林の中にテイカカズラ:定家蔓(キョウチクトウ科)の白い花が咲いています。
いわくありげなこの名は、謡曲の「定家」に由来しているようです。
都に上がった旅の僧が、千本のあたりで時雨に会い雨宿りしていると、里の女が来て、ここは藤原定家卿の時雨の亭だといい、僧を式子内親王(後白河天皇第三皇女)の墓所に案内して、定家と密かに深い契りを結んでいられた内親王が亡くなってから、定家の執心が蔓となって墓に這い纏わりついているのだと話します。女は実は内親王の亡霊で、定家は恋の亡霊となって成仏しきれないでいるから回向してほしいと頼みます。これが謡曲定家のあらすじです。式子内親王は“玉の緒の絶えなば絶えねながらへば・・・”などの多くの優れた和歌から感情豊かな恋もわかる女性として知られていますが、幼くして斎宮に上がり、下りて後も一人暮らしを通しています。最近、定家は内親王のサポ-ターであって二人の間には色恋沙汰はなく、内親王の意中の相手は実は法然であったとの論考があります。(「式子内親王、面影ひとは法然」石丸晶子) 別の話では、定家は美男でモテモテであったので、死後彼を慕う女性たちの霊が蔓となって墓に纏わりついたというのですが、定家は若いとき疱瘡に罹り“この卿けしからずみめわろき人なりければ・・・”(謡曲拾葉抄所引より)とあるのでこれも根拠のない伝説ということになります。
ともあれ、5つの花弁の先がスクリュウの形にねじ曲がり、白からやがて黄色に変わるテイカカズラの花を見ていると、男か女かの詮議は別として激しい恋に迷う執念の象徴として、この名前はぴったりだと思えてきます。
いわくありげなこの名は、謡曲の「定家」に由来しているようです。
都に上がった旅の僧が、千本のあたりで時雨に会い雨宿りしていると、里の女が来て、ここは藤原定家卿の時雨の亭だといい、僧を式子内親王(後白河天皇第三皇女)の墓所に案内して、定家と密かに深い契りを結んでいられた内親王が亡くなってから、定家の執心が蔓となって墓に這い纏わりついているのだと話します。女は実は内親王の亡霊で、定家は恋の亡霊となって成仏しきれないでいるから回向してほしいと頼みます。これが謡曲定家のあらすじです。式子内親王は“玉の緒の絶えなば絶えねながらへば・・・”などの多くの優れた和歌から感情豊かな恋もわかる女性として知られていますが、幼くして斎宮に上がり、下りて後も一人暮らしを通しています。最近、定家は内親王のサポ-ターであって二人の間には色恋沙汰はなく、内親王の意中の相手は実は法然であったとの論考があります。(「式子内親王、面影ひとは法然」石丸晶子) 別の話では、定家は美男でモテモテであったので、死後彼を慕う女性たちの霊が蔓となって墓に纏わりついたというのですが、定家は若いとき疱瘡に罹り“この卿けしからずみめわろき人なりければ・・・”(謡曲拾葉抄所引より)とあるのでこれも根拠のない伝説ということになります。
ともあれ、5つの花弁の先がスクリュウの形にねじ曲がり、白からやがて黄色に変わるテイカカズラの花を見ていると、男か女かの詮議は別として激しい恋に迷う執念の象徴として、この名前はぴったりだと思えてきます。