隊長のブログ

中国上海に2003年12月から2008年1月まで駐在。趣味はヒップホップダンス、ジャズダンス、旅行、映画、スポーツ観戦。

「コンドル博士」 記事一覧

2021年06月09日 | まち歩き

明治時代に、鹿鳴館を設計したことで知られるイギリス人建築家 ジョサイア・コンドル(Josiah Conder)は、1852年9月28日にロンドンで生まれました。

 

 


同地の「ロイヤル・カレッジ・オブ・アート」で建築学を学び、1876年に日本政府と5年間の雇用契約を結んで、翌77年(明治10年)に来日。


工部大学校(現・東京大学工学部)造家学(建築科)の教師となり、最初の教え子として、東京駅丸の内駅舎などを設計した辰野金吾や、迎賓館を手掛けた片山東熊(とうくま)らを、輩出。

 

東京大学構内に建つコンドル博士像

 


建築教育に従事する傍ら、1882年(明治15年)に竣工した「旧東京帝室博物館本館(現東京国立博物館)」、1883年竣工の「鹿鳴館」、1891年(明治24年)竣工の「ニコライ堂」など、本格的な西洋建築を相次いで設計しました。


1886年(明治19年)帝国大学工科大学建築学科の講師に転じ、88年に辞任。建築事務所を構えて、設計の仕事に専念しました。


コンドル博士は、建築学だけでなく、華道や日本舞踊など、日本文化への造詣も深く、日本庭園に関する研究の著書は、欧米で大きな反響を呼びました。

 

また、幕末から明治にかけて活躍した狩野派絵師・河鍋 暁斎(かわなべ きょうさい)の弟子としても知られています。暁英(きょうえい)の号を授けられ、暁斎の没後、師匠の技法の詳細を記録した英文の本を出版しています。


私生活では、1893年(明治26年)町娘・前波くめと結婚。彼女は花柳流の舞踊家でした。


1920年(大正9年)麻布の自邸で脳軟化症により逝去。享年67歳。11日前に亡くなった妻・くめと共に護国寺に埋葬されました。


そんなコンドル博士及び関係者に関する記事を、「隊長のブログ」では、これまでに九本を紹介しています。詳細は、下記の記事一覧をご参照下さい。

 


==「コンドル博士」 記事一覧 ==

1.  2012/10/5 『東京駅丸の内駅舎』 https://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/75b1e9218e19de848211310085e14d60

2.  2013/10/6 『三菱一号館』 https://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/66993f7aea97eaa33e28641e4037d6f7

3.  2014/1/15 『コンダーさんの恋』 http://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/b9490a5a9185b1fd876b7fe5c05c121e

4.  2014/1/23 『ニコライ堂とお茶の水』 http://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/e8d6799ab5b98cf6b86bdbe1e504a4ac

5.  2014/2/13 『東大構内のコンドル博士像』 http://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/6e38578380f77763d5e24195efc306c2

6.  2014/6/24 『旧岩崎邸庭園と三菱資料館』 http://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/5729611c2651987ee1d05353d9aca0e2

7.  2015/10/31『河鍋暁斎とその弟子コンドル』 http://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/38914b78753b42d2f63a18935f26bcd7

8.  2017/3/18 『これぞ暁斎!』 http://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/fe7edea506fb4dcc49f99e105d5a527e

9.  2021/7/24 『展示会「コンドル博士と岩崎家四代」』 https://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/3437b8e243641d158e1b931e69af33c0


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