タカ長のタカの渡り観察

タカが好き、山が好き、花が好き、心はいつも旅もよう。日々移ろいゆく心もようを綴るナチュラリストのつぶやきです。

1本のライン

2019年07月31日 | 山歩きから
昨日は裏山歩きのことを記事にするつもりでした。

ところが、広報紙づくりの最終段階の仕事が舞い込み、そちらに集中する羽目になりました。

お蔭さまでその作業も無事に終わり、出来あたっがpdfファイルを印刷所に送信、印刷所のチェックもクリアして、広報紙の出来上がりを待つだけになりました。

これでひと安心、、、、いまは放心状態(?)です。

    

    

そのようなことで、昨日何を書こうとしたのか、忘れてしまいました。

昨日の裏山歩きも特別なことは何もなくて、タカ長たち4名はいつものように本隊のあとを追って、のんびりと歩きました。

そのような時にいつも考えていることを話題にします。

    

わが裏山の椿尾根コースは誰でも登れる広い道です。

広い道ですが、足腰への負担を最小限にして歩こうとすれば、そこに1本のラインが見えてきます。

そのようなことを話題にすることはないので、皆さんの目にはどのように見えているのか分かりませんが、タカ長の目には1本のラインが見えるのです。

そのラインは裏山に限ったことではありません。注意して歩けばどこの山でも見ることが出来ます。そのラインに沿って歩けば、足腰への負担は最小限になると信じて、そのラインを追うようにしています。

    

勝手知ったる裏山をのんびり歩くときが、そのラインを見る最高のチャンスかも分かりません。

そのラインを見るトレーニングの場としても良い、と考えています。

仲間たちとおしゃべりしながら、そのようなラインを見るトレーニングをし、、、、

そのライン上に邪魔な石など見つけると、とり除くようにしています。

そのような歩き方をすれば、通いなれた裏山ののんびり歩きでも、退屈することはありません。

   

   

昨日もそのようにして50番鉄塔に登り、そこで仲間たちと合流しておしゃべり会をしました。

50番鉄塔には日陰らしい日陰はありませんが、それでも暑さを気にすることなく、おしゃべりを楽しむことが出来ました。

やはり、山の上はいいですね。

   

そして下山。

暑い日が続いて、裏山歩きが日に日につらくなりますが、明日も裏山歩きだけはするつもりです。

盆踊り大会の直前で、体力を温存しないといけない時なので、歩く距離は短縮することになりそうですが、、、、、

とにかく、裏山には行くつもりです。


校正を終わって

2019年07月30日 | 日々雑感
    

先日紹介したこの広報紙づくりのことです。

多くの人に校正をお願いしていました。その校正が午後届いて、それから広報紙づくりの最終作業をしました。

出来上がってしまえば、たったのA4判4ページの広報紙ですが、その水面下では実に多くの作業がありました。

そこであらためて勉強したことのひとつです。

私たち素人が広報紙をつくるとき、その校正を一人ですることは無理、ということです。

仮に間違いが10ヶ所あったとします。そのすべてを指摘した人は一人もいませんでした。

その反面、校正をお願いした10人誰もが気づかなかった変換ミスを、11人目の人が見つけてくれたことがありました。

指摘されてみると笑えるようなイージなミスですが、気づかないときは誰も気づかないものなのです。

そのようなことを勉強した、今回の広報紙づくりでした。

アンダー80作戦を説明するこの文章も、最終稿ではもう少し分かりやすく書きかえています。

暑中お見舞い

2019年07月29日 | 日々雑感
暑中お見舞い申し上げます

そう言えば最近は「暑中見舞い状」を書かなくなりました。

早く暑中見舞い状を書かないと、残暑見舞いになるとあせっていたのはいつだったのでしょうか?

    

むかしの画像を見たり、YouTubeで北海道旅行の動画を見たりしながら過ごしています。

今はバタバタしないで、体力の消耗をおさえることにします。

過ぎてしまえばあっという間の夏ですが、その夏をやり過ごすのが大変です。

画像は2013年の北海道、朱鞠内湖の朝です。

右の木に止まっているのは、確かアカハラだったと思いますが、、、、、

楽しかった北海道旅行の記憶も少しずつ薄れています。

    

出来るものならもう一度、北の大地を走ってみたいです。

と言っても、長期の旅は無理みたいです。

そうなるとレンタカー利用の旅になりますが、古い車に乗っているタカ長としては、今どきの車が動かせるかなぁ、、、、

などと、どうでも良いようなことを気にしながら、YouTubeの動画を見ました。


キリの裏山へ

2019年07月28日 | 山歩きから
    

いつもより早い時間に、裏山を歩いてきました。

この画像のように、メタセコイアの向こうに見えるはずの裏山はキリの中です。

その中の50番鉄塔を目指して、いつもの椿尾根より少しだけきついコースを登りました。

    

途中に松の倒木。けっこう大きな木ですが、小さな根はほとんど見えません。

登山道のそばですが、谷側に倒れたため、この倒木による実害はありません。

歩く人が少ないので落ち葉が積もり、そのために「体力度」がワンランクアップしているように感じながら、喘ぎあえぎ登りました。

    

やっとのことで50番鉄塔に到着。もちろん視界はせまいままです。

    

町を展望することはできません。

それは問題ではありませんが、とにかく暑くて、汗びっしょり。ズボンはかなりの量のお漏らしをした感じになりました。

それくらい汗をかくので、給水だけはしているつもりですが、、、、

それでも足りないのかも分かりません。

頭ではよく分かっているのですが、登山中は出来るだけ水を飲まないように指導された時代に育ったのですから、どうしてもその影響が残っているのでしょう。

長年にわたり山歩きをしてきたことを、内心では自慢したくなる時もありますが、この給水問題だけは適切な指導ができない自分を感じています。

最初に指導されたことを消し去ることは、簡単なようで難しいものです。




花の80代?

