思惟石

懈怠石のパスワード忘れたので改めて開設しました。

『サピエンス全史』おもしろい。

2017-07-25 15:19:27 | 日記
ビジネス書とかを積極的に読んでいるような友人に
しばらく前から『サピエンス全史』を薦められていました。

単行本で上下巻、600ページのボリュームで、
人類の7万年の歴史をマクロな視点で描いた大作だそうです。

うむ、壮大すぎて難しそうだ…。

しかも書評等のタイトルや煽りが
「貨幣や宗教は虚構」
「文明が発達するほど我々は不幸になっていく」
とか、なんか尖がってるものが多いんですよね。
「ビルゲイツやマークザッカーバーグも大絶賛!」
と言われても、意識高い人しか読まない方が良いのだな…。
と思ってしまうじゃないですか。

なによりも、私とその友人は好みが合わないからなあ…
(村上なら私はハルキ派で彼は龍派、
 あああああ気が合わない~と思うわけです)

と、まったく食指が動かなかったのですが
ちょうど図書館通いの切れ目で読みたい本が手元になく、
拝借して読みました。

すみませんおもしろいです『サピエンス全史』!

素直に謝っておきました。

私は上巻の前半を占める
ホモ・サピエンスの登場から農業革命までのお話しが
特におもしろかったです。

何よりも文章が、読みやすくて面白いんですよね。
自説を単に主張するんじゃなくて、
例えばこういう視点で考えてみよう
という「例えば」がわかりやすいし、気が利いています。
あ、わかるかも、と思わせる例えから、
さあ、ではこの命題に対してキミはどう考える?
と問いかけてくれるわけです。

天才の自説を聞かされるという感じは1ミリもなく、
読者が自分で考えて納得できたり理解できたという
感想を導くような文章なんです。
読んでいて、楽しいのです。

ちょっと記憶で書くので適当ですが、
初期のサピエンスにとって胡桃の木が栄養として重要だったことは
学者はデータを通じて事実として認められるけれど、
胡桃をご馳走と思っていたのかまずいと思っていたのか、
胡桃を取りに行くことがどういうイベントだったのか
恋人同士が胡桃の木の下であいびきするたぐいのものだったのか、
そういったことはどんな学者にもわからない。
的なお話しとか、いちいち面白いんです。

うん、私が書いてもわからないな、こりゃ。
余所の書評を読んで文句を言ってる場合ではない。

ちなみにまだ下巻の途中です。
牛乳は噛んで飲むと健康に良いと言いますが、
残りもちゃんと噛み噛みして読もうと思います。
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本棚に『家守綺譚』

2017-07-19 15:45:16 | 日記
読書は好きなのですが、
家にスペースがあまりないので
蔵書を増やさないように努めています。

努めてはいるものの…。
って感じですが。

そんな私の本棚でレギュラー入りしているのが
梨木果歩『家守綺譚』。
好きなんです。

売れない物書きの綿貫征四郎は、旧友の生家の家守をしている。
庭を中心とした近在の四季と植物と、怪異。
28の掌編はそれぞれ季節の植物がタイトルになっていて、
綿貫の日常と、その周辺に起こるちょっとした不思議が
静かに、品よく、滋味のある文章で描かれています。

綿貫は、そこそこ若いのに隠居老人みたいで、
不思議なことも犬のゴローも編集者の差し入れも
「そいうこともあろう」といっしょくたにして受け入れる。
懐が深いように見えて、あまり深く考えてないだけな気もするけど、
どうでも良いことをマジメに考えたりもする。
こんな人が隣人だったら、私もせっせと煮物を届けて
面白がってやりたいです。隣のおかみさんになりたい。

基本は、「家守」なので家周辺のお話しで、
その箱庭っぽい感じもまた、愛しい。
ずっと手のひらの中で愛でていたい。
庭の百日紅の幹がすべすべしているのものだから
撫でてみたところ、百日紅に「懸想される」とか、
庭を通る疎水にカッパが迷い込むとか、
ついでに床の間の掛け軸から亡き友がボートを漕いで
やってくるとか、綿貫くんニートなのに忙しすぎ!

