梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

闇を貫く旋律

2009年09月20日 | 芝居
数多の雲助を切り倒した権八。
足下に落ちていた鞘を見つけ、中に詰まった砂(浜辺ですからね)を落とし、刀を納めようとしてフト気がつく提灯の明かり。
刃こぼれはないか確かめようとその灯に近づき、かざす刀身。
まず差表を上から下へ、続いて差裏を下から上へと確かめてゆくその視線の先に見えた、長兵衛の眼差し。
ハッとして飛び退く権八を呼び止める、ご存知「お若けェの、お待ちなせえやし」の名台詞…。

『鈴ケ森』の、権八と長兵衛の、運命の出会いの光景ですが、ここで使われている下座音楽が<しのび三重(さんじゅう)>でございます。

細棹三味線の,3の糸の高い勘所で「チチチチチチ…」と細かく弾くその音色と、合間に「ボーン」と入る鐘の音は、シンプルにして大きなインパクト。
これが役者の動きに合わせて繰り返されるのです。
この『鈴ケ森』では、上記の場面を中心に、数カ所で使われております。

<三重>という用語は,義太夫の三味線にもございますけれども、どちらも、場面の状況、演技に応じて使用される、決まった旋律のこと、とお考え頂いてよろしいかと思います。
下座音楽の<三重>といえば、『熊谷陣屋』や『忠臣蔵 四段目』で、花道を去る熊谷、由良之助に合わせての<送り三重>とか、『曽我対面』のみに使われる、五郎十郎兄弟の出に伴う<対面三重>、『忠臣蔵』の三段目と四段目の間(転換中)に演奏される<つなぎ三重>というものもありますが、他にもいろいろとあるようですね。名称と用例を調べなくては!

<忍び三重>が使われる状況は、たいていの場合暗闇で、しかも凄みのある演技に合わせるのがもっぱらです。
…11月の『忠臣蔵 五段目』で、師匠が勤める定九郎の演技にも、この三重が使われます。偶然とはいえ、同じ役者が続けてこの三重を使うというのも、面白いですね。