ニコニコしている彼は、亀戸に住んでいるといい、謎の男だった。
当方の好奇心を推量すると、言った。
「銀座に働いていたことがあるので、次の日曜、案内しましょう」
男が二人、銀座の街を歩いた。
最初にビルの2階に昇ると、広い喫茶店があった。
一面の明るい窓から銀座通りの喧噪が漏れるそこは、左右がすべて畳敷で、
祇園の舞子さんほどではないが、振りそで和服姿のウエイトレスが、何人も立ち働いている。
珈琲を頼んで、振袖の人が運んできた。それだけであるが、十分驚いた。
次に、天賞堂という人混みの店に連れていかれた。
鉄道模型のメッカと言われているここに、一度は踏み入る巡礼者が多い。
早や足の彼に追いついて某デパートの催場に着くと、映画的な迷路のセットが組まれ、
洋の東西のトリック・アートがところ狭しと並んでいた。
エッシャーの騙し絵も、壁に何枚も繋がって、大きな画面はまさに迫力だ。
これを見せたかったのか。
このとき、夕食に何を食べたか思い出せない。
それから或る休日、当方の辺鄙な隠れ家に、彼は関東平野を横断して遊びに来た。
ソフアに寛いで、銀座にまつわる話を聞いたのかもしれない。
買い置きの食料でランチをしたそのときの、ナイフとフォークと皿が東欧で手に入れた、笑えるアイテムである。
後日、仕事場で、目立たない紙に包んだモノを彼は渡してよこした。
包みの中から『伊勢丹』と書かれた調理済みの細長い缶詰があらわれて、湯気の立ち昇る豪華な料理のラベルが貼ってある。
満を持してそれを、れいの東欧の皿に盛って、ナイフとフォークを握ってみると、缶詰とはいえない初めての味である。
隣りの部屋に鳴るタンノイを聴きながら、その同じテーブルで今度は銀座の騙し絵の続き料理を提供されているような、おかしさを感じたが、一時の職場を去った彼から、年賀状をいただいたので、返事を出すと戻ってきたのはなぜか。
騙し絵の彼は、ひょうひょうと元気に過ごしておられるはずである。
当方の好奇心を推量すると、言った。
「銀座に働いていたことがあるので、次の日曜、案内しましょう」
男が二人、銀座の街を歩いた。
最初にビルの2階に昇ると、広い喫茶店があった。
一面の明るい窓から銀座通りの喧噪が漏れるそこは、左右がすべて畳敷で、
祇園の舞子さんほどではないが、振りそで和服姿のウエイトレスが、何人も立ち働いている。
珈琲を頼んで、振袖の人が運んできた。それだけであるが、十分驚いた。
次に、天賞堂という人混みの店に連れていかれた。
鉄道模型のメッカと言われているここに、一度は踏み入る巡礼者が多い。
早や足の彼に追いついて某デパートの催場に着くと、映画的な迷路のセットが組まれ、
洋の東西のトリック・アートがところ狭しと並んでいた。
エッシャーの騙し絵も、壁に何枚も繋がって、大きな画面はまさに迫力だ。
これを見せたかったのか。
このとき、夕食に何を食べたか思い出せない。
それから或る休日、当方の辺鄙な隠れ家に、彼は関東平野を横断して遊びに来た。
ソフアに寛いで、銀座にまつわる話を聞いたのかもしれない。
買い置きの食料でランチをしたそのときの、ナイフとフォークと皿が東欧で手に入れた、笑えるアイテムである。
後日、仕事場で、目立たない紙に包んだモノを彼は渡してよこした。
包みの中から『伊勢丹』と書かれた調理済みの細長い缶詰があらわれて、湯気の立ち昇る豪華な料理のラベルが貼ってある。
満を持してそれを、れいの東欧の皿に盛って、ナイフとフォークを握ってみると、缶詰とはいえない初めての味である。
隣りの部屋に鳴るタンノイを聴きながら、その同じテーブルで今度は銀座の騙し絵の続き料理を提供されているような、おかしさを感じたが、一時の職場を去った彼から、年賀状をいただいたので、返事を出すと戻ってきたのはなぜか。
騙し絵の彼は、ひょうひょうと元気に過ごしておられるはずである。