前回の続き。
2013年の第61期王座戦五番勝負。
羽生善治王座(王位・棋聖)を相手にとって、挑戦者の中村太地六段が、まず先勝。
「羽生有利」の声が多い中、これで勝負はおもしろくなるぞと身を乗り出すわけだが、その通り、第2戦もまた熱局になるのだ。
力戦の相居飛車から、先手の羽生が穴熊にもぐる展開に。
固めてドッカンの穴熊流特攻を、中村が受ける展開だが、先手の攻めも細い感じで、そう簡単には決まらなさそう。
……と見せかけて、実はこの将棋は早くに決着がつく可能性があった。
中盤の難所だが、ここでは▲15歩と押さえる手があった。
△39馬と取らせる間に▲33桂成として、これが▲14銀の詰めろで、なかなか受けにくい。
△14香とムリヤリ受けても、▲26桂がピッタリ。
△14角の非常手段も、▲16銀と重しを乗っけて、後手は困っていた。
羽生からすれば、まさかこのむずかしそうな局面で決め手があるとは思わなかったのだろうが、そしてそれは中村太地の「信用」でもある。
これが弱い棋士なら、おそらく羽生はすぐさまこの手に気づいたに違いなく、中村を強いと認めているから、
「こんな簡単に終わるわけがない」
という先入観をあたえることによって、ピンチを脱したのだ。
それが「信用」であり、これは勝つこと、いい将棋で魅せることでしか得られないものでもある。
危機を回避した中村は、ここから持ち味を発揮して、羽生にプレッシャーをかけていく。
▲17歩と、後手玉の逃走路に置き石をしたところで、△19歩成としたのが、中村太地一流の強気な手。
ここは▲16銀と、馬に当てながら上部脱出を阻止するのが見え見えなだけに怖いが、それには1回△26馬と引いておいて、逆に△15歩から先手の攻め駒を全部取ってしまおうというねらい。
まるで木村一基九段のようなパワフルさで、おいおいカッコイイのは見た目だけにしてくれよと、つっこみを入れたくなる手順ではないか。
そこからは入玉をめぐる玉頭のもがきあいで、一度は先手の攻めが切れ模様に。
なら、後手がトライを決めて勝ちに見えたが、先手も手を尽くして通せんぼするなど、だんだんわけがわからなくなってくる。
この混戦の中、中村太地にミスが出た。
△24の金を守って△23香と打った手が、うまい手に見えて、なんと受けになっていなかった。
これは▲14竜、△同金、▲35銀打、△36玉、▲26金の詰み筋を△同香と取って防ぐべくセットしたもの。
だが、△23香をあっさり▲同成桂と、取られてしまうのを中村はウッカリした。
△23同金は▲14竜から上記の順で詰み。
△同銀も▲17竜で、やはりアウト。
しかし、これでは香車をタダであげただけの、単なるお手伝いだ。
ここでは△36玉、▲24竜、△25銀打で先手ダメと羽生は悲観していた。
言われれば「そうか」という感じだが、中段玉は駒がゴチャゴチャして読みにくく、先手を取った受けでないのも怖いところではある。
これで持ち直し、羽生が逆転。
最終盤に見せた、トドメの刺し方がニクイ。
中村玉は入玉を果たしているが、先手の駒が近く、援護の駒も王様から離れていて、いかにも捕まりそう。
次の手が、皮肉な決め手となった。
▲49香と打って、後手玉は逃げられない。
△同玉は▲59金、△同銀成も▲67銀からつかまっている。
後手からすれば、ものすごくわかりやすい形でポカをとがめられたわけで、もちろん羽生だって最初からねらってたわけではないだろうが、それでも結果的には、
「あなたがタダでくれた香があったから、勝つことができました」
と言われているようなもんで、まるで、嫁イビリのような意地悪な手ではないか。
私だったらくやしくて、われ泣きぬれて蟹とたわむるところだが(広瀬章人八段は初タイトルの王位を失ったとき自室で泣いたそうだ)、中村はたくましくなったか、勝てそうな将棋を落としたにもかかわらず、そこからくずれることがなかった。
続く第3局も、すばらしい将棋を披露。やはり角換わりから、序盤で作戦勝ちになり、中盤は自然な指し手でリードを広げる。
終盤は厚みで押し、無理攻めを誘って丁寧に面倒を見てあますという、居飛車先手番の理想的な勝ち方で、王者羽生善治相手に完勝してしまったのだ。
強い! と感心することしきりの内容で、これで2勝1敗と初タイトルに王手をかける。
スコアのみならず、将棋の内容でも負けてないのがすばらしく、これはふつうに
「中村王座あるで」
気の早い私など決め打ちしてしまうが、もちろん、あの羽生がこのまま「どうぞお通り」とゆずってくれるわけはなく、ここからの戦いがまた、とんでもなく熱いのである。
(続く)