ロイス ジャズ タンノイ

タンノイによるホイジンガ的ジャズの考察でございます。

エッシャー

2008年01月06日 | 諸子百家
ニコニコしている彼は、亀戸に住んでいるといい、謎の男だった。
当方の好奇心を推量すると、言った。
「銀座に働いていたことがあるので、次の日曜、案内しましょう」
男が二人、銀座の街を歩いた。
最初にビルの2階に昇ると、広い喫茶店があった。
一面の明るい窓から銀座通りの喧噪が漏れるそこは、左右がすべて畳敷で、
祇園の舞子さんほどではないが、振りそで和服姿のウエイトレスが、何人も立ち働いている。
珈琲を頼んで、振袖の人が運んできた。それだけであるが、十分驚いた。
次に、天賞堂という人混みの店に連れていかれた。
鉄道模型のメッカと言われているここに、一度は踏み入る巡礼者が多い。
早や足の彼に追いついて某デパートの催場に着くと、映画的な迷路のセットが組まれ、
洋の東西のトリック・アートがところ狭しと並んでいた。
エッシャーの騙し絵も、壁に何枚も繋がって、大きな画面はまさに迫力だ。
これを見せたかったのか。
このとき、夕食に何を食べたか思い出せない。

それから或る休日、当方の辺鄙な隠れ家に、彼は関東平野を横断して遊びに来た。
ソフアに寛いで、銀座にまつわる話を聞いたのかもしれない。
買い置きの食料でランチをしたそのときの、ナイフとフォークと皿が東欧で手に入れた、笑えるアイテムである。
後日、仕事場で、目立たない紙に包んだモノを彼は渡してよこした。
包みの中から『伊勢丹』と書かれた調理済みの細長い缶詰があらわれて、湯気の立ち昇る豪華な料理のラベルが貼ってある。
満を持してそれを、れいの東欧の皿に盛って、ナイフとフォークを握ってみると、缶詰とはいえない初めての味である。
隣りの部屋に鳴るタンノイを聴きながら、その同じテーブルで今度は銀座の騙し絵の続き料理を提供されているような、おかしさを感じたが、一時の職場を去った彼から、年賀状をいただいたので、返事を出すと戻ってきたのはなぜか。
騙し絵の彼は、ひょうひょうと元気に過ごしておられるはずである。










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ジョージ・シアリング

2008年01月05日 | 諸子百家
同じ職場にあっても、都会で働く人の日常は皆目わからない。
契約で短期に働く人は、別の顔を持っている。
出勤するとちょっと雑談に来て、当方のデスクから鉛筆1本
そっと持っていく人がいた。
鉛筆がないと、仕事にならない。
「こんど、発表会があるので、いま追い込みです」
彼がアパートを四か所もかわるはめになったのは、声楽の発声練習が近所に喧しいからだった。
「千葉の奥に1軒屋を借りて、これで大丈夫ですが、家の天上がガサゴソいって、蛇が何匹も住んでいるのです」
! マングースでも飼いなさい。
彼は、平気だ、と笑った。
合唱する雄姿を、とうとう拝見できなかったのが残念だ。
ジョージ・シアリングのサウンドは、バップやラテンのかおりがしてジャズに斜めの光が射している。
英国生まれで盲目の彼がクレアモン・カレッジで披露したオンステージという盤と、思い浮かぶサラ・ヴォーンの「バードランドの子守歌」はシアリングの作曲。




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京都のN氏

2008年01月03日 | 諸子百家
ポーッと社会に出たとき、薄給の身分に「寮」という窮屈ながら有難い設備があった。
案内された続きの奥の部屋に、ジッツオの三脚と焦げ茶色のスプリング・ベッドをソフアがわりに居たのが京都出身のN氏であった。
伯父がお坊さんといって、丸い眼のアゴ髭の剃り跡の青い、何でも良く知っている蘊蓄の人である。
ジャズに詳しい電気科の出身も好都合で、押入れに造りかけのアンプが転り、当方もその完成を心から楽しみにしていたが、予算がブランデーに化けてしまうのか、なかなか音にならなかった。
あるときドアをノックする人が居て、出てみるとそこに見目麗しい二人の女性が立っていた。
「Nさん、いますか?」
これはこれはハハーッようこそ、と当方は気を利かせて二人を招じ入れたので、
N氏は予想外の人の突然の訪問にいささか動転した様子をみせ、転がったブランデーのビンをベッドの下に隠すのがせいいっぱいにみえたが、二人の女性もうれしそうに初々しく、座って部屋を観察しては適当なことを話している。
しばらく離れたところから三人の成り行きを観察した当方は、そこでさらに気を利かせて外出したので、あとのことはわからない。
次の週の粗大ごみの日に、N氏のスプリング・ベッドが跡形も無くなったことに気が付いたが、女性たちの訪問と関係があったとしても、機能とは関係ないか。
そしてまた、あるときN氏のポストに、巻紙に毛筆の手紙が届いた。
内容は伺えないが京都の友人かららしく、今般大学を出るから東京に出て就職する、という文面であるらしい。
或る日、その痩身の毛筆の御仁がひょっこり訪ねてきて、当方はまた気を利かせて外出した。
しばらくして漏れ聞いたのは、ジェト○という貿易振興機関に就職し「毎日、新聞の切り抜きをさせられている」とのことであった。
N氏の造りかけのオーディオ・セットは、当方が知人の紹介で手に入れたアンサンブル・ステレオが鳴り出して出番が無くなった。
毎日がジャズのように愉快な人であったが、あれほどブランデーが好きなら、当方が隠匿するお気に入りのブランデーを舌に転がしたN氏の表情を、見てみたい気がする____。
朝夕の涼しさが花梨の葉を落とした或る日、宮城の古川から『タンノイ・スターリング』を『トライオード』の300Bで鳴らされる御仁が、「こちらが喫茶ですね」と入ってきた。
ウームとロイヤルとスターリングの違いを喜ばれて、オーケストラのパートごとのサウンドが、右に左にエモーショナルを高めつつ移動するありさまを面白がられている。
エバンスや、コルトレーンのフレーズの裏拍を、おもしろく分析されて効果まで評論するお客はめずらしい。
「あなたは、何者ですか?」
趣味で合唱の指揮をする、そのうえギターでバッハのチェロソナタを弾くことの出来る人物が、ロイヤルのまえで、コーヒーを喫していた。
レパードのチャイコフスキーをロイヤルで聴くと、英国アンサンブルが格調だけではないような気がした。





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謹賀新年

2008年01月01日 | 徒然の記
2メートル四方の小さな庭に
野鳥の運んでくるタネで、妙な植物が生える。
木は大きくなると、小さくハサミを入れる。
ときにアマガエルを狙って
ウワバミが何処からともなく出現する。
球根が、モグラに食べられる。
庭も芝居をする。
子供の頃、ごんちゃんという腕のたつ庭師がいて、
家の松の木を眺めてキセル煙草をふかしていた。
あるとき入れ歯を飲んでしまったと噂が聞こえ、
分厚いレンズのメガネの人はどうなったのだろう。


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