「自陣飛車」というのは上級者のワザっぽい。
飛車という駒は攻撃力に優れるため、ふつうは敵陣に、できれば成って竜にして暴れさせたいもの。
そこをあえて、自陣で生飛車のまま活用するというのは難易度が高く、いかにも玄人という感じがするではないか。
前回は谷川浩司九段の手の見え方を紹介したが(→こちら)、今回は「駒を損しても受け切ってる」という、ちょっと不思議なしのぎを見ていただきたい。
1990年の棋聖戦、羽生善治竜王と中村修七段の一戦。
後手番になった中村の向かい飛車に、羽生は銀冠で対抗。
7筋の位を取る先手の積極的な駒組に、振り飛車は機敏に対応し、自分だけ馬を作って、見事なさばけ形を作る。
不利におちいった羽生だが、そこからなんやかやと手をつくして、勝負形に。
むかえた、この局面。
羽生が9筋に味をつけてから、▲86桂と打ったところ。
「美濃囲いは端歩一本でなんとかなる」
と言われるように、次に▲94歩と打つ手が受けにくい。
また▲74歩のコビン攻めもからめて、▲62歩のタタキとか、振り飛車がイヤな形だが、ここからが「受けの中村」の腕の見せ所だった。
△54飛と打つのが、うまい自陣飛車。
横の利きで、▲94歩と▲74歩の筋を、同時に受けている。
いかにも「不思議流」中村修らしい、やわらかい手だ。
とここで、筋いい方なら
「あれ? これ攻めがつながってね?」
身を乗り出すところであろう。
羽生は▲23馬と歩を補充し、△39角と馬を作りにきたとき、▲94歩と香取りに打つ。
一回△66角成と王手して、▲77桂に、飛車がいるので△94香と取れるが、そこで▲74歩と突くのが手順の妙。
△同歩なら、飛車の横利きが消えるから、▲94桂と王手で取って調子がいい。
先手がうまく手をつないだようだが、ここで中村は、見事なしのぎを見せるのだ。
△74同飛と取るのが、「受ける青春」本領発揮のカッコいい手だった。
▲同桂と取るしかないが、△同歩と取り返した形がサッパリしてて、これ以上攻め手がない。
先手は二枚飛車こそあるが、存外に使う場所がない。
後手陣は厚みがあって、不思議と手をつけるところが、見つからないのだ。
▲69香と打って、△55馬に▲86飛(!)と、非常手段的な手で局面の打開を図るが、冷静に△45歩と馬を封じられて、後続がない。
▲65香、△64歩に▲84歩、△同歩、▲同飛と特攻をかけるも、△83金と、はじき返されて切れ筋。
手段に窮した羽生は、▲83同飛成から、バンザイアタックを仕掛けるしかないが、以下、中村はあっという間に、先手玉を仕留めてしまった。
美濃囲いの弱点にゆさぶりをかけられて、イヤな気分のところを、△54飛の自陣飛車から、△74同飛で先手の攻めをかわしてしまう。
駒は損しても、これでしのいでるという発想がスゴイ。
まさに妙技ともいえる手順で、「受け将棋萌え」の私はもうウットリなのである。
(谷川浩司の受け編に続く→こちら)