前回の続き。
2013年の第61期王座戦は、挑戦者の中村太地六段が羽生善治王座(王位・棋聖)に2勝1敗とリードを奪って、第4局に突入。
カド番の羽生は中村の横歩取りを受けるも、中盤で千日手に。
中村からすれば、勝負将棋で思わぬ先手をもらったのは、まさに千載一遇のチャンスであり、羽生の一手損角換わりに立ち向かう。
羽生は早めに角を打ち、中央から銀をぶつける積極策を見せるが、▲56歩と突かれて、角が死んでいる。
これは困ったかと思いきや、ここから羽生が怒って、襲いかかっていく。
△46歩、▲48金、△77角成、▲同桂、△47銀。
角を切るのはわかるとして、次の△47銀が、なんとなくではあるが「羽生らしい手」と感じたところ。
この手自体は駒損なうえに、玉の反対側にいる▲48の金にアタックをかける、いかにも筋の悪い手に見えるのだ。
実際、好手かどうかはわからないが、その「筋悪な手」を、あえて掘り下げて指してくるのが、羽生さんぽいなあと。
中村は重い攻めに対して、▲49金といなしにかかる。
これもスゴイ手で、後手は△56銀成とすれば次に、△66歩、▲同歩、△同飛や、△67成銀、▲同金、△66歩のような攻めが受けにくい。
必然ここで攻め合いになるが、一直線のスピード勝負も怖くないと言っているわけだ。
オレをだれやと思てるねん。中村太地やぞ、と。
となると、ここで駒が引く手は考えられず、▲23同飛成と特攻していく。ここは感覚的に、飛車で行くのがポイントだ。
中村太地といえば、エリート大卒で見た目も言動もしっかりした「優等生」キャラだが、盤上ではかなり我が強く、野蛮である。
そのあたりは、佐藤康光九段と共通するところがあり、佐藤があこがれの棋士として挙げるのが米長邦雄永世棋聖。
名著『米長の将棋』はバイブルだったとよく語っているが、まさに中村の師匠こそが米長邦雄であり、そのあたりのことも関係しているのかもしれない。
「米長流」の踏みこみに、△同歩から▲24歩とかぶせて、この攻めはまともには受からない。
後手は△41玉から左辺にスタコラサッサと逃げだすが、そこで▲83角を入れてから、△72銀の受けに▲63歩が痛烈なビンタ。
△同飛は銀がタダ。
△同銀は▲41金で詰み。
△同金は「金はななめに誘え」の格言通りで、玉のアーマーが紙になってしまい、とても保たない形だ。
解説の飯島栄治七段は、この手で「先手勝ち」と見たが、たしかにそう言いたくなる見事な「焦点の歩」だ。
取る形のない羽生は目をつぶって△67歩成と踏みこむが、▲62歩成、△同玉に▲64飛が、また悩ましい王手。
△63歩は▲67飛、△83銀、▲34馬で負けと見た羽生は△63金打と投入し、▲67飛に△66歩とたたく。
▲同飛は角を取って王手飛車ねらいだから、▲69飛と引くが、△47飛、▲34馬、△77飛成、▲78銀、△65桂と猛反撃。
激しい空襲で、先手陣は豪快に屋根を突き破られているが、▲34にある馬の守備力が絶大で、まだギリ耐えている。
このあたり、控え室で近藤正和六段が「怖いね、怖いですよ」といえば、中村修九段が「そんなこといってられないよ」と検討陣もヒートアップ。
「中村勝ち」と見ていた飯島七段も、「後手が勝ちに見えます」になるなど、二転三転の大激闘。
先手玉は押しつぶされる寸前だが、1手空いたスキをねらって、今度は後手玉にラッシュをかける。目まぐるしい攻防戦だ。
クライマックスの第一幕はここだった。
▲81飛から▲61角と先手が王手王手でせまったところ。
ここでの対応は2択である。
合駒をするか、王様を寄るか。ふたつにひとつ。
結論から言えば、片方は詰みで、もう片方は激戦続行だ。
秒に追われている羽生は、果たしてどちらを選ぶのか……。
(続く)