久保利明のさばきは将棋界の至宝である。
よくスポーツ選手などがインタビューで、リオネル・メッシやロジャー・フェデラーのようなあこがれのアスリートについて熱く語ったあと、
「でもプレーの参考にはしません。すごすぎて、とてもマネできないので(笑)」
なんて締めることがあるが、将棋界だとそれは「久保のさばき」にあたるのではあるまいか。
あれはねえ、ホントにマネなんてできませんぜ。
2005年の第63期A級順位戦。
羽生善治四冠と久保利明八段の一戦。
名人挑戦をかけたリーグ戦は、羽生と久保の双方5勝2敗という直接対決。
2敗にもうひとり藤井猛九段もいるため、生き残りをかけた大一番だ。
後手の久保が得意のゴキゲン中飛車に振ると、羽生は銀を▲36から速攻でくり出して行く。
むかえたこの局面。
▲35歩と打って、一目後手が困っている。
飛車の行く場所がないし、かといって△同角は▲同銀、△同飛に▲36歩と一回受けてから▲21飛成で先手が大優勢。
後手が困っているようだが、実はこれが久保のしかけた罠で、すでに振り飛車のさばけ形。
△27歩、▲同飛、△26歩、▲同飛、△23歩できれいに受かっている。
▲同銀不成は△35飛、▲36歩に△55飛と銀を取って、▲同角には△26角と飛車を取られて駒損してしまう。
本譜は▲34歩と取るが△26角と取って、包囲網を突破することに見事成功。
▲24にある銀の処置に困った羽生は▲28飛と自陣飛車を打つが、後手から△49飛がきびしい打ちこみ。
以下、▲26飛、△47飛成に▲58角が、いかにも苦しいがんばり。
△38竜、▲23銀成に△57金と打って▲59歩の受け。
そこから△58金、▲同歩、△23金、▲同飛成とわかりやすく清算して△14角と打つのが指がしなる一着だ。
将棋の本をサクサク読むコツは
「むずかしい手順はどんどん飛ばす」
ことだが(お試しあれ)、ここをあえて載せてみたのは、流れるような久保のさばきを味わってほしいから。
あの完封されそうだった飛車と角が、気がつけば先手陣のド急所をねらう位置にいるのだから、もう笑いが止まらない展開ではないか。
四冠王だった羽生相手に、ここまでかきまわせる「さばきのアーティスト」も見事だが、ただ順位戦はここからが長い。
これまでは久保のワンマンショーだったが、ここからは羽生が魅せるターンで、そう簡単に勝負は終わらないのだ。
(続く)