若手棋士がタイトル戦に出てくると、ワクワクする。
それはイキのいい将棋を見られるだけでなく、結果次第では
「歴史の目撃者」
になれる可能性があるからだ。
かつての「羽生善治竜王」「屋敷伸之棋聖」「郷田真隆王位」「藤井猛竜王」「広瀬章人王位」「高見泰地叡王」「藤井聡太棋聖」などなど。
正直なところ、開幕前はそこまで行くと思ってなかったり、タイトルホルダーのほうが各上で「まだ先かな」と思わせるような新鋭が、本番で思った以上の活躍を見せると、こちらも「おお!」と身を乗り出すわけだ。
平成以降は「羽生世代」が席巻していてトップ棋士の層も厚く、なかなか新しい風を吹きこませるのは難しかったが、2010年代にはちょこちょこ、そういう例も見られるようになって、こちらとしても期待が高まったのである。
2013年の第61期王座戦。
羽生善治王座に挑んだのは23歳の若武者、中村太地六段だった。
中村は17歳でプロデビュー後、新人王戦で準優勝、竜王戦6組優勝など、その活躍が期待される好成績を残す。
そんな中村が爆発したのは、早稲田大学を卒業してすぐだった。
まず2011年に、40勝7敗の勝率8割5分1厘で勝率1位賞を受賞。
このときは中原誠十六世名人のもつ年間最高勝率を抜く勢いで、しかもそれがフロックでないことを証明したのが、翌年の棋聖戦。
佐藤康光、森内俊之というヘビー級を倒した上に、挑戦者決定戦でも難敵深浦康市を破って挑戦者に。
5番勝負こそ、ストレートで敗れたものの、随所に中村らしい強い踏みこみも見られ、次が期待できる内容であった。
それに応えるように、翌年の王座戦でも挑戦者決定戦に勝ちあがる。
ここでの将棋が、ちょっとした話題になったので、本題に入る前に少しばかりふれてみたい。
この挑決で、中村と反対の山から勝ち上がってきたのは郷田真隆九段。
タイトル獲得経験も豊富な郷田は、もちろんのこと超強敵で実力を試されるところだったが、ここで中村はいい将棋を披露する。
相居飛車の戦いから、むかえた中盤戦。
盤上でよく利いている角をねらったところだが、この次の手が「郷田流」と歓声が上がった一着だった。
△55角と出るのが、「スーパーあつし君」こと宮田敦史六段もうなった剛直な一手。
▲同銀なら△同銀で、△38銀のねらいも残り、6筋の拠点や端の味もあって攻めがつながると。
この手に中村は、ひるむことなく▲71角と強気の攻め合いで、郷田も負けじと△76歩。
この2人らしい、強情ともいえるたたき合いだが、寄せ合いのさなか、▲24歩が観戦者を感心させた突き捨て。
この形は△同銀と取られると、△13の地点に玉の逃げ道ができるから不満としたものだが、ここでは▲53角成(本譜は▲54馬から)から▲31銀と打って▲22歩の筋で、寄せ形が築ける。
こうなると、△22への利きが減ってしまう△24同銀は指しづらい。
かといって△同歩は玉頭に穴ぼこができ、▲43銀から▲34銀成が詰めろになって負け。
本譜の△同金も「金はななめに誘え」で守備力が激減で、郷田も「しびれてます」と認めた。
後手はどれでも取る形がなく、それを見越した▲24歩は、さすが中村の力を示した一着だった。
その後、中村の寄せが決まって勝利は確定だが、ここでちょっとした事件が起こった。
次の図を見てほしい。
先手の勝ちはわかっているが、では具体的にどう指しますか?
腕自慢の方なら「詰みっしょ」と声が出たかもしれないが、そう、後手玉は詰んでいる。
▲22金から入って、△同銀、▲同銀成、△13玉。
そこで▲12成銀と捨てるのが手筋。
△同香は▲22銀まで。
△同玉しかないが、そこで▲13歩、△同玉、▲22銀、△12玉に、▲14香、△同金、▲13歩、△同金、▲21銀不成まで15手詰め。
長いようだが、空間は狭いし、詰将棋や実戦でも頻出する形だから、私でも解けるくらいだ。
そんな、アマ初段クラスの詰将棋のはずだったが、なぜか中村太地はこれを選ばなかった。
その代わりに、▲22金、△同銀に▲同銀不成と必至をかけたのだ。ここで郷田は投了。
同じ勝ちだから、どっちでもいいっちゃいいのだが、ここで興味深いのは、中村自身この詰みが、ふつうに見えていたということ。
そらそうであろう。私なんかでもクリアできたんだから、こんなもんプロなら0、1秒である。
そこをわかったうえで、なぜにてスルーしたのかと問うならば、本人が言うことには、
「あえて、この手を選んだ心境を見てほしい」
中村が詰みをわかっていながら詰まさなかったのは、ハッキリ言えば万に一つの見落としを警戒したわけだが、それは「フルえた」ともいえる。
その意味では、中村の勝ち方は疑問符が付くわけだが、逆に言えばそのリスクを背負っての決断ということ。
もしかしたら、怒られたり、笑われたりするかもしれない、という覚悟もしたで、あえて「詰まさなかった」としたら、それはたしかに勇気のいる選択だったかもしれない。
中村太地の言っていることに、筋は通っていない。
が、彼ほどの男が、こういう極めて非論理な主張を盤上で示したことは、逆にすこぶる興味深いとも言える。
たしかに「フルえた」と取られるかもしれないが、それにもまして、勝ちたかった。
なら、その想いは5番勝負で存分に見せてもらえるのでは、と期待したくなるではないか。
相手は王座戦と言えばこの人の、羽生善治王座で、昨年度のリベンジの意味もこめての注目カードとなったのである。
(続く)