飛び出せ! 北の宇宙基地

北の地である北海道で、人工衛星の開発などを行っている 北海道工業大学 佐鳥研究室の活動日記です。

北海道衛星プロジェクトとハイパースペクトルリモートセンシングの展望

2008-09-11 06:00:30 | ハイパースペクトルカメラ

タイトル: 北海道衛星プロジェクトとハイパースペクトルリモートセンシングの展望
作成日 : 2005年
文責  : 佐鳥新(北海道工業大学)


1.北海道衛星プロジェクトの使命

2003年4月から北海道衛星プロジェクトを立ち上げた。このプロジェクトの使命は、従来の宇宙産業と違う新しい宇宙産業を興すことにある。従来のハードウェアを重視した衛星開発から、衛星データを国民の生活レベルでいかに使うかという利用面、つまりソフトウェア重視の価値観へのシフトが必要である。更にそのソフトは従来のような研究者向けのものでは不十分で、ビジネスとしての採算性まで考え抜いたものになって初めて実社会に受け入れられるのである。
 次に、宇宙産業を立ち上げるに当り考慮しなければならないのは、地域性である。宇宙開発は全地球規模の技術だから地域性は無関係と思われるかもしれないが、しかし、民間レベルで製造技術や利用技術が実社会に広く浸透していくためには地場産業への細かな配慮は不可欠なものとなる。
北海道衛星プロジェクトでは、単に人工衛星の製造だけではなく、そこから派生する要素技術の民生化(スピンオフ)を積極的に奨励して新しい製品開発と新しいビジネスの創出を考えている。今回紹介する「ハイパースペクトルカメラ」はその一例といえる。図1は宇宙産業創出普及のための体制を示している。NPOによる啓蒙、大学発ベンチャーによるモノづくり、企業集団によるビジネス化の3者の連携で推進する。




図1 宇宙産業創出の体制図


2.北海道衛星「大樹」の仕様

北海道を拠点として事業を立ち上げるに当り、やはり農業や酪農への利用面から始める必要がある。北海道では既に15年以上前から衛星画像を農業に応用する研究が行われており、殊に米と麦については実用化されている。
その為、北海道衛星の1号機は重量50kgの農業リモートセンシング衛星(林業でも可)とした。この衛星には可視から近赤外域のハイパースペクトルセンサーを搭載する。また1号機は新聞等による一般公募により『大樹(たいき)』と命名された。

表1 北海道衛星の仕様





図2 北海道衛星の概念図


3.農業衛星ビジネスモデル

過去に北海道内で衛星の画像を使うことによりコメの売り上げが増えるのかどうかの実験を行ったことがある。図3にタンパク含有量マップの一例を示す。




図3 タンパクマップ


関係者によれば、ha当たり8,500円、衛星画像を購入費325円/haを差し引いても十分な採算性がある。一町村あたりでは4~5千万円の収益増になるという。また、新潟県の越路町では吟醸酒用の米のタンパク含有量をコントロールするために衛星画像を利用しているが、ここでは魚沼産のコシヒカリの約2倍の価格で売れると聞いている。私たちは衛星画像を積極的に使うことにより、農作物のブランド化まで視野に入れたいと考えている。
図4に北海道衛星の農業衛星ビジネスモデルを示す。全体のスキームの中で、衛星を製造しカメラで画像を撮るところまでがモノづくりの部分である。次のそのメタ画像を民間企業が画像処理して配信し、農協や農業試験場が中心となって各農家に技術指導を行う。そして、収穫された農産物を契約した商社を通してブランド化して全国に広く浸透させる。あるいは、大手スーパーなどに衛星ブランドのような形で売り込んでいく。ここまで進めることによって農家にとっての魅力がでるので、衛星画像の利用も増えることになる。産学官の推進協議会を作り、このフロー全体の問題点の洗い出しを行い、衛星及びセンサーの開発にフィードバックをかける。このサイクルを回すことで産業化を押し進めていきたい。




