちに光を下さい……光を……僕たちを暖めて頂戴……」一体、あなた方は何も聞えないの? そこに……あすこに……一つ……二つ……三つ……』
そしてまたもや突然、全く気違いのようになりながら、彼女は叫んだ。『行け……行け……私にさわるな……放せ……放せ……あいつらは、私の眼を取ろうとしている……心臓を……放せ……放せ……放せ……』

彼女は、童貞たちを横に振り散らした。幸いなことに、医者が見えた。出血の一波によって、胎児の頭が押し出された。急速に診断した結果、すぐさま手術を要することになった。『用意は、全部できています。』 と婦長が言った。ここの童貞の数も、戦争中は衛戍(えいじゅ)病院【軍隊の病院】が多くなったため、減っていたから、私は当時しばしば手術の際、手伝いをした。きょうもそうだ。さて彼女の容態は、私の予想を確証した。胎児は、ある機械的な手術によって、ずたずたに切り裂かれていた。子宮は、幾度も傷つけられていた。腹膜炎がすでに始まりかけていた。その上、殆んど止どめ難い出血が、数時間も続いている――恐らく明日が終りであろう。彼女の夫に、そのことを知らせた。

彼は、訴訟が躊躇なく起されるであろうと聞くまでは、この事件を非常にのん気に考えていた。ところが、こうなると、彼もまた、どなりはじめた――法律家たちというものは、自分自身の結婚生活を心配する代りに、他人の婚姻に干渉するということ以外には、何の仕事も持たない、というのである。彼がなお、わめきちらし、呪っているときに、その可哀想な細君は、まだ半ば麻酔状態の中にありながら、もうまた数えはじめた。『そこに……あいつらが、またやって来る……全部が……一つ……二つ……三つ……四つ……五つ……六つ……七つ……八つ……』これを聞いたその夫は、復讐の女神に狩り立てられるように、走り去った。

その憐れな女は、三日三晩、叫びかつ呻吟した。最大量の麻醉剤を飲ませても、彼女を完全に安静にして、やや長いあいだ忘却状態に導くことはできなかった。繰り返し繰り返し彼女は、自分が母胎の中で殺した十三人の胎児がここにやって来て、彼女に訴え、非難し、願うのをまざまざと見たのであった。しかし、彼女の意識は、あまり大して目覚めなかったので、彼女を痛悔させて、天主へ復帰させようと試みることはできなかったし、また天主の慈悲と善意とを一瞥(いちべつ)させて、彼女を恐ろしい苦悩から免れさせようと試みることはできなかった。そうかといって、彼女は、非常な心配と苦悩があるために、死ぬこともできなかった。童貞さまたちや、他の病人たちはもとより、医者自身すら、この恐ろしい場面に接して、次第に平静を失っていった。司祭も、どうすることもできなかった。――

四日後に、彼女は急に意識が明瞭になった、少なくともそう見えた。私たちは、もう一度そのことを主任司祭に報告した。そして彼女の夫のもとへも人を遣わした。司祭が見え、そして二三の言葉を話しかけられると、彼女は言葉をさしはさんだ。
『そうです、それは十三人です。何もお尋ねになる必要はありません。』 そして司祭が、天主の慈悲深いことを語ろうとすると、彼女は最後の力をふるって言った、『私を行かして下さい……私は地獄へ行きたいんです……あの亭主野郎に永久に返報をしてやりたいんです……』
そして、はいって来た夫に向って、最後の言葉を言った。『野郎!』と――そして死んだ……





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