2019年07月27日 | 日々雑感
暑くなって、青菜に塩状態になっています。

と言っても、グッタリと疲れているわけではありません。夏本番はこれから、気を引き締めて、適当に頑張ることにします。

      

新聞広告でこのような本を知りました。

「70代になったら人生のきまい時、終活を心がけ、無理をしないで、人に迷惑をかけないようにひっそり生きていけば良いのだと、と思っていたら大間違いです」

とこの本の「あとがき」に書かれているようです。

おいおい、70代で人生のしまい時?冗談じゃないよ、、、、、というような気がして、ネットをみてみました。

70代は人生のゴールデンエイジで、人生で最も幸福なのは、現代では70代というようなことが書かれていて、、、、

もう」70歳だから、「今さら」何をしても遅すぎる、「どうせ」成果は上がらないと自分を落しめるのはやまよう。

と結ばれていました。この言葉には同感ですが、自分の70代は人生で最も幸せな時期としたら、タカ長の人生は幸せの峠を越えたということ???

そんなの嫌だよ、と思いながら70代の山のことを思い返してみました。

    

10年前の夏山、2009年は燕岳から常念岳への縦走でした。

大天井岳からは槍ヶ岳から穂高岳の峰を右に見ながらの縦走でした。

    



5年後の2014年には久住山やら、、、、

    

 
伊予富士など、九州や四国の山を歩きました。

    

その前の2013年には北海道の長期旅行、旭岳や黒岳などに登り、鳥や花もたくさん見ました。

その年にはベトナム探鳥旅行したりで、忙しい1年でした。

そして、、、、

        

70代最後の、裏山以外の山頂、吾妻山で超若い友だちとワンショット。この色は人生最高の色、みたいですね。

1日の記事で10年分の山を紹介するなんて不可能ですが、その他にも鳥を求めて、海を越えて南の島に行ったり、、、、

日常生活の場では多くの友だちに恵まれ、楽しい日々を過ごしてきたので、幸せな70代であったことには間違いありません。

それも女房殿と同じ時間を共有してきたので、幸せというか、有難いことというか、言葉がありません。

しかし、それが人生の峠だとしたら、後は坂道を転げ落ちるだけ???

そんなの嫌だよぉ、という気持ちです。

明日のことが分からないのが人生ですが、いつまでも何かを求めて生きて行きたいのです。まだまだ、いいことはいっぱいあるはずです。

  明日死ぬかのように生きよ

  永遠に生きるかのように学べ    マハトマ・ガンジー


これでゆきましょう。この精神で生きて行きましょう。

タカ長には出来そうにないけど、、、、、、。


暑くなっても

2019年07月26日 | 山歩きから
今日も晴れました。天気予報では雲マークが連続していましたが、その気配はどこにもありません。

そのような中の、仲間たちとの裏山歩きです。今日は21名が集まりました。

その21名が中国自然歩道に入ってしばらく行くと、、、、、

    

先のほうで小さな倒木を伐る作業が始まり、行列がストップしました。

それも短時間、作業員(?)を現地において、私たちは先を急ぎます。そして、、、涸沢で休憩。彼らの到着を待ちます。

そこまでは全員行動で、そこから先はタカ長たち4名は後発、本隊に遅れて歩きます。

    

定番と言えば定番ですが、いつものところまで行き、、、、

木陰で小休止してからひき返します。

    

ブログの記事にしたらそれだけのことですが、その間の話は単なる世間話ではありません。

ひと言でいば町内会に関係した話で、、、、

パソコン技能に弱いタカ長の失敗談から、これからの時代の、町内会の情報管理のあり方まで。

ここらの話は町の山岳会では聞けないことだと思います。

    

自然歩道の修復作業をしたところです。

あれから雨が続きましたが、水道はシッカリと確保されていて、崩壊みたいなものは見えません。

    

現場監督としてはそれでも気になるのか、ご覧のように、沢すじに下りて何やらゴソゴソしていました。

修復作業後のアフターサービスも万全みたいですね。

    

その後カフェ46に行って本隊の到着を待ちます。

陽ざしはありましたが、46番鉄塔の日陰(?)にいると暑さを感じることはありませんでした。

標高は低いところですが、それでもそこは山の中です。ふもととは明らかに違います。

いつもの駐車場に帰って夏の暑さを感じました。

梅雨が明け、暑くなりましたが、裏山歩きだけは継続するよう仲間に呼びかけています。

タカ長たちのような3軍歩きでも、歩数は9100歩になっていました。それだけの山歩きを週2~3回すれば問題ないはずです。



       

