A PIECE OF FUTURE

美術・展覧会紹介、雑感などなど。未来のカケラを忘れないために書き記します。

memorandum 233 賀茂川の葵橋の上で

2016-01-13 23:36:34 | ことば
低い山竝のつらなりをつつむ
淡い空気の色が、遠くから
やわらいできている。
二月、雨水の頃、
京都賀茂川の葵橋を渡っていて、
思わず、立ちどまった。
空の青さはまだない。
風もまだおそろしく冷たい。
足元から冷えがすーっと上ってくる。
けれども、橋の上から見る
北山の、山ぎわの、色感の懐かしさ。
萌黄色が微かに染みだしている
あわい季節の、灰青色の景色の慕わしさ。
浅く穏やかに流れてゆく
賀茂川の、さやさや、さやさや、
途絶えることなくつづいている水の音。
オナガガモが、群れなして、音もなく
飛び立ってはまた、静かに舞い降りてきた。
わたしは希望について考えていた。
そして、醍醐寺からの帰りに、タクシーの
運転手が言ったことばのことを考えた。
梅の開花が遅れとるようやけど、
言うても、梅のことやさかい、
時季がくると、それなりに、
そこそこは、咲きよるけどな。……
希望というのはそういうものだと思う。
めぐりくる季節は何をも裏切らない。
何をも裏切らないのが、希望の本質だ。
めぐりゆく季節が、わたし(たち)の希望だ。
死を忘れるな。時は過ぎゆく。季節はめぐる。
今夜は、団栗橋角の蛸長に、花菜(菜の花)のおでんを食べにゆく。


長田弘「奇跡―ミラクル―」『長田弘全詩集』みすず書房、2015年、621頁。


そこそこに咲きたい。いまはおでんを食べて時季をまとう。


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