梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

駕篭ふたつ

2009年09月08日 | 芝居
『鈴ケ森』に出てくる、二つの駕篭をご紹介いたします。

まず、師匠演じる白井権八が乗ってくる<山駕篭>です。
山駕篭は、竹の骨組みに網代の屋根を付けただけのごく簡素なつくりで、名前の通り、山道の往来にぴったりな軽量なものでございます。



そして、播磨屋(吉右衛門)さん演じる幡随長兵衛が乗っているのが<四つ手駕篭>いわゆる“町駕篭”ですね。
竹の骨組みにかわりはありませんが、周囲を畳表で囲っており、担ぎ手が肩に担ぐ“かじ棒”が立派になっていますね。



<四つ手駕篭>の後ろには、客の履物をしまうところがついています。


↑この突起に、履物の鼻緒を引っ掛けるのです。
<山駕篭>にはこういうものはついていないので、担ぎ手が預かって懐中するか、客が自分で持っていたのです。

<四つ手駕篭>を扱う“町駕篭”は、しっかりとした駕篭屋が経営していた(長兵衛の駕篭についている提灯に書かれた「するがや」は、その元締めの屋号だそうです)ので、担ぎ手もある程度の信用を得た者だったようですが、<山駕篭>のほうはと申しますと、この『鈴ケ森』でもそうですが、けっこうアブナい奴らが多かったようで。
宿場宿場にタムロする浮浪の人足<雲助>による、いわばぼったくりタクシーに乗ってしまったのが、権八の災難のはじまりというわけですか…。

駕篭かきの必需品といえば<息杖>ですが、竹の棒の上部には、藁を撚ったもので栓がしてあります。



本当は、この栓を抜きますと節の中に塩が詰まっておりまして、担ぎ手は疲れたときにこの塩を舐めて、体力を回復させていたそうです。(今なら塩キャンディがあるね)先輩から教わりました。

…私、駕篭かきのお役をさせて頂いたことは何度かありますが、実際人を乗せたのは1回だけ。『三人吉三』の大川端、師匠のお坊吉三を乗せて数メートル移動するだけですから、「乗せた」うちにも入らないかな。それでもやっぱり大変でした。肩にかかる重さとか、担ぎ手同士のイキの合わせ方とか…。
こういうお役を得意とされる先輩方が何人もいらっしゃいますが、こういう技術こそ、歌舞伎にとって本当に大切なものなんですよね!