山崎隆之八段が、A級に昇級した。
山崎隆之といえば、奨励会時代から次期関西のエースと期待されていた男。
「中学生棋士」こそ逃したが、17歳でデビュー後も新人王戦やNHK杯で優勝など、各棋戦で勝ちまくって、その評判に偽りがなかったことを証明した。
となればあとは、A級八段とタイトル獲得まで一直線と思われたが、ここで意外な苦戦を強いられる。
まずタイトルへの道が遠く、2009年の第57期王座戦で初めて檜舞台に出るも、羽生善治王座を相手に3連敗のストレート負け。
また順位戦も、なぜか13年もB級1組に定着してしまい、山崎隆之の才能を知るものからすれば、まさに「なんでやねん」な状態であったのだ。
それがやっと、ようやっと、まずはA級に昇ることができた。
もちろん、独創性あふれる山崎将棋のファンとしては、これだけで満足などできるわけもなく、次はタイトルをねらってほしい。
これは高望みではなく、本来なら常時タイトルのひとつやふたつ、持っていてもおかしくない器なのだ。
前回は羽生善治が久保利明に見せた、驚異の一手パス&絶妙手のコンボを紹介したが(→こちら)、今回はA級昇級記念に、復活を遂げた山ちゃんの若手時代の将棋をどうぞ。
2000年の第31期新人王戦で、決勝に進出したのは24歳の北浜健介六段と、19歳の山崎隆之四段だった。
関西の若手ホープである山崎だが、早くにB2まで上がって、すでに六段の北浜はなかなかの強敵。
山崎が先勝するも、北浜も1番返してタイに。
決戦の第3局は、山崎先手で角換わり腰掛銀になって、むかえたこの局面。
中央で銀が交換になったところ。
後手は次に△36歩がねらい。
▲35角としても、△53銀打としっかり受けられて、さほどの効果はない。
受けにくいように見えたが、実は後手陣にはそれ以上の不備があり、山崎はそれを見逃さなかった。
▲84銀と打つのが、スルドイB面攻撃。
これが△93の香取りと、▲73銀成の両ねらいで、後手の駒組をとがめている。
まるで、羽生善治九段の得意とする、攻め駒を責める「羽生ゾーン」のようだ。
北浜は△55銀と受けて、▲35角に△61飛とかわすが、そこでタダの香を取らず▲83銀不成がおどろきの一手。
ここでは▲56歩と突いて、先手が指せていたそうだが、山崎には逆方向から攻めるねらいがあった。
△36歩の反撃に、▲25桂と逃げて、△37歩成。そこで▲72銀不成。
桂も、タダで取れる香も取らず、グイグイと不成の進撃。
まさに「銀は千鳥に使え」で、ここで△48と、と攻め合うのは▲61銀不成から先手が速いから、一回△62飛とする。
▲同角成、△同金、▲71飛と王手してから、△22玉に一回▲18飛と逃げ、後手も△27と、と追っていく。
この局面、北浜は「指せると思っていた」と言い、控室の検討もそれに同意。
さもあろう、△27と、に▲48飛と逃げ回るようでは、△37と、から千日手にされそう。
また、勝ちに行くなら強く△26と、から上部を根こそぎにしてしまう選択肢もあるのだ。
先手は手数をかけて使った銀が、やや中途半端な存在どころか、下手すると質駒として、好機に取られてしまうかもしれない。
先手難局を思わせたが、ここで山崎が見事なワザを見せるのだ。
▲83銀成とひっくり返るのが、だれも予想できなかった、すばらしい駒の活用。
一見、駒が後ろに下がる、もっさりした手のようだが、▲25の桂が上部を押さえているこの一瞬は、次に桂馬を取って▲34桂と打つ筋が、すこぶる速いのである。
なんと、この軽快な銀のステップ一発で、すでに後手から勝ちがなくなっている。
△18と、とタダ同然で飛車を取れるが、▲34桂の投げ縄が強烈すぎて、その程度の得ではどうにもならない。
それでも、後手は飛車を取るくらいしかないが、▲73成銀と取って、△38飛の攻防手にも、悠々と▲62成銀で金を補充。
飛車を打ったからには、後手も△58飛成と取り返したいが、その瞬間に▲34桂が、やはり激痛どころか、後手玉は詰んでしまうのだ。
△24歩と受けるしかないが、山崎は落ち着いて▲52成銀。
△31銀と逃げるも、▲41成銀とすり寄って、いよいよ後手に受けがない。
それにしても、あざやかなのが山崎の銀使い。
▲84銀と打ってから、▲83、▲72、▲83、▲73、▲62、▲52、▲41と大遠征を果たす活躍。
しかも▲83から、▲72、▲83と一回転しているのだから、その美技にはほれぼれする。
その後も山崎は、ゆるまぬ攻撃で後手を圧倒。
優勝を目前にして投げきれない北浜も、懸命に抵抗したが、最後は緩急自在の寄せの前に屈した。
これで2勝1敗となり、山崎四段が新人王戦初優勝。
このころはまさか、こんなにB1で足を取られるとは、思いもしなかったものだ。
まあ、時間こそかかったが、一回上がってしまえば、あとは取り戻すだけ。
A級でも、ぜひこのころのような勢いがあり、かつ人がアッとおどろく将棋を見せてほしいもの。
山ちゃん、アンタならできる!
マジで期待してますぜ。
(山崎隆之の「玉の早逃げ」編に続く→こちら)