今日の茨城新聞は、【東海村長選を前に(中)問われる命守る責任】として、「原発再稼働の行方」の記事を書いています。紹介します。
原発再稼働の行方
東海村長選を前に(中)
問われる命守る責任
続くトラブル、拭えぬ不信
「再稼働阻止のために力合せ、必ず廃炉に追い込む」

東海第2原発の再稼働反対を訴えるデモ行進=23日、東海村舟石川駅東
東海村で23日に開かれた、日本原子力発電(原電)東海第2原発の反対する集会。決議文が読み上げられると、村内外から参加した約600人が拍手をして採択した。
集会賛同者の一人で、同村の願船寺住職、藤井学昭さん(65)は、1999年のジェイ・シー・オー(JCO)臨海事故や2011年の東日本大震災大震災による東京電力福島第1原発事故にふれて、「原発は人の命や健康を奪う。共存はできない」と力を込めた。
福島県出身で同村内に住む女性(73)も「福島事故で苦しんだ人と同じ思いをする人を見たくない」と話し、悲劇を繰り返さないよう訴えた。
福島事故後、原発に不審感を抱く村民は多い。
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震災後、運転中止が続く東海第2では、トラブルが相次いでいる。
同村の泉幸男さんは(83)は「これだけ多くの問題が起きている中で再稼働の議論自体あり得ない」と批判する。泉さんは原子力関連の有志でつくる「科学者・技術者の会」の一員で、これらのトラブルや広域避難計画の問題点を調査している。
国は2月、「エネルギー計画」を改定。福島事故があった「可能な限り原発依存度を低減する」の表記は消え、原発を最大限活用する方針に転換した。今後、国内では原則40年の運転期間を迎える原発が増える。
同村の主婦、岡本孝枝さん(55)は「原子力発電ではなく、廃炉の技術開発や研究に力を入れるべき」と、原発から新たな産業への転換を訴える。
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「私は理解できない」
13年まで4期16年村長を務めた村上達也さん(82)は、現職の山田修村長(64)が東海第2の再稼働を容認したことに憤る。
村上さんは震災後、臨界事故や福島事故の教訓から、原発立地自治体の首長として異例の「脱原発」を表明した。
13年に村長を退任してから12年。村上さんの脱原発の思いを貫く姿勢は変わらない。
日本は地震列島であるにもかかわらず、福島事故後反省がなく、目先の利益を優先して原発再稼働を進めていると国を批判する。
震災時、県内も各所で道路や橋の損壊などで大渋滞が起きるなど、実効性がある広域避難計画はできないとする。
村のトップを務めたからこそ村上さんは問う。
「事故が起きたとき、村民の命、財産を守る責任を果たせるのか」
注)
キクチは、真壁町の伝承館で、村上達也氏の講演を聞いたことがあります。特に、1999年のJCO事故の話が印象に残っています。この時は、犠牲者も出ましたが、国や原電の関係者の「いい加減さ」を生で教えていただき、本当に無責任であることを痛感しました。山田修村長は、村上村長の意志を引き継いだ形であったので、本当に悔しい思いをしていると思います。
「私は理解できない」という言葉が、重く聞こえます。