みちのくの山野草

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2049 大岡信と『宮澤賢治名作選』

2011-03-31 09:00:00 | 賢治関連
                《1↑『校本宮澤賢治全集第五巻月報』(筑摩書房)》

1. 『宮澤賢治名作選』の評価
 いままで、宮沢賢治の受容という観点からいえば
(1)『宮澤賢治全集(全3巻)』(文圃堂書店版、昭和9年~10年)
(2)『宮澤賢治全集(全6巻・別巻1)』(十字屋書店版、昭和14年~19年)
に比べて 
(3)『宮澤賢治名作選』(松田甚次郎編、羽田書店、昭和14年)
あまり重視されていないような気がず~っとしていた。

 しかし、最初に出版された全集(1)の方は間もなく絶版となり、その出版冊数も少なかったのでせいぜい愛好家の手に止まっただけだったと松田甚次郎は『名作選』の〝あとがき〟で証言している。これに対して(3)の方は戦後も出版され続け、私が所有している昭和21年発行のものはなんと〝十一刷〟となっている。さしずめ超ロングベストセラーと言っていいのではなかろうか。『名作選』の発行部数は推して知るべしであろう。

 とすると、(1)や(2)は本格的な全集だから〝専門家向け〟だが、(3)『名作選』の方は〝大衆向け〟という捉え方をされているために『名作選』は軽視されて来たのだろうかと邪推してしまいたくなる。

 ところが投稿済みのことだが、吉本隆明が宮澤賢治に関心を持った切っ掛けはこの『名作選』であったということを知ったし、昭和16年の「賢治の祭り」には『名作選』を持って集ったと古谷綱武が証言していることも知った。
 なんと『名作選』は吉本にさえも影響を与えていたのか、『名作選』及び松田甚次郎の貢献度は頗る大だったんじゃないかと、少しばかり安堵したのだった。

2. 大岡信の愛蔵書『宮澤賢治名作選』
 そこへもってきてさらにこのたび、このブログの先頭に掲げた『校本第五巻月報』をたまたま読んだならば、大岡信もこの『名作選』から受けた影響は大であることを知った。次のようにそこには語られているからである。
 十字屋版全集<*1>も組合版文庫<*2>もまだ私の知らないものだった。当時の私の宮澤賢治との接触は、詩集『春と修羅』ならびに、少年時代からの愛蔵書だった『宮澤賢治名作選<*3>』一巻を除けば…
     <『校本宮澤賢治全集第五巻月報』(筑摩書房)より>
と。そうか『名作選』は大岡信の愛蔵書だったのだ。
 なるほど、『名作選』は一般大衆だけではなく思想家で詩人の吉本隆明や詩人で評論家の大岡信らにも多大の影響を与えたのだったのだ

 (1)や(2)の発行部数に比べれば(3)の『宮澤賢治名作選』の発行部数はかなり多かったはずなのだから、宮澤賢治を全国に知らしめたということはもちろんのことだが、かくのごとく吉本隆明や大岡信のような大物にも影響を与えたのだから、『名作選』及び松田甚次郎の貢献度は極めて大なるものがあったのだということを改めて確信できた。

 因みに
<*1> 《十字屋版宮澤賢治全集の例》

<*2> 《組合版宮澤賢治文庫の例》

<*3> 《4 宮澤賢治名作選の例(初版タイプ)》

   《5 宮澤賢治名作選の例(昭和21年発行第11刷、3分冊タイプ)》 

お気付きのようにこちらの本の裁断は長方形状とは言えない。終戦直後は活字に飢えていたからこのような形状ものでも、それよりは中味ということで、飛ぶように売れたに違いない。

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