今朝の裏山。稜線には白いものが見えました。
その裏山に新しいルートを見つけるという相棒にのせられて(?)つきあうことにしました。
今朝も冷えて、汗かきのタカ長も歩きはじめはフードをかぶっての出発です。
ステントを入れたおかげで歩き初めのストレスもなく、、、、
しかし、自重して、自重して相棒のあとを追います。
そして相棒の言う新しいルートの近くに行きましたが、、、、
これがどうやら失敗みたいで、それらしい尾根道をみつけることが出来ませんでした。
しかし、失敗ばかりではありませんでした。
いつも歩いているところから少しだけそれたところにこのようなものを見つけました。
何のために字が刻まれたのか分かりませんが、読みにくくなった字をよく見ると、、、、
「八幡村」という字が見てとれます。
八幡村というのはタカ長が生まれ育った村です。
団地などが開発されていない当時はかなりの距離を歩いてここに来ることになるはずですが、、、、
当時の人の脚力ではまったく問題にならない距離だったのでしょう。
右のほうには「二千六百」というような字も見えます。
ということは皇紀二千六百年にちなんで自然石にこのような字を刻んだということなのでしょうか?
山の中ですから、何かの式典が行われるようなところではありません。
記念の植林としたとしたら、まわりの木が小さいようにも思われ、タカ長には何のための石なのか理解できないのですが、、、、
このようなものを見つけただけで何かしら、、、、チョッとだけ、、、、
タカ長が生まれ育った村の歴史にふれたような気がして嬉しかったのです。
ルート探しには失敗しましたが、このようなものを見つけることが出来たのですから、、、
本日の下見登山は1勝1敗、五分五分だったような気がしています。