ヒラリー卿
校内をしばらく進むとヒラリー卿の銅像がありました。
彼は1953.5.29にシェルパのテンジンと世界で
初めてエベレストの登頂に成功した登山家として有名です。
2006.11にニュージーランドを旅したことがありますが、
その時マウントクックの麓にあるハミテージホテルの中庭に
ヒラリー卿の銅像が建っていました。
顔はエベレストの方向を向いていると聞きました。
11月の終わりで初夏だというのに大雪に会いました。
マウントクックリリーが雪を被って震えていました。
青空教室
彼はエベレストに登頂後、イギリスの南極隊などにも参加し、
エリザベス女王から勲章も貰ったようです。
今年の2月に裏磐梯にスノーシューに行き、田部井淳子さんが
経営しているロッジに宿泊しました。
田部井さんとヒラリー卿が一緒に写っている写真が壁に飾ってありました。
2008.1・11に88歳で亡くなりました。
外で授業しています。
こちらから挨拶すると元気に返事が返ってきました。
最初は小学生だけだったようですが、今は小・中・高と混在で
勉強しているようです。
この学校の卒業生はネパールだけでなく世界中で活躍している
そうです。
チョルテンの目がジッと見つめていました。
学校
学校を後にして振り返ってみました。
広い敷地です。
クンビラが大きくそびえています。
鐘がなって休み時間になったのか、生徒達の賑やかな声が
聞こえてきました。
日本の子供達もこんな自然の中で学べばきっと心が豊かな
人間に育つことだと思います。
学校を過ぎると急な階段が現れました。
「足が痛い!」といっていた彼女がゆっくり登っています。
これからナムチェに戻るだけです。
急ぐ必要はありません。
それぞれマイペースで歩いていました。
タムセルク
タムセルクが見送ってくれています。
このあたりから眺めるのが一番よかったです。
手前の木はシャクナゲです。
蕾がついていましたから、春には花を咲かせると
思います。
シャクナゲの花はネパールの国花になっています。
昨年歩いたアンナプルナのシャクナゲは10m以上の
大木でした。
エベレストの展望
峠の上で休憩です。
ここからもエベレストの勇姿が眺められました。
もうこれ以上ないというような青空です。
最後まで楽しませてくれました。
チョルテン
グルッと1周して朝歩いたところにでました。
チョルテンが睨みを効かせています。
「世の中の悪事」を睨んでいるそうです。
クンビラとの対比がよかったです。
バイシー
ドッコに肉を入れて運んでいるポーターに会いました。
肉は水牛の肉だそうです。
水牛はネパール語で「バイシー」というそうです。
ウシは神聖な動物なので食べませんが、水牛は食べるそうです。
「四足は食べない」と聞いていましたが、そうでもないようでした。
シャンボチェ空港
再び飛行場を通ります。
もう飛行機は飛び立った後で、人もいませんでした。
これが滑走路を正面からみたところです。
長さは300mくらいでしょうか?
着陸も離陸も相当慣れないと怖いですね。
正面にみえる山は左がタムセルク(6623m)、
右がクスムカングル(6370m)です。
スッキリとした姿をみせてくれました。
ナムチェバザール
ナムチェバザールの街です。
広場の市場はまだやっているようです。
これから1度ロッジに入りますが、その後は自由行動です。
降りたら行ってみることにしました。
若いお坊さん
ロッジに14:30に着きました。
朝7:00にスタートしましたから、7時間30分の歩程でした。
日没までにはまだ充分時間があります。
ザックをおいて空身で出掛けました。
途中で若いお坊さん数人に会いました。
そのうちの1人に声をかけたら、快く写させてくれました。
私と同じく市場に行くようでした。
青空市場
市場には衣類が多く並べられていました。
夕方になると気温がぐっと下がってきます。
山の谷にはガスが上がってきました。
売れない品物は袋に無造作に押し込んでいます。
遠く5000mの峠を越えてチベットからきたそうです。
布団なども売られています。
ここまで荷物を運んできたポーターも買って帰る
ようです。
商売している人はチベットの若者です。
彼らは品物がなくなるまでここにいるそうです。
粗末なテントで寝泊りしていました。
気の毒なので防寒具を1枚買ってあげました。
細かいルピーしか持っていなかったので、日本の千円札を
出したら、どこかに聞きに行ったようです。
すぐに帰ってきて「OK!」でした。
2枚あげたら、喜んでいました。
こんな市場で日本円が通じるとは思っていませんでした。
どこかで両替できるようです。
商品に価格はついていないので、交渉して買います。
そのやり取りが楽しかったです。
