みちのくの山野草

みちのく花巻の野面から発信。

紫波稲荷神社(4/10、残り)

2024-04-16 16:00:00 | 盛岡・紫波周辺
《1 ネコノメソウ》(2024年4月10日撮影) 《2 ヤマネコノメソウ》(2024年4月10日撮影) 《3 キバナノアマナ》(2024年4月10日撮影) 《4 フクジュソウ》(2024年4月10日撮影) 《5 ショウジョウバカマ》(2024年4月10日撮影) 《6 キクザキイチゲ》(2024年4月10日撮影) 《7 》(2024年4月10日撮影) 《8 ニリンソウ》(2024年4月 . . . 本文を読む
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紫波稲荷神社(4/10、カタクリ)

2024-04-16 14:00:00 | 盛岡・紫波周辺
《1 》(2024年4月10日撮影) 《2 》(2024年4月10日撮影) 《3 》(2024年4月10日撮影) 《4 》(2024年4月10日撮影) 《5 》(2024年4月10日撮影) 《6 》(2024年4月10日撮影) 《7 》(2024年4月10日撮影)  続きへ。 前へ 。  ”みちのくの山野草”のトップに戻る。  ある著名な賢治研究者が私(鈴木守)の研究に関して、私 . . . 本文を読む
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「当時身辺にいた人々が、どうして千葉氏に言及していないのか」

2024-04-16 12:00:00 | 菲才でも賢治研究は出来る
《コマクサ》(平成27年7月7日、岩手山)  そこでそれまでに調べてきた事柄から、千葉恭の宮澤家別宅寄寓期間について次のような、 〈仮説1〉千葉恭が賢治と一緒に暮らし始めたのは大正15年6月22日頃からであり、その後少なくとも昭和2年3月8日までの8ヶ月間余を2人は下根子桜の別宅で一緒に暮らしていた。 が定立できるし、その反例もないことが確認できたから検証できたことになる。ただし、恭は一 . . . 本文を読む
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紫波稲荷神社(4/10、須川長之助翁壽碑)

2024-04-16 08:00:00 | 盛岡・紫波周辺
《1 》(2024年4月10日撮影) 《2 須川長之助翁壽碑》(2024年4月10日撮影) 《3 》(2024年4月10日撮影)  「長之助草(チョウノスケソウ)」は北海道に行けば見ることが出来るということだが、私はまだそこでは見ていない。ただし、スイスでたまたま見ることが出来た。 《4 》(2024年4月10日撮影)  続きへ。 前へ 。  ”みちのくの山野草”のトップに戻る。  あ . . . 本文を読む
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