<粟嶋神社 あわしまじんじゃ>
国津神を守護するカミムスビから生まれ、
波頭を越えてやってきた少彦名神は、
言うなれば「国津神系の渡来族」とも言える存在です。
ニニギや神武天皇などの「天孫族」とはもちろん、
スサノオや大国主神などの「地祇(くにつかみ)」 とも、
異なる役目を担っていたのかもしれません。
この後、少彦名神は国造りの半ばで去ってしまいますが、
日本書紀ではその場面をこのように記していました。
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「我々の国は理想通りに完成しているだろうか」
と問う大国主神に対し、少彦名神は
「良くなったところもあるし、そうでないところもある」
と答え、熊野の御碕から(あるいは、粟の茎に弾かれて)
常世の国へと渡ってしまいました。
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大国主神と少彦名神とは、時折意見をぶつけ合いながらも、
大きな目的のために力を合わせたと神話には書かれています。
ただし、「良くなったところもあるが、そうでないところもある」
という言葉に、意味深なニュアンスを感じるのも確かです。
果たして国造りは、本当に順調に進んでいたのでしょうか……。