前回の続き。
2005年の第63期A級順位戦。
羽生善治四冠と久保利明八段の一戦は双方5勝2敗という、名人挑戦をかけた直接対決。
生き残りのためには、負けるわけにいかない大一番だが、序盤は「さばきのアーティスト」の魔術が冴えまくり、久保がペースを握ることに成功する。
△14角と打って、振り飛車がこれ以上ないほど、うまくいっている。
平凡な▲21竜は△58角成から殺到され、寄せられてしまう。
かといって飛車を渡すわけにもいかず、進退窮まっているように見えるが、ここでアッサリとあきらめるようでは四冠王の名が泣く。
ましてや順位戦ともなれば、そう簡単に投げるわけにいかないということで、あれこれと手を尽くすのだが、ここからは羽生の腕の見せどころだ。
まず▲37金と打って、△同竜と取りの形にしておいてから▲14竜と、逆モーションでこちらの角を取るのが、いかにも「ひねり出した」という手順。
△14同歩は▲37桂で、駒損が残りるうえに遊んでいた桂もさばかせて、これは後手がおもしろくない。
そこで△26竜とかわすが、▲16竜とぶつけるのが、またも不思議な形。
こんなところで竜交換を求めるなど、見たこともないやりとりで、なんだか「不思議流」と呼ばれた中村修九段の将棋みたいだ。
△29竜と駒を補充しながら敵陣に入るが、そこで▲45角と放つのが、また面妖な手。
攻守ともに、利いているのかどうか微妙だが、このふんわりした感じが、羽生将棋の真骨頂で、依然後手が優勢ながら簡単には土俵を割らない。
クライマックスはこの場面。
やはり久保が優勢な局面で、一目は後手が勝ちである。
次に必殺の一手があるからだ。
△89角と打つのが、カッコイイ寄せ。
▲同金は△69飛成と取って、▲同玉に△68金まで詰み。
▲同玉しかないが、やはり△69飛成と取られて、▲同金は頭金だから取れない。
決まったようにしか見えないところだが、まだ勝負は終わってないのだから、将棋を最後まで勝ち切るのは、本当に大変な作業である。
ましてや、相手があの羽生善治となれば。
次の一手が、これまた実にしぶといのだ。
▲78飛と、この日2度目の自陣飛車で耐えている。
大駒を自陣で受けに使うときは、「飛車は金で角は銀」のイメージでというが、まさにそんな形だ。
羽生玉をここまで追いつめ、あと一歩、それこそ指一本分でも伸びればそれで倒れているような王様だが、そのわずかが届いていない。
なにかはありそうなこの場面で、久保は残り4分になるまで懸命に考えたが、ついにとどめをさせず△19竜とゆるむ。
それでもまだ後手が優勢だったが、玉頭戦のもみ合いの末、ついにうっちゃられてしまった。
以下、羽生が逆転で勝利し2敗をキープ。その後、藤井が敗れ、最終戦も勝った羽生が名人挑戦権獲得を果たした。
久保には残念だったが、敗れたとはいえ序中盤を圧倒したさばきは、まさに神業級のすばらしさ。
そこからの羽生の曲線的なねばり腰と合わせて、両者の力が存分に発揮された、名局と言っていいのではあるまいか。
(久保が魅せた「さばき」の大サーカス編に続く)
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