みちのくの山野草

みちのく花巻の野面から発信。

ベルンの時計塔(7/6)(回想)

2021-03-30 08:00:00 | スイスアルプス
 では、大聖堂を後にしてクラム通りに出て、時計台を目指そう。
【1 ベルンの市街】

   <『まっぷる2006~07スイス』(昭文社)より>

 クラム通りには
《2 モーゼの噴水》(平成21年7月6日撮影)

《3 サムソンの噴水》(平成21年7月6日撮影)

があり、
《4 振り返るとサムソンの噴水がこのように見える所》(平成21年7月6日撮影)

まで来ると
《5 アインシュタインハウス》(平成21年7月6日撮影)

《6 》(平成21年7月6日撮影)

があり、
《7 資料等が保管されている》(平成21年7月6日撮影)

アインシュタインは1902~09年の間この場所に住んでいて、スイス特許庁に勤めていた。そして、1905年には「特殊相対性理論」に関連する論文を書き上げ、引き続き「光量子仮説」「ブラウン運動の理論」に関連する論文等を続々発表した。そして、1907年にはこの写真にもあるように美しい等式 E=mc² を発表している。
 傍には
《8 エーデルワイスとヘブンリーブルー》(平成21年7月6日撮影)

が咲いていた。
 ところで、「ラウベン」というアーケードと道路の境目には、前掲の《4 アインシュタインハウス》に見られるように斜めに蓋をした木製のドアがしばしば見られるが、このドアは
《9 地下室(Keller)への入口》(平成21年7月6日撮影)

《10 》(平成21年7月6日撮影)

であり、いま地下室はショッピング・プレイスにもなにっているとのことである。
 そろそろ時計台が近づいてきたのだが
《11 その前にも噴水あり》(平成21年7月6日撮影)

《12 ツェーリンゲンの噴水》(平成21年7月6日撮影)

といい、ベルンの創始者ツェーリンゲン家を象徴しているとのこと。

 さあ間もなく10時55分である。ここの時計塔のからくり時計は、毎正時4分前から動き出すというから急いで見に行こう。
《13 時計塔(Zeitglockenturm)》(平成21年7月6日撮影)

この時計台は1191~1256年まではベルン市の西の境界を示す城門だったのだが、1405年火災に見舞われ、1530年に天文時計が据えられたという。
《14 の尖塔》(平成21年7月6日撮影)

《15 金色の像は「鐘撞き男」》(平成21年7月6日撮影)

で、この男が時報を打つのだそうだ。
《16 大時計》(平成21年7月6日撮影)

の針が4分前を示している。
《17 大針》(平成21年7月6日撮影)

《18 小針》(平成21年7月6日撮影)

 まず、
《19 鶏(写真中央)が鳴き》(平成21年7月6日撮影)

《19 からくり人形》(平成21年7月6日撮影)

の上部の”ふざけたピエロ”が嘘の時報を知らせるのだという。

 このことは、過日(11/16)NHKが放送した「世界遺産スイスウォッチバレー不思議な時の国へ」で知った。その番組に依れば、
 かつて”時”というものは神が支配しているものと見なされ、実際は教会が鐘を鳴らして”時”を知らせていた。そこで、市民は時計台を作って”時”を手に入れることによって教会からの独立を目指そうとした。そうすることによって市民は責任感を持ち始め、貧しい人々の面倒を見るようになり、自治に目覚めていった。なお、「ふざけたピエロ」は時間を支配していた教会を揶揄している。
というようなことであった…だったかな。

 そして、からくり人形の
《20 クマの隊列》(平成21年7月6日撮影)

《21 》(平成21年7月6日撮影)

《22 》(平成21年7月6日撮影)

が回り出す。
 なお、次は
《23 天文時計》(平成21年7月6日撮影)

なのだそうだが、読み取り方は解らなかった。
《24 時計塔の下は通り抜け》(平成21年7月6日撮影)

ることができて、そこからはマルクト通りとなる。

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 私は非専門家。
 本書出版の主な狙いは次の二つ。
 1 創られた賢治ではなくて本統(本当)の賢治を、もうそろそろ私たちの手に取り戻すこと。
 例えば、賢治は「ヒデリノトキニ涙ヲ流サナカッタ」し「寒サノ夏ニオロオロ歩ケナカッタ」ことを実証できた。だからこそ、賢治はそのようなことを悔い、「サウイフモノニワタシハナリタイ」と手帳に書いたのだと言える。
 2 高瀬露に着せられた濡れ衣を少しでも晴らすこと。
 賢治がいろいろと助けてもらった女性・高瀬露が、客観的な根拠もなしに〈悪女〉の濡れ衣を着せられているということを実証できた。そこで、その理不尽な実態を読者に知ってもらうこと(賢治もまたそれをひたすら願っているはずだ)によって露の濡れ衣を晴らし、尊厳を回復したい。

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