A PIECE OF FUTURE

美術・展覧会紹介、雑感などなど。未来のカケラを忘れないために書き記します。

Recording Words 083 どこか遠く

2011-06-28 23:02:16 | ことば
「ああ、そうでした。そうそう、あれです。あれね、先生はいったいどこへ行こうって決めたんです? 前からそいつが気になってたんです」
「いや、どこっていうわけでもなく」
 それは本当にそうなのだった。私には望むべきコペンハーゲンだのイルクーツクだのという場所が思いつかない。
「まぁ、どこか遠く……ここじゃない、どこか遠くですよ」
「うん」
 急に帽子屋さんは子供のような返事をして、それから何度も何度もひとりで頷いた挙句、
「遠く。いいねぇ」
 しみじみとして、そうつぶやいた。
「どこか遠く。それでいいんです。決めない方が。終わりのない方がね」
 そうして帽子屋さんは、ずずっと音をたててお茶をすすった。

(吉田篤弘『つむじ風食堂の夜 (ちくま文庫)』筑摩書房、2005年、p.130)

どこか遠く。終わりのない遠くへ。行き先は決めてない。決めないことにしている。




最新の画像もっと見る

post a comment