校内をしばらく進むとヒラリー卿の銅像がありました。
彼は1953.5.29にシェルパのテンジンと世界で
初めてエベレストの登頂に成功した登山家として有名です。
2006.11にニュージーランドを旅したことがありますが、
その時マウントクックの麓にあるハミテージホテルの中庭に
ヒラリー卿の銅像が建っていました。
顔はエベレストの方向を向いていると聞きました。
11月の終わりで初夏だというのに大雪に会いました。
マウントクックリリーが雪を被って震えていました。
青空教室
彼はエベレストに登頂後、イギリスの南極隊などにも参加し、
エリザベス女王から勲章も貰ったようです。
今年の2月に裏磐梯にスノーシューに行き、田部井淳子さんが
経営しているロッジに宿泊しました。
田部井さんとヒラリー卿が一緒に写っている写真が壁に飾ってありました。
2008.1・11に88歳で亡くなりました。
外で授業しています。
こちらから挨拶すると元気に返事が返ってきました。
最初は小学生だけだったようですが、今は小・中・高と混在で
勉強しているようです。
この学校の卒業生はネパールだけでなく世界中で活躍している
そうです。
チョルテンの目がジッと見つめていました。
学校
学校を後にして振り返ってみました。
広い敷地です。
クンビラが大きくそびえています。
鐘がなって休み時間になったのか、生徒達の賑やかな声が
聞こえてきました。
日本の子供達もこんな自然の中で学べばきっと心が豊かな
人間に育つことだと思います。
学校を過ぎると急な階段が現れました。
「足が痛い!」といっていた彼女がゆっくり登っています。
これからナムチェに戻るだけです。
急ぐ必要はありません。
それぞれマイペースで歩いていました。
タムセルク
タムセルクが見送ってくれています。
このあたりから眺めるのが一番よかったです。
手前の木はシャクナゲです。
蕾がついていましたから、春には花を咲かせると
思います。
シャクナゲの花はネパールの国花になっています。
昨年歩いたアンナプルナのシャクナゲは10m以上の
大木でした。
エベレストの展望
峠の上で休憩です。
ここからもエベレストの勇姿が眺められました。
もうこれ以上ないというような青空です。
最後まで楽しませてくれました。
チョルテン
グルッと1周して朝歩いたところにでました。
チョルテンが睨みを効かせています。
「世の中の悪事」を睨んでいるそうです。
クンビラとの対比がよかったです。
バイシー
ドッコに肉を入れて運んでいるポーターに会いました。
肉は水牛の肉だそうです。
水牛はネパール語で「バイシー」というそうです。
ウシは神聖な動物なので食べませんが、水牛は食べるそうです。
「四足は食べない」と聞いていましたが、そうでもないようでした。
シャンボチェ空港
再び飛行場を通ります。
もう飛行機は飛び立った後で、人もいませんでした。
これが滑走路を正面からみたところです。
長さは300mくらいでしょうか?
着陸も離陸も相当慣れないと怖いですね。
正面にみえる山は左がタムセルク(6623m)、
右がクスムカングル(6370m)です。
スッキリとした姿をみせてくれました。
ナムチェバザール
ナムチェバザールの街です。
広場の市場はまだやっているようです。
これから1度ロッジに入りますが、その後は自由行動です。
降りたら行ってみることにしました。
若いお坊さん
ロッジに14:30に着きました。
朝7:00にスタートしましたから、7時間30分の歩程でした。
日没までにはまだ充分時間があります。
ザックをおいて空身で出掛けました。
途中で若いお坊さん数人に会いました。
そのうちの1人に声をかけたら、快く写させてくれました。
私と同じく市場に行くようでした。
青空市場
市場には衣類が多く並べられていました。
夕方になると気温がぐっと下がってきます。
山の谷にはガスが上がってきました。
売れない品物は袋に無造作に押し込んでいます。
遠く5000mの峠を越えてチベットからきたそうです。
布団なども売られています。
ここまで荷物を運んできたポーターも買って帰る
ようです。
商売している人はチベットの若者です。
彼らは品物がなくなるまでここにいるそうです。
粗末なテントで寝泊りしていました。
気の毒なので防寒具を1枚買ってあげました。
細かいルピーしか持っていなかったので、日本の千円札を
出したら、どこかに聞きに行ったようです。
すぐに帰ってきて「OK!」でした。
2枚あげたら、喜んでいました。
こんな市場で日本円が通じるとは思っていませんでした。
どこかで両替できるようです。
商品に価格はついていないので、交渉して買います。
そのやり取りが楽しかったです。