前回(→こちら)の続き。
斎藤美奈子さんのファンであり、その著作である『男性誌探訪』はたいそうおもしろい。
『エスクァイア』『ダンチュウ』といった、男の自己陶酔的カン違い渦巻く雑誌に次々とスルドイ蹴りを入れていく様は、痛快なような、はたまた男としては桜玉吉さん言うところの「きんたまキュー」な気分にさせられるような、SとМ両モードが満足させられる快感がある。
とにかく斎藤さんのすごみは、その「悪口力」の高さ。
世の「毒舌」「辛口」「皮肉屋」を売りにする本やツイッターなどは、たいてい「ただの悪口」なのであまり読むに値しないが、中にはそのレベルが高次元すぎて、思わず笑ってしまう才能の持ち主もいる。
その「悪口力」の持ち主といえば、西原理恵子さん、ナンシー関さんが双璧だったが、3人目に堂々斎藤美奈子さんが就任だ。
『もてない男―恋愛論を超えて』で有名になった、学者の小谷野敦さんが、
「斎藤の本はオヤジいじりがうまいだけ」
みたいな「悪口」を言っていたものだが、世の中には「絶妙の悪口」というのもありまして、それを繰り出されると、こちらは「ひええ」と恐れ入りながらも笑うしかない。
斎藤流のイヤごとで有名なのに、
「ハードボイルド小説は男のハーレクインロマンスである」
というのがある。
これにはハードボイルドの伝道師である小鷹信光先生も、
「なんか、ちょっとちゃう気もするねんけど……」
と、たいそう困ったような苦笑いをされてましたけど、これこそが「絶妙の悪口」なのだ。
男だが、ハードボイルドにさほど思い入れのない「中立派」の私から言わせても、小鷹先生のおっしゃるように、「男のハーレクインロマンス」というのは、ハードボイルドの本質をあらわしているとはいいがたいとは思う。
けど、なんだろう。言われたほうは、「絶妙に嫌な気分になる」ところがすごい(笑)。
おそらく、この「悪口」のすぐれたところは、「本質をついていない」ところなのだ。
だからこそ、「論理的な反論」や「毅然とした怒り」を受けつけないところがある。
「巧妙に設置されたズレ」により、ロジックを無効化させる上に、「マジなんなや」と失笑されそうでもあるのがおそろしい。
それでいて、「ハーレクインロマンス」という硬派な男性がもっとも軽く見るであろうジャンルを出して、
「アンタも、これと似たようなもんや」
と鼻で笑う。
イヤな気分にはなるけど、マジメに反論するのはバカバカしいうえに、それなりに手間がかかってめんどくさく、怒るとそれはそれで笑われそう。だから、ゴニョゴニョ言いながら受け入れるか聞き流すしかない。
その「なぐって、なぐりっぱなし」なところが、このフレーズの破壊力なのだ。あー、なんて意地悪。
斎藤さんの「悪口」は、あたかも映画『スターリングラード』に出てきたヴァシリ・グリゴーリエヴィチ・ザイツェフのごとき一撃必殺のスナイプなのだ。
ターゲットの急所を一撃で射抜き、そのあまりのあざやかさのため、反撃する機会も気力も奪ってしまう言葉のチョイスのうまさ。
もう読みながら、「ひやあ! 美奈子、かっこええけどコワー!」と感嘆しながら縮み上がることしきり。
なんて書いていると、斎藤さんを知らない人には、なんだか彼女がただの性格が悪いだけのの女とか、「悪口芸人」みたいに取られてしまうかもしれないが、そんなことはない。
斎藤美奈子の魅力は、ただ厳しいだけでなく、それを通じて読み手に、
「自己を見つめなおす相対化」
をうながす知性にあふれているのだ。
(続く→こちら)