図4 農業衛星ビジネスモデル


4.ハイパースペクトルカメラの開発

ハイパースペクトルカメラ(HSC)とは、撮影する画像ピクセルにその位置での光学スペクトル情報を含む画像データを取得するカメラである。形状認識と同時に物性に関わる情報を同時に取得できることが特徴であり、例えば農作物であれば作柄評価に役立つ。HSCの原理を図5に、構成を図6に示す。




図5 ハイパースペクトルカメラの原理




図6 ハイパースペクトルカメラのシステム構成

図7~図9は開発段階で製作したHSC1.51を用いた航空機による撮影実験(予備実験)の結果である。ジャイロと撮像ライン信号との同期をとることによりメタ画像の幾何補正を試みた。




図7 ハイパースペクトルカメラの航空機実験




図8 航空機実験で取得した画像の幾何補正(予備実験)




図9 航空機による画像撮影予備実験

北海道衛星の目的が宇宙産業創出であることから、現段階で開発したHSC1.0の設計をベースに、大学や企業の研究室で手軽に使用できるモデルとしてハイパースペクトルカメラ『COSMOS EYE』を製品化した。COSMOS EYEを図10に、仕様を表2に示す。




図10 ハイパースペクトルカメラ 『COSMOS EYE』

表2 Cosmos Eye の仕様




5.ハイパースペクトルカメラの応用分野

ハイパースペクトルセンサー(HSS)又はハイパースペクトルカメラ(HSC)を光学センサーとしてみた場合、従来のCCDやC-MOSカメラに比べてユニークな画像センサーとなる。HSCではスペクトルのパターン変化から状態を推定できることから、質的変化を捉えることができる。多少のノイズがあったとしても、空間方向とスペクトル方向からの補完処理により精度を上げることができるのも特徴といえる。このように、HSCは外乱ノイズに強く、ソフトを工夫することにより多品種の計測と精度の向上が可能となる点で、新しい光学画像センサーとしての魅力がある点も見逃せない。
 図11と図12は同じ色彩をもつ野菜と果実を画像処理により分類した時の分類精度を比較した例である。マルチスペクトルよりもハイパースペクトルの方が明らかに精度が高いことがわかる。




図11 画像分類に用いた供試体




図12 画像分類の評価結果

HSCを用いれば生鮮食品の鮮度評価に応用することができる。図13は食品の反射スペクトルを測定した一例である。680nm付近の急峻な吸収スペクトルはクロロフィルによる強い光吸収で、レッドエッジと呼ばれる。700nm以上の帯域での反射は植物に特有の反射スペクトルで、体内に熱を取り込まないような働きをする性質を表している。果物の場合には可視域に蛍光と思われる反射スペクトルが見られるが、このスペクトル形状は鮮度に依存して変化する。
鮮度評価については、図14と図15にキュウリの事例を、図16にはプラムの評価例をそれそれ紹介する。顕微鏡で植物の細胞をHSCで観察すると、やはり葉緑素の存在する部分で強い吸収が見られる。このことは、バイオ分野の計測技術としてHSCが役立つ可能性が高いことを示唆している。実用化にはスペクトルデータのライブラリー化が必要である。

今回紹介した事例以外で私のところに問い合わせのあったハイパースペクトル技術へのニーズを表3にまとめることで、本論考のまとめとしたい。




図13 食品の反射スペクトル




図14 食品の鮮度評価:キュウリへの応用例(1)




図15 食品の鮮度評価:キュウリへの応用例(2)




図16 食品の鮮度評価:プラムへの応用例




図17 バイオ応用分野:植物細胞中の葉緑素分布

表3 ハイパースペクトルカメラのニーズ調査




参考文献

1.北海道衛星HP  http://www.hokkaido-sat.jp/ 
2.佐鳥研究室ブログ http://blog.goo.ne.jp/satori-lab/ 






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