シャーロック・ホームズの物語は変である。
前回(→こちら)は、『まだらの紐』の超弩級に底抜けなトリックや、その犯罪ギリギリの(というか犯罪ど真ん中の)破天荒な行動について語ったが、まだまだホームズには「ここが変だよ!」とつっこみたくなる話は多い。
『シャーロック・ホームズの事件簿』は、最後の短編集ということで、ネタ切れなのか、それともそもそもホームズに思い入れがなかったドイル先生も倦怠になっていたのか、全体に腰砕けな作品が多い(以下ネタバレありまくりです)。
『三破風館』は秘密の書類をめぐる冒険だが、そのブツの正体は
「年上のお姉さまにもてあそばれた青年が、復讐のためそれを題材に書いたスキャンダル小説」
仮にもドイツ軍相手に、機密書類をめぐって知恵を絞ったホームズが、まさかの
「森本レオから、石原真理子の暴露本発売中止を求められる」
みたいなネタのため、走り回ることになろうとは。仕事選べよ、ホームズ。
『這う男』では、紳士の見本のような老教授が、若い妻をもらうとなったとたんに、地面をはい回るなど奇行を見せるようになる。
「若い妻」というキーワードで若干イヤな予感はしたが、やはりそうであった。
なんと、この老教授は、
「このままでは、若い嫁を満足させてやれん」
と悩んで、あやしい密売人から回春剤、つまり男子の股間にある「ゴールデンボーイ」を元気にするクスリを、こっそり購入していたのであった。
それがまた、熱帯の猿のエキスかなんかで(また猿か!)、その影響で猿化した教授先生は「ウッキー!」とかいいながら、よつんばいではい回っていたのだ。
なにやってのよ、おじいちゃん! だからホームズも仕事選べってば!
きわめつけが、『ライオンのたてがみ』。
タイトルだけ見たら、なんともスマートな本格ものを連想させる。
海岸を歩いていた男が、全身を鞭で残虐に打たれた痕を残して死亡する、というミステリアスな事件。
サディスティックで、狂気的ともいえるこの殺人の犯人は、いったい誰なのかと問うならば、これがなんとクラゲ。
外海からやってきた未知のクラゲがいて、そいつに刺されると全身が鞭で殴打されたような傷が無数に残るのだ……。
……って、だからそれは推理小説でもなんでもない、ただの事故なのでは。
仕事選ぶとか以前に、もはやホームズいらない事件だ。
かように、ホームズといえばシャープな推理がメインのお話のように見えて、実はバカミスっぽい作品も多いのです。
というと、まじめな人の中には
「ホームズをバカにしてるの?」
なんていう方がいるかもしれないが、もちろんそんなことはない。
この程度のことは、重度のホームズマニアである、世にいう「シャーロキアン」の方々には常識の楽しみ方。
なんたって、『最後の事件』で宿敵モリアーティ教授の手から逃れ、ヨーロッパを転々とするホームズを、
「あれは、コカイン中毒者の見た幻覚症状では」
とか邪推するのが当たり前の世界。
少々のひねくれた見方では、鼻にもひっかけてもらえません。
最初に紹介したように、ホームズとワトソンはデキてるとか、実は本当の名探偵はワトソンとか、パスティーシュでもドラキュラや火星人と戦ったり。
とにかく深く考察しすぎて、逆になんでもアリになってしまっているのがホームズの楽しさ。
ガイ・リッチー版ホームズやドラマ『SHERLOCK』の大ヒットなどで、日本でもホームズのプチブームみたいなものが起きたが、「名前だけは知ってる」という方も、こんな人類の財産の全貌を知らないままというのはもったいない。
ぜひとも手にとって、名探偵のあざやかな活躍と、その裏にあるマヌケと邪推の楽しみを味わってほしいものである。