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相模太夫の旅録=Tabi Log

☆ 旅は一枚の写真から始まる!!

☆ 旅先での四季彩々一期一会の被写体を瞬撮!!

座間「かにが沢公園」の梅花へズームイン!!

2020-01-21 22:09:39 | 公園・庭園
座間市緑ヶ丘に四季の花で彩られ市民の憩いの場、座間八景の一つ「かにが沢公園」はある。園内には冬は「梅の花」、春は桜「ソメイヨシノ」と「神代曙」、秋には「天上の花」と言われる「曼珠沙華」の花が園を美しく彩る。花の少ないがこの時季、梅は百花に先駆けて咲く代表的な花である。子供広場に「紅梅」、「白梅」、「しだれ梅」が十数本植栽されている。一週間前はやっと数輪開花し待ちに待った相模太夫の開花宣言。開花から数日待ちきれず再び訪問すると大分開花が増えていた。思い切りズームインしてみた。明後日から5日間ほど気温も下がり曇りから雨となる予報である。ここを過ぎるとま暖かくなるという所謂「三寒四温」を繰り返し春を迎え主役も開花速度を上げてくれるだろう。(2001)
 
 
 

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多古村の鎮守「多古白山神社」

2020-01-21 21:48:43 | 神社
小田原市多古に古くより多古村の鎮守(氏神)として崇敬されている「多古白山神社」は鎮座する。新編相模国風土記稿によると「白山社は村の鎮守なり。本地仏正観音を安んず。例祭九月十五日。村持。下同。 末社に山神稲荷合社」とある。明治6年に白山神社と改称し村社に列格さ、明治42年に神明社と日枝社を合祀し、大正4年神饌幣帛料供進社指定。時代経緯は明治22年に多古村、井細田村、今井村が合併し二川村が発足、明治41年に二川村、蘆子村、久野村、富水村と合併して足柄村が発足、昭和15年2月町制施行、同年小田原町他と合併し小田原市の一部となる。 祭神は伊弉冉尊。五百羅漢の玉宝寺の裏手の多古公民館のそばに境内は258坪の社域に「石鳥居」が構えられている。鳥居を抜けた正面に本殿流れ造りの「社殿」がある。境内社として山王大権現と記した扁額をかけた石鳥居を備へた石祠があった。当社には江戸時代の中頃と推定される「囃子」が保存されている。祭ばやしの一種で江戸葛西ばやしから発生した関東祭ばやしに属する。これが小田原に伝わりアレンジして多古(扇町)の囃子としたようである。(2001)
 
 
 
 
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飯泉村の鎮守神「八幡神社」

2020-01-21 14:01:36 | 神社
小田原市飯泉に「飯泉山勝福寺」の境内左一角に飯泉村の鎮守とされる「八幡神社」は鎮座する。神仏混交時代の面をそのまま伝えている。祭神は誉田別命。753年創建の「勝福寺」は平安時代にここ飯泉に移転しておりその頃の創建かと推定される。飯泉は古来より鎌倉街道、大山街道、足柄山道、箱根山道等々が交錯し、酒匂川の渡し場と共に交通の要衝となっていた。同時に洪水や地震加えて噴火に悩まされた住民は飯泉村に鎮守神を奉斎すべく、時の宗我播磨介広之(宗我都比古神社々主) に請願し、鎌倉八幡宮のご分霊を奉遷したのが興りとされる。 その後、近郊の末社を郷社として天下泰平・五穀豊穣・安産・永世平和の守護神として崇められて今日に至っている。 境内末社として稲荷社、天神社、神明社が祀られている。(2001)
 
 
 
 
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