思惟石

懈怠石のパスワード忘れたので改めて開設しました。

『通訳ダニエル・シュタイン』 複雑な人生や諸問題のコラージュ小説

2024-02-22 14:45:22 | 日記
『通訳ダニエル・シュタイン』
リュドミラ・ウリツカヤ
訳:前田和泉


主人公ダニエル・シュタインは実在のモデルがいる。
オスヴァルト・ルフェイセン(1922−98)、
あるいはブラザー・ダニエルと呼ばれる
ポーランド生まれのユダヤ人。

ドイツ侵攻の際に家族と生き別れになり、
ゲットー収容の一歩手前で幸運に恵まれ逃げ延びたり
民族を隠してゲシュタポの通訳を務めたりした後、
戦後はカトリックに改宗してイスラエルで布教活動に従事。

ウリツカヤは1992年にルフェイセン本人に会い
当初はノンフィクション作品を構想したそうです。
が、結果的に「半ばフィクションで半ば実在」となり
2006年に小説として『通訳ダニエル・シュタイン』出版。

なにしろ複雑なのである。
人物も、人種も、宗教も、戦争や政治も。
シンプルなものがひとつも無え〜!
と思える中で、ダニエル神父の人間味のある明るさだけが
シンプルで信じられる拠り所みたいだ。

(ダニエルの助手ヒルダも真っ直ぐでわかりやすいけれど、
 彼女はウリツカヤの創作であり、明らかに小説的な役割を担っている)

第二次大戦中を生き延びねばならないユダヤ人の困難と、
戦後のイスラエルという国でキリスト教徒として暮らす困難。
その周辺(ですらない、辺縁の人々もいる。登場人物多い!)の人々の
抱える困難も断片的かつ断続的に描かれています。

ので、作者が言及している通りこれは「コラージュ」小説である。
なるほど、パッチワークよりも言い得て妙かも。
書簡や日記として短めの文章でコラージュされた小説。

登場人物が多いし、時間もいったりきたりが激しいので、
「誰だっけ?」となることも多いと思います
(ページを戻して探したりするので読むのに手間がかかる分、
大体把握すると読書が捗ります)
(登場が、ほぼ、約50年ぶりに再会した女性へのラブレターのみ
 という80歳のじいちゃんもいたりする。元気だね!)。

様々な複雑さゆえに、彼の国が抱える民族問題も
ちょっと違う面が見えてきたりもする。

個人的には、イスラエル・パレスチナは、
<ユダヤ教・ユダヤ人> VS.<イスラム教・アラブ人>
の争いとしてしか認識できていなかったんですね。
でもそこにはキリスト教のユダヤ人や、
キリスト教のアラブ人もいたりする。
彼らは第三者でいることを許されない、
むしろ少数派ゆえに厳しい状況にある。

今まで私が見えていなかった角度からの
諸問題が描かれていて、すごく複雑。
でもすごく勉強になったし、
様々な登場人物の人生を深く味わえます。

内容の濃さに比してページ数もなかなかですが700ページ強)、
現在進行形のイスラエルパレスチナ問題への解像度を上げるためにも
読んで損はない一冊だと思います。
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『世にも奇妙なマラソン大会』

2024-02-21 16:51:35 | 日記
『世にも奇妙なマラソン大会』
高野秀行

おなじみ辺境探検家のルポ中編3本と、
短めのエッセーをまとめた一冊。

表題作『世にも奇妙なマラソン大会』。
深夜の酔っ払いテンションでネット申し込みしてしまった
「サハラ砂漠でフルマラソン」のルポ。

酔っ払って楽天でいらんもの買うのと同じテンションで、
砂漠のフルマラソンである。
しびあこ(しびれるしあこがれない)!

ちなみに高野さんはふざけたふりして
一流ルポライターなので、
サハラ砂漠マラソンにもしっかり意義がある。

西サハラ問題である。
と偉そうに書いたけど、もちろんこの本からのうけうりです。

西サハラはモロッコの侵攻により
多くの難民がアルジェリアに避難している状態。
で、このマラソン開催地は、アルジェリアの西サハラ難民キャンプ。
現状を世界に知ってもらうためのチャリティーイベントです。

参加者も運営もほぼボランティア。
ランナーは難民キャンプの子供たちへの必要物資などを
持参したりする。
こういった国の事情も、日本と世界のボランティア意識の違いも、
高野さんは深刻ぶらずに、しかしちゃかしたりもせず、
軽妙な文章で綴る。
おかげで私みたいなぼんやりした人間でも理解できる。
ありがてえ!!

