前回(→こちら)の続き。
ATPツアーファイナルズ2014準決勝、ノバク・ジョコビッチ対錦織圭戦はファイナルセットに突入した。
ファーストセットのノバクの出来を考えれば夢のような展開だ。
まさかの追撃に私は目が回りそうだった。おいおいマジか。こんなことになっていのかしらん。
この流れだと、勝っちゃうぞ。大逆転だ。ノバクは明らかにおかしくなっている。このままいけば、このまま……。
結果から見れば、この第1ゲームがすべてであった。押せ押せだったはずの錦織圭だが、2度あったチャンスを自らのミスで逃してしまうと、あとは一気だった。
スコアからすれば0ー1。まだはじまったばかりだ。だが、試合はここで終わっていたのだ。
最初の大チャンスを取りきれなかった錦織は、その動揺を整理できないまま試合を進めてしまい、崩れていった。
まさに自滅以外の何物でもなかった。その証拠にジョコビッチは試合が終わるまで、いやさもっといえばセカンドセット以降はずっと、かろうじてエースを数本決めた以外はなにもしなかった。
これは誇張でもなく、また負けた腹いせに相手をおとしめているわけでもない。
本当にジョコビッチは中盤から後半にかけて、ただただ走って、ラケットに球を当てていただけなのだ。それ以上の創造的なプレーはまったくといっていいほどなかった。
すべては錦織圭の一人相撲であった。ファイナルセットの間、錦織はただひたすらに、落胆から言うことを聞かなくなった心身を制御しようと自らにムチを打っていた。
その孤独な奮闘ぶりは見ていて痛々しいほど伝わってきたが、一度コントロールを失ったものは、もはや元には戻ることはない。
ファイナルセットはまさかの0-6。マッチポイントで犯したダブルフォルトが、そのすべてを物語っていた。
勝てた試合だった。どんな素人が見たところで、第1ゲームがすべてであったことは明白だ。もしあそこをブレークできていたら、きっと0-6というスコアはそのまま反転して錦織が圧勝していただろう。
それが証拠に、勝った後のジョコビッチによろこびの咆哮もガッツポーズもなかった。勝者のお約束の、テレビカメラのレンズへのサインにも、威勢のいいメッセージの代わりに、小さくぬりつぶした丸を描いただけだった。
よほど釈然としなかったのだろう。このひとつを取っても、ジョコビッチが勝った気になっていないのがよくわかる。
こうして錦織圭の2014年は終了した。最後の最後に自ら崩れたのは意外だったが、それに関しては今はこれ以上は言うまい。
最初にも書いたが、彼がこの舞台に立っているだけでも、充分すぎるほどに快挙なのだ。だから、あれこれ言う前に、とりあえずは今年の快進撃を祝いたい。
錦織君、トップ10入り、USオープン準優勝、そしてツアーファイナル準決勝進出おめでとう。
すごい、よくやった、たいしたもんだ。もはや言葉もない。彼がこれまでやってきたことは、私ごときがここで「すごい」を1万回も連発したことろで、ほんのかすかでもその本当のところは伝えられないだろう。
この試合はたしかに惜しかった。勝てた試合だった。なまじいいテニスを披露しただけに、よけいにくやしい思いもつのる。
だが考えてみれば、松岡さんもおっしゃっていたが、世界のトップ8が集まる最終戦で、相手が絶好調のジョコビッチで、それで「負けて悔しい」と言える我々はなんと幸せなことだろう。
彼のテニスなら、あせらずとも来年以降、またでかいことをやってくれるに違いない。
お楽しみはこれからだ。古い映画のセリフで和田誠さんの本のタイトルでもあるこのフレーズが、これほど似合う選手はなかなかいないではないか。
だから今は、とにかくお疲れさま。
そしてありがとう。
思いつく言葉は、ただただそれだけです。
ATPツアーファイナルズ2014準決勝、ノバク・ジョコビッチ対錦織圭戦はファイナルセットに突入した。
ファーストセットのノバクの出来を考えれば夢のような展開だ。
まさかの追撃に私は目が回りそうだった。おいおいマジか。こんなことになっていのかしらん。
この流れだと、勝っちゃうぞ。大逆転だ。ノバクは明らかにおかしくなっている。このままいけば、このまま……。
結果から見れば、この第1ゲームがすべてであった。押せ押せだったはずの錦織圭だが、2度あったチャンスを自らのミスで逃してしまうと、あとは一気だった。
スコアからすれば0ー1。まだはじまったばかりだ。だが、試合はここで終わっていたのだ。
最初の大チャンスを取りきれなかった錦織は、その動揺を整理できないまま試合を進めてしまい、崩れていった。
まさに自滅以外の何物でもなかった。その証拠にジョコビッチは試合が終わるまで、いやさもっといえばセカンドセット以降はずっと、かろうじてエースを数本決めた以外はなにもしなかった。
これは誇張でもなく、また負けた腹いせに相手をおとしめているわけでもない。
本当にジョコビッチは中盤から後半にかけて、ただただ走って、ラケットに球を当てていただけなのだ。それ以上の創造的なプレーはまったくといっていいほどなかった。
すべては錦織圭の一人相撲であった。ファイナルセットの間、錦織はただひたすらに、落胆から言うことを聞かなくなった心身を制御しようと自らにムチを打っていた。
その孤独な奮闘ぶりは見ていて痛々しいほど伝わってきたが、一度コントロールを失ったものは、もはや元には戻ることはない。
ファイナルセットはまさかの0-6。マッチポイントで犯したダブルフォルトが、そのすべてを物語っていた。
勝てた試合だった。どんな素人が見たところで、第1ゲームがすべてであったことは明白だ。もしあそこをブレークできていたら、きっと0-6というスコアはそのまま反転して錦織が圧勝していただろう。
それが証拠に、勝った後のジョコビッチによろこびの咆哮もガッツポーズもなかった。勝者のお約束の、テレビカメラのレンズへのサインにも、威勢のいいメッセージの代わりに、小さくぬりつぶした丸を描いただけだった。
よほど釈然としなかったのだろう。このひとつを取っても、ジョコビッチが勝った気になっていないのがよくわかる。
こうして錦織圭の2014年は終了した。最後の最後に自ら崩れたのは意外だったが、それに関しては今はこれ以上は言うまい。
最初にも書いたが、彼がこの舞台に立っているだけでも、充分すぎるほどに快挙なのだ。だから、あれこれ言う前に、とりあえずは今年の快進撃を祝いたい。
錦織君、トップ10入り、USオープン準優勝、そしてツアーファイナル準決勝進出おめでとう。
すごい、よくやった、たいしたもんだ。もはや言葉もない。彼がこれまでやってきたことは、私ごときがここで「すごい」を1万回も連発したことろで、ほんのかすかでもその本当のところは伝えられないだろう。
この試合はたしかに惜しかった。勝てた試合だった。なまじいいテニスを披露しただけに、よけいにくやしい思いもつのる。
だが考えてみれば、松岡さんもおっしゃっていたが、世界のトップ8が集まる最終戦で、相手が絶好調のジョコビッチで、それで「負けて悔しい」と言える我々はなんと幸せなことだろう。
彼のテニスなら、あせらずとも来年以降、またでかいことをやってくれるに違いない。
お楽しみはこれからだ。古い映画のセリフで和田誠さんの本のタイトルでもあるこのフレーズが、これほど似合う選手はなかなかいないではないか。
だから今は、とにかくお疲れさま。
そしてありがとう。
思いつく言葉は、ただただそれだけです。