一般に人工衛星の軌道は残留大気や地球が完全な球形ではないことが原因で起こる重力の摂動効果の影響等により、徐々に軌道がずれてくる。軌道のずれ補正するためにはスラスターと呼ばれる宇宙用エンジンが必要となる。宇宙では燃料の補給ができないため、打ち上げ時に搭載した限られた燃料を少しずつ消費せざるを得ず、燃料が尽きたときが衛星としての寿命となる。そのため宇宙用エンジンには燃費の良いものが要求される。一般的に、化学反応(燃焼)を利用するタイプのエンジンよりも、イオンやプラズマを加速・膨張させるタイプのエンジンの方が燃費の面で優れていることが知られている。このタイプのエンジンは電気推進と呼ばれている。北海道衛星には私が1999年~2004年に北海道で開発した「マイクロ波エンジン」というイオンを加速膨張させるタイプの電気推進器の搭載を検討している。
マイクロ波エンジンはイオンを放出するエンジンヘッドと電子を放出する中和器から構成させる。イオン放出に伴い周囲の機器が負に帯電してしまうことから、通常イオンを大量に加速させる際には、電子も同時に放出し、電気的に中和させながら作動させる。イオンを加速させて推力を得るタイプの電気推進にはイオンエンジンがある。イオンエンジンの場合にはグリッドと呼ばれる複数の穴の開いた2枚の電極間に1千ボルト程度の電圧をかけてイオンを加速している。下流側の電極が軌道から逸れたイオンの衝突で消耗することが寿命要因となることが知られている。それに対し、マイクロ波エンジンの場合には、下流には電極を設けず、中和器から放出される電子雲を仮想的な電極として利用することにより、電極損耗の問題を根本的に解消しているのが特徴といえる。更にイオン生成にマイクロ波放電を用いることで極めて少ない電力(30W以下)で作動させることが可能となり、北海道衛星のような重量50kgの超小型衛星にも搭載することができる。図3-1にマイクロ波エンジンのイメージ図を、図3-2にはエンジンヘッドの写真を示す。
図3-1 マイクロ波エンジンのイメージ図
図3-2 マイクロ波エンジンのプロトタイプのエンジンヘッド
図3-3は作動時のマイクロ波エンジンの写真である。紫色に発光したガス体は燃料のキセノンのイオンで、右側のエンジンヘッドから左側に向かって秒速14kmで放出されている。写真右上の点状に見える発光体が中和器で、ここから電子が放出されてイオンを電気的に中和している。表3-1にマイクロ波エンジンの性能を示す。
図3-3 作動時のマイクロ波エンジン
表3-1 マイクロ波エンジンの性能