「自分では絶対に思いつかない手」
これを観ることができるのが、プロにかぎらず、強い人の将棋を観戦する楽しみのひとつである。
「光速の寄せ」谷川浩司九段の寄せや、「羽生マジック」羽生善治九段の逆転術に、藤井聡太五冠のアッと言う見事な詰み筋など、終盤のすごみもいいが、序盤戦術での新構想にも、シビれることが多い。
世代的にやはり、もっともおどろかされたのが「藤井システム」で、これははずせない。
伝説的な「藤井猛竜王」誕生や、それにまつわる「一歩竜王」など語っていけばキリがないほどエピソードはあるが、振り飛車党の棋士からは、
「藤井システムがなければ、三段リーグを突破できなかったかもしれない」
という声も聞いたりして、藤井本人だけでなく、それこそシステムのせいで三段リーグを「突破できなかった」者もふくめて、多くの人間の人生にも影響をあたえた戦法であった。
これともうひとつ、中座真七段が考案した、
「中座流△85飛車戦法」
平成の将棋で死ぬほど見た「中座飛車」。
従来は「悪形」とされた高飛車が、攻守ともに絶好のポジションであったことが理解されたとき「革命」が起こった。
ちなみに、考案者の中座は、この△85飛を▲35歩と、角頭を責められるのを牽制した守備的な意味で指したそう。
それを見て、すぐさまその優秀性に気づき「攻撃」の戦法として訳し直し、ブレイクさせたのが野月浩貴八段。
この2つが、平成の将棋界を様々な形でゆるがした二大新戦法だが、そんな数ある新手の中で、個人的にもっともおどろいたのは、鈴木大介九段考案の手。
まず見ていただきたいのが、この局面。
2006年、第77期棋聖戦五番勝負の第3局、佐藤康光棋聖との一戦。
初手から▲76歩、△34歩、▲75歩、△84歩、▲78飛、△85歩に▲74歩、△同歩、▲同飛としたところ。
先手の鈴木大介が選んだのは「升田式石田流」または「早石田」と呼ばれるもので、アマチュアにも人気が高い戦法である。
なんてことない局面に見えて、すでにここは風雲急を告げている。
△88角成として▲同銀に△65角。
飛車が逃げるしかないが、△47角成と歩得で馬を作って後手優勢。
これがあるから、先手から▲74歩と交換するのは無理筋といわれていたのだが、ここで鈴木大介が驚愕の発想を見せるのだ。
△88角成、▲同銀、△65角に、▲56角と打ち返すのが、2005年度に「升田幸三賞」を受賞している「鈴木新手」。
といっても、これだけ見たらなんじゃらほいというか、ムリヤリ飛車取りと角成の両ねらいを受けただけのようだが、これが意外と手ごわいのだ。
△74角は▲同角で、先手から▲63角成というねらいができる。
△72金と受けると、そこで▲55角が絶好の一手。
一回△73歩と角を追って、▲56角に、香取りを受けるには△12飛と打つしかない。
見た瞬間「はあ?」と言いたくなるような、異様な形だが、これでいい勝負だというのだから恐れ入る。
ここまで来ると、振り飛車というよりは横歩取りのような空中戦。
以下、こういう局面になって、前例なんてあるわけない。
結果は佐藤が勝って棋聖防衛に成功するが、将棋自体は先手が相当に有望だった。
ちなみに、▲56角の局面は第1局でも現れており、そのときは佐藤が飛車を取らずに△54角と引いている。
ここから比較的じっくりした戦いになった。
勝負は佐藤がものにしたが、△54角という手に妥協を見たのだろう、第3局はしっかり対策を練って、堂々と踏みこんでの力将棋。
結果ではどちらも、先手が敗れたものの、この両者のやり取りだけでも、充分にインパクトはあった。
将棋の序盤は新構想の宝庫だということを再認識させられた、スゴイ棋譜で、今でもおぼえているのだ。
(郷田真隆の絶品石田流退治に続く)
■おまけ
(鈴木大介の魅せた終盤術はこちらから)
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