そんなニートがせっせと山歩きをする続編が
『冬虫夏草』です。
私は「おうち篇」とも言える第一作の方が好みですが
「おでかけ編」な続編ももちろん大好きです。
イワナの夫婦の宿、行きたいです。
ところで綿貫先生、原稿を待たせすぎではないのか。

ちなみにこの物語の舞台は琵琶湖の近くから
京都山科にかけてらしいですね。
時代設定は100年ほど昔ですが、
おもしろい民俗学的なエピソードや珍しい地名が
たくさん出てきます。
それも実在するのでしょうか。

私は、関東の田舎の生まれ育ちで
西の地理にも文化にも疎いこともあり
一種のファンタジーとして読んでいる感があります。
地元の方が読むと、また違った景色が見えるのかも。
うらやましい。

何気に最高学府を出ているらしい(京大のようです)
綿貫の同級生は面白い人が多く、
友人のひとりである村田くんのトルコ留学記が
『村田エフェンディ滞土録』です。
こちらも日常に同居する愛らしい不思議がいっぱい。
異国情緒も加わって、良い味わいです。

この一味みたいな友人が学生時代に得られたら
良いなあと思います。
ないものねだり。
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伊藤計劃『虐殺器官』読みました。

2017-07-13 15:50:54 | 日記
伊藤計劃『虐殺器官』読みました。

2006年に第7回小松左京賞最終候補となり、
2007年に早川書房から刊行。
「ベスト SF2007」国内篇第1位。
「ゼロ年代SFベスト」国内篇第1位。

というわけで、ちょこちょこと
「読もうかなアンテナ」に引っかかっていたのですが、
タイトルと作者のペンネーム(なんとなく難しそう)から
メタとかグロとかメフィスト系かな?と思ってしまい、
手を出しかねていました。

ちなみに作者の名前は伊藤計劃(いとうけいかく)と読むそうです。
一瞬、岡嶋二人を連想しましたが、単体の人でした。

いや、読まず嫌いのまま放置しなくて良かった。
おもしろかったです。

近未来SFというか、今よりちょっと未来の世界情勢を背景に
ハイテク機器満載の特殊部隊に所属する中堅兵士シェパード大尉の
視点から物語が綴られています。

と書くと、なんかマッチョでハードボイルドな「オレ様」の
大冒険って感じがしますが、
この一人称の文体がまた、繊細で、未成熟で、ちょっと知的で
惹き込まれる語りなんです。
勿論、一人称は「僕」。

タイトルイメージほど虐殺の描写が延々と続くことはないので、
そこが引っかかっている人には是非、そんなことないよ、と。

面白くて一気に読みましたが、
超個人的な感想としては、文学的素養と繊細さを持つ男に
筋肉と武器を与えてはいけないな、と。

彼のチームメイトで、
ピザの油がついた指で人んちの壁ベタベタしたり
戦友が殺されてわかりやすく激昂したり
不条理なことはすべて「カフカっぽい」でひとまとめにする
ウィリアムズのような人物がもっとも健全な気がする。

だからこそ、主人公も何かと彼をくさしていたのだろうけど。

あと、「ゴドーを待ちながら」に引っ掛けて
あえて「カフカかよ」と文句を言いつつ
シェパードのツッコミを誘導するウィリアムズのボケは
そうとう知的だと思います。

『虐殺器官』はおもしろかったです。
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『剣客商売』を、粛々と読んでいます。

2017-07-11 12:32:27 | 日記
4巻「天魔」まできましたよ。
2巻くらいまでは、噂に聞いていたほど美味しそうなご飯が
出てこないなあ、なんて思っていたのですが
ここにきて鴨やら蛤やらの美味しそうな夕餉が続いて
グッときます。すきっ腹に特に。
天下無敵の小兵衛おじいちゃんも食べ過ぎでお腹壊すほどです。

おはるのおとっつぁんが頻繁に
鴨肉と芹と手打ちのうどんを届けてくれるのとか、
読んでいるこちらの方がクセになってきて
待ってましたって感じです。うちにも来て!

