梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

町角でひと踊り

2008年03月09日 | 芝居
夜の部『江戸育御祭佐七』の序幕は、神田明神のご祭礼に賑わう鎌倉河岸です。
お神酒所に、佐七、小糸をはじめ、大勢の鳶の者、町人たちが集まって見物するのが『道行旅路花聟』の所作事。浴衣姿に手拭をかぶった本職のお囃子さんや清元ご連中の皆様が、ストーリー中の登場人物として演奏を披露し、それにあわせての余興の踊りとして、劇中浄瑠璃が進行いたします。

祭礼のおりに余興として演じられる踊りの演し物を、<地走り>と申していたそうですね。地元の人が稽古をして、お囃子の屋台とともに町を巡回し、ほうぼうで演じてみせてはご祝儀をもらっていたようです。お店の見世先や広場など、呼び入れればどこでも披露してくれるのですが、そのときの呼び声は「所望じゃ所望じゃ」がお定まり。これを合図に踊りがはじまります。

…このしきたりが活かされたセリフが、実は『鈴ヶ森』の冒頭にございます。駕篭からおりた白井権八が、大勢の雲助に囲まれます。ひとりの雲助が、マァ一服と煙管を勧めますが、権八は「拙者煙草は所望でござらぬ」と断ります。
これをきいた雲助、「なんだ所望でねェ? 煙草が祭に出やァしめぇし」と憤慨するのですが、これはつまり、たかが煙草を断るのに、「<所望>でない」なんて気障な言葉遣いをした権八に対して、祭の地走りのときみてェな口を聞くんじゃねェ、という、洒落が効いたセリフなんです。

<地走り>をキーワードに結びつく『鈴ヶ森』と『お祭り佐七』が、おなじ夜の部で上演されているのも不思議な偶然ですね。

ちなみに『お祭り佐七』の<地走り>は、いつもですと子役が演じるところなのですが、今月は、芸者が演じているという設定にいたしまして、お軽、勘平、伴内の3役は、みな女形の名題俳優さんがお勤めになっております。女が踊っている設定なのですから、伴内サンも妙にナヨッとしているわけです。

10年前(平成10年)の團菊祭でこのお芝居がかかりましたときが私の初舞台でございましたが、実は、この<地走り>で勘平と所作ダテを演じる<祭の花四天>が、私のデビュー役でした。勘平役は三河屋(團蔵)さんの息子さんの茂々太郎さん、お軽と伴内は、明石屋(友右衛門)さんのところの廣太郎さん廣松さんご兄弟でした。ご兄弟とは藤間の御宗家のお稽古場でご一緒になることが多いのですが、あの頃を思い出すにつけましても、「月日の経つのは早いもの」でございますよ、ホントに…。