同時代に著作活動してくれていることに感謝しかないね!!

収録作『名前変更物語』は、
インド入国のためにパスポート再取得を目指す奮闘記。
高野さんは密林経由でインド入国し
「密入国者」ブラックリスト入りしている。
離婚して再婚して奥さんの苗字に改名しようとしたり、
本名の読みを「しゅうこう」に改名しようとしたり
(銀行やクレカが意外とすんなり修正できててびっくりした)。
これも読みながら笑ってしまったけど、
中途半端にクレカや口座の名義をいじったので、
後片付けが大変そうだ…。

これからも高野さんの健やかで面白い日々を祈りつつ
著作を楽しみにします!
(ファンレターみたいになったな)
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『絵本 夢の江戸歌舞伎』 大人の絵本

2024-02-20 19:56:24 | 日記
『絵本 夢の江戸歌舞伎』
服部幸雄
一ノ関圭 (イラスト)

岩波書店の<歴史を旅する絵本>シリーズ。
学者と画家のタッグでつくる絵本シリーズみたいです。
気合い入ってますね。

これは企画から初版まで8年かかったそうです。
気合い入ってますね…。

舞台の準備から終幕までを緻密な絵で描いた前半と、
さらに緻密な説明&解説の後半パートで構成されています。

絵を見ながら解説読んで、また絵に戻って。
わかりやすいし、楽しいな。

ちなみに作者の服部幸雄は歌舞伎専門の学者さん。
お料理の服部幸應先生とは別人です。
(微妙に漢字がちがう〜)

江戸後期の顔見世興行の一連の流れを描いています。
冒頭の「船乗り入れ」は大阪独自の文化らしいですが
江戸でやったら、という空想の絵。


このシリーズには
『戦国時代の村の生活 ―和泉国いりやまだ村の一年』
『河原にできた中世の町 ―へんれきする人びとの集まるところ』
『江戸のあかり ―ナタネ油の旅と都市の夜』
などがあるそうです。
どれもおもしろそう!!
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『世界でいちばん面白い英米文学講義』 英米文学のたしなみに良い!

2024-02-17 16:48:40 | 日記
『世界でいちばん面白い英米文学講義
―巨匠たちの知られざる人生』

エリオット・エンゲル
訳:藤岡啓介

英文学の人気教授による講演をテープ起こししたもの。
なので、出典が精査されているわけではないのだけれど、
おもしろ知識ネタもいっぱいの、おもしろい文学解説本です。

作家ごとに章立てされていて、
代表作と作家の人生概略が知れるので
英米文学の基礎知識を仕入れるのにもありがたい。

シェイクスピア(1564-1616)
劇場の売店でスナックと共にトマト(当時は食用ではなかった)が
売られていたらしい。
つまらない芝居の際に役者や舞台にぶん投げるそうです。
楽しそうだな。

ジェーン・オースティン(1775-1817)
『高慢と偏見』の作者。
英文学史上初の「大女流作家」ですが、
出版時の著者名は「あるレディ」だったそうです。
女性が文学を書くなんて!という時代をかんじるエピソード。

エドガー・アラン・ポー(1809-1849)
アメリカ、ボルティモアの市長選挙の日に飲み過ぎで亡くなる。
当時は駅で余所者をつかまえて酒を奢って、
偽名で投票させまくっていたらしい。
住民票とか、投票用のハガキとか、いらんのかーい、と。
コテンラジオの民主主義でも、選挙初期のバグとして言及されてたな。

