1972年の夏、北アイルランドのベルファストに行った。その4年ほど前からいわゆる「北アイルランド紛争」が再開されていたから「これは現地を見なければ」と意気込んで出かけたのだ。列車でベルファスト駅に着くと、プラットホームの壊れた窓に全部ベニヤ板が打ち付けられていて薄暗く、今にも何か騒ぎが起こりそうな雰囲気だった。すると、後ろから「上野!」と私の名を呼ぶ声が聞こえた。ゾーッとした。こんなところに日本人の知り合いがいるわけが無い。「ああ、もうだめだ、死神が呼んでる」と震えがきた。その声の主は、なんと、大学の友人で、卒業後15年目で始めて会ったのだった。彼も紛争を見にきた。安堵して「雀百まで踊り忘れず、だな」と笑いあった。だが、これはまだ序の口だった。
その後、独りでカトリック居住地域を歩いていると、どこかで爆発があり、白煙が上がった。すると、猛スピードで英軍の装甲車が飛んできて、コンクリート塀の前にピタッと停まり、英兵が数名装甲車の陰から私に銃を向けた。いや驚いた。道を歩いているのは私独り。思わず両手をあげ「撃つな、撃つな」と念じながらソロりソロりと歩いた。「兵隊の目を見るな、あいつら猿だから目を見ると撃つぞ」。駈けって逃げたいけれど、そんなことをしては危険だ。とにかく静かに、ソロリソロリと歩いた。いや怖かった。安全弁をはずした銃が6本も私を狙っている。銃殺される直前と同じ恐怖だろう。後で知ったのだが、この年犠牲になった市民の数は40年にわたる紛争中最大だった。
その後、独りでカトリック居住地域を歩いていると、どこかで爆発があり、白煙が上がった。すると、猛スピードで英軍の装甲車が飛んできて、コンクリート塀の前にピタッと停まり、英兵が数名装甲車の陰から私に銃を向けた。いや驚いた。道を歩いているのは私独り。思わず両手をあげ「撃つな、撃つな」と念じながらソロりソロりと歩いた。「兵隊の目を見るな、あいつら猿だから目を見ると撃つぞ」。駈けって逃げたいけれど、そんなことをしては危険だ。とにかく静かに、ソロリソロリと歩いた。いや怖かった。安全弁をはずした銃が6本も私を狙っている。銃殺される直前と同じ恐怖だろう。後で知ったのだが、この年犠牲になった市民の数は40年にわたる紛争中最大だった。