梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

実はドキドキのひと月

2008年03月26日 | 芝居
本日歌舞伎座3月興行千穐楽。
昼の部だけの出演となった今月は、実にあっという間のひと月でございました。

師匠がお出になった『春の寿』の「萬歳」での裃後見、仕事が少ないだけ、控えている間の気持ちのとりかたが難しゅうございました。無関係にならず、といって過干渉にもならずという、師匠との<間>の取り方。ただそこにいるということの難しさに、今更ながら気がつかされる、そんな10数分の舞台でした。
『廓文章』におきましては、成駒屋(福助)さん演じる夕霧太夫の<病鉢巻>をはずして打掛をかけるという仲居。この<病鉢巻>に大いに悩まされました。
昨日ご紹介いたしました<合引>が、この鉢巻にもつけられておりまして、紫縮緬の鉢巻は、鬘の髱(たぼ)の下で<合引>によって結ばれており、舞台上で私がこれをほどくことで鉢巻がとれるという仕組みです。鬘をかけてから鉢巻の合引を結ぶのは床山さんの担当、ほどくのは私というわけで、自分が結ぶものではない、人様が結んだモノをほどくというのは実は大変なプレッシャーなのでした。
結び方はただの蝶結びではございますが、舞台で演技をなさるうちに、紐の端がどこにいってしまうかは全く想像がつきません。<神のみぞ知る>結末を知るのは、いざ私が舞台で成駒屋さんの背後に回ったときが初めてなのです。
といって、まさか知恵の輪みたいにこんがらかることはまずありませんが、今回このお役をさせて頂くにあたりまして、先輩から「必ずハサミを懐中しておくように」とのご助言を頂きました。もしも紐がからまったときには、ハサミで合引を切って対処するように、とのことだったのです。
当然歌舞伎の舞台ですから、和鋏を用意いたしまして、懐紙と一緒に帯に挟んでおきましたが、正直いってこのハサミを使うことはまずないだろうと思っていたのですが…。
25日間の公演のうち1日だけ、このハサミに救われました。合引の端を探り、ほどこうとしましたら、どういう拍子かからまりあってしまい、どうにも結び目を解くことができなくなってしまいました。(これはもう無理だ!)と判断いたしまして、ハサミを取り出し合引を断ち切り、いつもよりかは鉢巻を外すのに時間がかかってしまいましたが、芝居の進行にはそれほど支障をきたすこともなく事なきを得ました。
もしハサミを持っていなかったら、夕霧をお勤めの成駒屋さんにどれだけのご迷惑をかけていたことか! 先輩のお教えに、まさに救われた思いでした。

つくづく、どんなお役でも、経験なさった方に話しを伺っておくということが大切なのだということを思い知らされ、<万が一>に備えて、あくまでその役らしく対処するという心遣いの必要さを痛感したのでございました。

自らのアクシデントをネタにしているようではございますが、楽屋生活のおりにふれて諸先輩方からうかがう、<私の失敗談>的なお話を聞くにつけましても、(もしこんな事態になったら…)というシュミレーションは、まして師匠の後見、黒衣を勤める私どものような立場の者にとりましては、絶対必要なものだという思いを強くいたしました。

千穐楽の今日は、無事に鉢巻きもほどけ、後味よく弥生の仕事納めができました。先ほどまで先輩方と銀座でお食事、明日はお休みを頂きまして、名古屋公演の準備をいたします。
さあ、いよいよ<梅之名古屋日記>のはじまりです。気がつけば丸三年となった当ブログに、少しでも変化をもたらしてくれますでしょうか…。