ブラックホール・ダイバー 羽生善治vs中村太地 2013年 第61期王座戦 その3

2022年08月10日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 前回の続き。

 2013年の第61期王座戦は、挑戦者の中村太地六段羽生善治王座(王位・棋聖)に2勝1敗とリードを奪って、第4局に突入。

 カド番の羽生は中村の横歩取りを受けるも、中盤で千日手に。

 中村からすれば、勝負将棋で思わぬ先手をもらったのは、まさに千載一遇のチャンスであり、羽生の一手損角換わりに立ち向かう。

 羽生は早めに角を打ち、中央から銀をぶつける積極策を見せるが、▲56歩と突かれて、が死んでいる。

 

 

 これは困ったかと思いきや、ここから羽生が怒って、襲いかかっていく。

 

 

 

 

 △46歩、▲48金、△77角成、▲同桂、△47銀

 角を切るのはわかるとして、次の△47銀が、なんとなくではあるが「羽生らしい手」と感じたところ。
 
 この手自体は駒損なうえに、玉の反対側にいる▲48にアタックをかける、いかにも筋の悪い手に見えるのだ。

 実際、好手かどうかはわからないが、その「筋悪な手」を、あえて掘り下げて指してくるのが、羽生さんぽいなあと。

 中村は重い攻めに対して、▲49金といなしにかかる。

 これもスゴイ手で、後手は△56銀成とすれば次に、△66歩、▲同歩、△同飛や、△67成銀、▲同金、△66歩のような攻めが受けにくい。

 必然ここで攻め合いになるが、一直線のスピード勝負も怖くないと言っているわけだ。

 オレをだれやと思てるねん。中村太地やぞ、と。

 

 

 となると、ここで駒が引く手は考えられず、▲23同飛成と特攻していく。ここは感覚的に、飛車で行くのがポイントだ。

 中村太地といえば、エリート大卒で見た目も言動もしっかりした「優等生」キャラだが、盤上ではかなり我が強く、野蛮である。

 そのあたりは、佐藤康光九段と共通するところがあり、佐藤があこがれの棋士として挙げるのが米長邦雄永世棋聖

 名著『米長の将棋』はバイブルだったとよく語っているが、まさに中村の師匠こそが米長邦雄であり、そのあたりのことも関係しているのかもしれない。

 「米長流」の踏みこみに、△同歩から▲24歩とかぶせて、この攻めはまともには受からない。

 後手は△41玉から左辺にスタコラサッサと逃げだすが、そこで▲83角を入れてから、△72銀の受けに▲63歩が痛烈なビンタ。 

 

 


 △同飛タダ

 △同銀▲41金詰み

 △同金は「金はななめに誘え」の格言通りで、玉のアーマーが紙になってしまい、とても保たない形だ。

 解説の飯島栄治七段は、この手で「先手勝ち」と見たが、たしかにそう言いたくなる見事な「焦点の歩」だ。

 取る形のない羽生は目をつぶって△67歩成と踏みこむが、▲62歩成、△同玉に▲64飛が、また悩ましい王手。

 

 

 

 △63歩▲67飛△83銀▲34馬負けと見た羽生は△63金打と投入し、▲67飛△66歩とたたく。

 ▲同飛は角を取って王手飛車ねらいだから、▲69飛と引くが、△47飛▲34馬△77飛成▲78銀△65桂と猛反撃。

 

 

 

 激しい空襲で、先手陣は豪快に屋根を突き破られているが、▲34にある守備力が絶大で、まだギリ耐えている。

 このあたり、控え室で近藤正和六段が「怖いね、怖いですよ」といえば、中村修九段が「そんなこといってられないよ」と検討陣もヒートアップ。

 「中村勝ち」と見ていた飯島七段も、「後手が勝ちに見えます」になるなど、二転三転の大激闘。

 先手玉は押しつぶされる寸前だが、1手空いたスキをねらって、今度は後手玉にラッシュをかける。目まぐるしい攻防戦だ。

 クライマックスの第一幕はここだった。

 

 

 

 ▲81飛から▲61角と先手が王手王手でせまったところ。

 ここでの対応は2択である。

 合駒をするか、王様を寄るか。ふたつにひとつ。

 結論から言えば、片方は詰みで、もう片方は激戦続行だ。

 に追われている羽生は、果たしてどちらを選ぶのか……。

 

 (続く

 

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