思惟石

懈怠石のパスワード忘れたので改めて開設しました。

『ヴァロワ朝 -フランス王朝史1』 フランスが中小企業になった!

2024-03-15 17:31:30 | 日記
『ヴァロワ朝 -フランス王朝史1』佐藤賢一

カペー朝』(11月読了)から5ヶ月空いたけど、
ヴァロワ朝も読了じゃあ!

というわけで王朝交代。
というほどでもない、交代をしたヴァロワ朝。

カペー朝はクレイジー美男王フィリップ4世の後、
3人の王が立て続けに早逝します。
テンプル騎士団の呪いと言われているのもさもありなん。

で、ヴァロワ朝の祖フィリップ6世は美男王の甥。
そんなに揉めるほど遠戚じゃないよね。
と思うものの、フィリップ4世の娘が英王と結婚していたため
その息子が「直系なのでフランス王に俺はなる!」と言って
戦争に。
いわゆる100年戦争が始まったため、
大きな節目っぽくなっている。

これに懲りた2代後の賢王シャルル5世が
古代の「サリカ法」を引っ張り出してきて
女性に相続権はないと法制化したそうです。
当時、王位継承法を制定していたのは
フランスと、神聖ローマ皇帝の金印勅書くらいだったそうで。
そんなにフワッと王位継承してたんか〜。

あと印象的なのは暴君と言われるルイ11世。
まだフランス国内が安定しておらず、
ブールゴーニュ公シャルル突進公に苦しめられます。
この人、ハプスブルク系神聖ローマ皇帝の祖でもある
マクシミリアン(大愚図の息子)を見初めて
娘と結婚させてフランドル以北を譲った人ですね。

佐藤氏に「優等生」と呼ばれるルイ12世と、
その息子で自己肯定感の塊フランソワ1世も良い味出てます。
フランソワ1世といえば神聖ローマ皇帝カール5世と
ず〜〜〜〜っと戦ってた人。
負けが多いのになんで喧嘩売るの?と思ってたけど、
これを読むとなんとなくわかる。
しかし自分の身代わりに王子2人を差し出した挙句、
条約破棄とか、どうなのよ。
そりゃ息子アンリ2世(佐藤氏曰く気弱な名君)も
ひねくれますよ笑

アンリ2世の妻がカトリーヌ・ド・メディシス
息子が3人立て続けに王位につき、
ヴァロワ朝の最後は、アンリ3世。
3アンリの戦いの末にブルボン朝アンリ4世(大王)へ。

カペー朝の「個人商店の奮闘日記」から、
ヴァロワ朝は「中小企業の苦闘実録」へと
事業規模が拡大したそうです笑
言い得て妙で笑ってしまった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする