前回の続き。
横歩取り「中座流△85飛車戦法」の出現は衝撃的だった。
画期的な新戦法は常にそうであるが、出た当初はなかなか理解されず、
「これでホントにうまくいくの?」
「こんなやり方に負けるわけない」
なんて甘く見られたりしがちだが、逆に言えばそのスキを突いて白星を稼げる「ブルーオーシャン」が広がってるケースも多く、使いこなせば大きな武器となるのだ。
そんな△85飛車戦法が、まさに棋界の最高峰である「名人」を決定づける一番で登場したのだから、本当に出世したものだった。
しかも、前回「珍形」として紹介した△55飛と角筋に回る指し方だ。
2001年、第59期名人戦の第7局。
丸山忠久名人と、谷川浩司九段の決戦。
この△55飛はもともとは、浦野真彦八段が感想戦で、
「こんな手も考えてんけど」
と示したものだという。
この将棋は丸山も、別のすごい手を披露しており、それがこの局面。
先手の谷川が角を打って、馬を作りに出たところだが、ここで丸山が指したのが、度肝を抜かれるシロモノだったのだ。
△45桂と飛ぶのが、おどろきの一手。
ただ桂を捨てるだけでなく、先手の桂馬を▲45の好位置に跳ねさせる、お手伝いに見えるからだ。
当然の▲45同桂に、△46角と打って、▲58金に△19角成と香を取る。
これで駒損は回復できたが、相手の桂をさばかせておいて、自分はこんな働いてない香を取るのは、なんとも率が悪く見える。
この手順に丸山は、名人位をかけたのだ。
谷川は相手の構想を逆用すべく、▲23歩、△31銀、▲33桂打と▲45の桂を土台に反撃。
激戦だが、ここはうまく先手が手をつなげたようで、「谷川優勢」の流れとなったが、丸山もただ引き下がるわけにもいかない。
図は▲35銀と打って、馬にアタックをかけたところ。
先手は△22の金が不安定なのを見越して、馬を責めながら、うまく飛車を成りこんでいきたいところ。
だが、次の手が谷川や控室で検討していた佐藤康光九段など、並み居る面々が気づかなかった1手だった。
△23香と打ったのが、丸山が名人位に懸けた乾坤一擲の勝負手。
ここでは△24歩と打つのが自然だが、それでは弱いと見ての香打。
この手に意表を突かれた谷川が、ここで間違えてしまった。
▲24歩と打ったのが、自然に見えて疑問で、ここでは飛車取りにかまわず、▲44銀と取るのが谷川「前進流」で正解だった。
以下、△25香と飛車を取るのは、攻め駒が後手玉に近すぎてとても持たないから、△44同飛とするが、▲35飛に△34歩と止めたところで、▲53桂成と成り捨てるのが、取られそうな飛車を楽にする好手。
△同銀に▲75飛と軽やかに展開し、△64銀打、▲45歩、△54飛、▲74飛と飛車を助けておけば、先手が優勢をキープできるのだ。
▲24歩と打たせて、先手の攻めを渋滞させることに成功した後手は、そこで△45馬と桂馬を取り、▲23歩成に△65桂打と反撃。
激しい攻め合いとなるが、最後は丸山が勝って防衛。
かくして、この中座流△85飛車戦法は、その革新性によって従来の将棋観をゆるがし、様々な新手、新手筋を生み出してきた。
こういうのを見ると、ホントに将棋というのは、いろんなアイデアがあるもんだと、楽しい気分になってしまう。
今、AIの出現によって、中堅以上のプロが困惑しているという話をよく聞く。
けどまあ、皆さんも若いころ、「藤井システム」や「中座飛車」の新手でベテラン勢を、
「異次元の感覚が理解できない」
「情報社会の今にはとてもついていけない」
なんてボヤかせ、
「今の将棋は知識ばかりが優先されてつまらなくなった」
とかブツブツ言うのを冷たく聞き流していたんでしょうから、まあ、こういうのは、おあいこなんじゃないでしょうか。
■おまけ
(「丸山名人」の名人初防衛劇はこちらから)
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