大治郎がちょっと世慣れてきたのとか、
三冬が恋する乙女になってたりとか、
相変わらず事件が起きて小兵衛おじいちゃんが無双だったりとか、
お話しも面白いんですが。

江戸時代のちょっとした薀蓄も面白い

江戸っ子は蛤を3月から6月頃にかけては
獲らない風習があった。
それは、貝たちの産卵期だから。
って、粋ですねえ。かっこいい。

ちょっと調べてみたら、蛤は旬が冬から春で
旧暦の雛祭り(今の4月)が食べ納めだったようです。
まあ、
「夏の蛤は犬も食わぬ」
ということわざもあって、乱獲防止というよりも
産卵期は身が痩せて美味しくないとか
夏場は貝毒にあたりやすいとかの理由も大きかったのかも。

ちなみにですが、蛤の貝ってペアのもの以外とは
ぴったりはまらないそうで、
転じて、食い違ってしまったことや当てがはずれた様を
「ぐりはま」と言ったそうです。
さらにそれが「ぐれはま」になって、「ぐれる」になったと。
へえ~。

江戸時代にぐれると、やっぱ傾奇者とかになるんですかね。
商家の放蕩息子とか。いいなあ。
生まれ変わったら身上を潰す二代目になりたい。
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『料理通異聞』の時代

2017-07-10 17:04:34 | 日記
町人文化が隆盛を極めたと言われる
江戸時代の文化・文政年間に、
「一両二分のお茶漬け」が存在したそうで。

お茶漬けは、当時でも手軽で廉価なファストフード。
酔狂な客がそれを高名な料理屋で「極上の茶漬けを」と注文。
すると、確かに美味しい茶漬けが供されたけれども
出てくるまでには半日以上座敷で待たされ、
さらに一杯のお代は一両二分なり。
というのも、お茶漬けに使う宇治の玉露に最適な水を
早飛脚を立てて玉川上水まで汲みに行ったためと。
客も、その味と理由に納得して、快く支払ったと言います。

その舞台が山谷にあった高級料亭「八百善」です。

というエピソードが、ちょっと味付けは変わっているけど
松井今朝子『料理通異聞』に載っていて、
こういう時代の出来事だったのだなあと
しみじみ読みました。

というのも、これは八百善創始者の善四郎の生涯を描いた小説で、
彼が生きたその時代背景を読むのがまた面白いのです。

「一両二分のお茶漬け」は確かに豊かな時代の出来事なんですが、
その数十年前、善四郎の若かりし頃は、天明の大飢饉があり
大阪や江戸で打ちこわしが頻発する時代です。

当時のお店は先代の営む「福田屋」という精進料理屋で、
(どこまでが小説内の設定が調べてませんが)
近所で打ちこわしが起こった夜の描写は、やっぱり怖い。
戸の隙間から「見知った顔」が殺気立った口調で
襲う店を物色している風景なんか、ヒヤヒヤッとします。

料理屋なのに食べものが仕入れられず開店休業状態だったり
お寺での炊き出しでの人々の疲弊した様子など、
殺伐とした時代の空気感が行間からにじみ出ています。

その後、田沼意次が失脚して、松平定信の時代になって、
白河の清きに魚のすみかねて もとの濁りの田沼こひしきってなって、
文化文政時代に至って、「一両二分のお茶漬け」が現れるわけです。

社会のテストだと100年200年くらい
さくさくっとまたいでしまいますが、
ひとつひとつの時代は繋がっているんだなあと。

ちなみに、12年ぶりに開催された深川八幡祭りで、
殺到した人の重みで永代橋が崩落したのが、文化4年。
こういった歴史的な事件も、ひとつの流れのなかで読むと
リアリティを感じますね。コワイ。
12年ぶりのお祭りって、そりゃ行きたくなりますもん。

あと、個人的な感想は「鶴って食べれるんだ…」です。
年末には将軍が鷹狩りで、朝廷に献上する鶴を狩ったのだそうです。
いわゆる鷹狩りで「何を」狩るのかって、考えたことなかったので
「へえええええ」と思いました。
しかし、あまり食指は動かない。
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