ブロンテ姉妹(シャーロッテ1816-1855/エミリ1818-1848)
父親がアイルランド系の苗字(ブロンティー)を改名したそうです。
海戦で有名なネルソン提督がシチリア・ナポリ王国から叙された
ブロンテ公爵位からとったとかとか。
この時代でも女性作家だと売れないと編集者に言われ
『ジェーン・エア』は性別不明の筆名で出されたそうです。
ところでブロンテ一家のお話し、何かで読んだんだけど
どの本だか思い出せない…。
『名作を書いた女たち』かな?
『嵐が丘』は学生時代に読んだな。
ヒースって寒々しい〜と思った記憶がある。

チャールズ・ディケンズ(1812-1870)
見栄っ張りな両親の浪費のせいで子供時代に債務者監獄入り。
これ、『二都物語』のあとがきでも読んだけど、
なかなかハードな10代を過ごしておる。
1836年の『ピクウィック・ペーパーズ』を
ペーパーバック版、ハードカバー版、初版のコレクターズエディション版
3タイプを出版して大儲けした話はすごくおもしろかった。
商才がすごい。

マーク・トウェイン(1835-1910)
ミシシッピ川の川舟船長になろうと1年修行したら
南北戦争のせいで川の往来が禁止されちゃった。
かわいそう。
筆名は川舟用語の「マーク・ワン(浅くて船を寄せられない)」
に続く「マーク・トウェイン(船を着けて遊べる)」だそうです。
おもしろい。

D.H.ロレンス(1885-1930)
アラビアのロレンスとは別人だった。
あ、そうなの?
1900年頃、作家はあまり名誉ある職業ではなかったので
H.G.ウェルズとかT.S.エリオットみたいな筆名が多かった説。
へえ〜。
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『見知らぬ場所』 新潮クレストブックス祭り

2024-02-16 10:44:28 | 日記
『見知らぬ場所』
ジュンパ・ラヒリ
訳:小川高義
(新潮クレスト・ブックス)

短編集です。
作者はインドからの移民2世。
両親はカルカッタ出身のベンガル人で、
作中でもベンガル人コミュニティと
アメリカ育ちの第2世代の関わりを描くことが多い。

『停電の夜に』『その名にちなんで』
アメリカに移住しつつも、
インドへの里帰りやベンガル人コミュニティを重視する親世代と、
アメリカ育ちの子世代それぞれを丁寧に描いている。
今作も、そこらへんがベースの短編。

ちなみに
堀江敏幸氏が編んだ<新潮クレスト・ブックス>内の
ベスト短編集に収録されているお話し
移民1世2世のお話し。
テーマが一貫している人である。
(その中での作風変化を訳者あとがきで解説されているのも面白い)

第一部 独立した短編
『見知らぬ場所』
インドファーストだと思っていた父が、
意外とアメリカファーストな娘一家の生活になじんでた、
的なお話し。
もっとお父さんに優しくしてやれよ。

『地獄/天国』
インドからアメリカに来て寂しかった母を
良い感じに頼ってくれて母の自己肯定感を爆上げしてくれた
プラナーブ叔父さんのお話し。
お母さん大変だったね、の、大変具合がなかなかハードだったことが
ラストにわかる。逆に心配になる。

『今夜の泊まり』
友人の結婚式に行きました。

『よいところだけ』
平凡な姉と才能溢れる弟、と思われているので
お姉ちゃんがんばって生きてきたのに
弟がニートになった。

『関係ないこと』
ちょっと内向的なアメリカ男子ポールくんの
ルームメイトになったベンガル女子が
恋愛のいざこざで振り回してくる。
私だったらキレる。

第二部 ヘーマとカウシク
『一生に一度』
ヘーマ(ベンガル系女子)が、10代の頃に1ヶ月だけ
家に居候したカウシク(ベンガル系男子)一家を回想する。
ほのかな恋心と、カウシクのお母様のワガママっぷりが
難病由来だったという読後感が、すごく良くできている。
読んでてちょっと涙出そうになった。

『年の暮れ』
大学生になったカウシクが、亡母の思い出をなぞるうちに
ヘーマのことも思い出す。
お父さんの再婚はキツいね。

『陸地へ』
大人(30代後半)になった二人が再会する。
カウシクはなかなか問題ありな性格だと思う。

個人的には『一生に一度』が好きだなあ。
読後感が良い感じにザワザワするんですよ。
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