梅雨が明けて

2019年07月25日 | 日々雑感
晴れました。梅雨明け宣言が出ました。

雨模様の天気も終わったようで、そのことは嬉しいのですが、、、、、

    

気になるのはこの天気予報です。

梅雨明け10日、という言葉もあるくらいですから、これから暑い日が続くのは当たり前ですが、問題は気温の予報です。

団地の盆踊り大会が行われる8月3日の予報が37℃。これが問題です。

    

    

    

盆踊り大会には色々な店を出します。

タカ長たちの山グループは清涼飲料水などの販売ですからまだいいほうですが、、、、

綿菓子をする人は毎年、毎年暑い思いをしています。

その綿菓子の隣はビールの販売なので、ビールが良く売れて良いでしょう、と戦力外のタカ長は冗談を言っていますが、、、、、、

    

    

    

他にも熱を使うものはあります。

いくら若いといっても、お母さんがたのポテトチップスつくりは暑いでしょうね。

フランクフルトも大変ですが、、、、、

皆で焼くとはいっても、37℃の日に焼き鳥1000本は本当に大変です。

昨年は早くから暑かったので、体が暑さになれていたはずです。

それでも大変でしたが、今年は暑さになれる前に、いきなり35℃超が予報され、、、、

その中で盆踊り大会の準備、本番、そして後片づけ、、、、、。

考えただけでも熱中症になりそうです.

しかし、そんなことを言っても天気のことはどうすることも出来ないので、、、

やけくそ気分で、、、、チョッとだけ活躍するつもりです。

本当に、今年は暑さになれる前に盆踊り大会がやってくるので、いつも以上に注意しないといけません。




55年前の、、、

2019年07月24日 | 山歩きから
広報紙の紙面づくりに悪戦苦闘していますが、、、、何とか終わったようです。

出来上がってしまえばA4版4ページの、小さな広報紙ですが、パソコン技能に劣る高齢者の仕事としてはボリューム十分なのです。

そのような作業の合間に、気分転換のためYouTubeを見ていたら、面白いものを見つけました。

    

と言っても、その面白さはタカ長だけのものかもわかりません。

先ずはここをクリックして下さい。55年前の穂高の画像があります。

この投稿者の母が穂高岳に登っていたころが、タカ長たちの「信州放浪時代」と重なるから面白く感じたのです。

この人がタカカノと同じ歳だとも思えるので面白く思えたのです。

タカ長たちもその頃の写真は撮っています。

穂高の滝谷やジャンダルムの写真を半切や全紙に延ばしてパネル張りにして、職場で展示販売会を開かせてもらい、その収益を職場の山岳会(そのころは、三人寄れば山岳会、と言われた時代です)の共同装備を購入するための資金にしたものです。

自分の記憶の中にも、穂高で写した写真はあるのですが、、、、

その写真はいまどこにあるの???おそらく、物置の奥の奥???

ということで、穂高の写真が紹介出来ないので、菅平高原の写真でお茶を濁します。

      

信州の高原めぐりの最後、野辺山駅での写真です。

パソコンで拡大してみると、背中には小さくなったキスリングが見えます。

形もくずれておかしいので、恥ずかしくて大写しできません。

そのようなことをふくめて、あれもこれも懐かしい55年前の山の想い出です。


雨が降りつづいて

2019年07月23日 | 日々雑感
    

仲間たちとの裏山歩きの日でした。

少しくらいの雨では行く気になっていたのですが、家を出る時間になって雨脚が強くなり、今日の裏山歩きはキャンセルしました。

ネットで見る限り、広島地方には大きな雨雲はないようですが、どこからか雨雲が湧き出る感じで、朝からこのような状況がつづいています。

雨が降りつづいて喜ぶのはコインダンドリーくらい???

そのコインダンドリーに行っただけで、そのあとは調子の悪いパソコンに向きあっています。

    

その、一番の仕事は広報紙の紙面づくりですが、タカ長の担当部分は終わっており、今は校正段階です。

しかし、紙面づくりは終わりのない仕事(?)で、何回見ても気に入らないところが出てきたり、「てにをは」が気になったり、、、、

どこかで妥協しないとこの作業は終わりません。

天気が回復して、山に行って遊んでいれば広報紙のことなど忘れてしまいますが、雨が降りつづくと気持ちまで湿ってきて、、、、

いつまでたっても広報紙のことが気になります。

    

これが終わり、来月初めの夏まつりになると、タカ長にもそれなりの仕事があり、、、、、、そして次の広報紙づくりが始まります。

この歳になって、センスが要求される広報紙づくりを担当するのはいかがなものか、とも考えますが、いまのところ後継者が見つかっていないのです。

    

雨つづきなので、「霧の摩周湖」ならぬ「晴れの摩周湖」の写真を張りつけます。

左奥に見える斜里岳は無理でも、右の摩周岳には登ってみたい、という気持ちはいまも捨てていません。

といっても、タカ長に残された時間が少なくなってきているのが悩ましいところです。