ロイス ジャズ タンノイ

タンノイによるホイジンガ的ジャズの考察でございます。

ザベストオブジャズ101人のこの1枚

2006年02月15日 | 徒然の記
或る日突然、「原稿依頼の電話」があった。
聞けば相倉久人、平岡正明、野口久光、油井正一、立松和平、色川武大、ジョージ川口、服部良一、藤岡琢也、菅原正二といった執筆陣に伍して紛れ込ませるというのである。よろしい。このときムムッとアタマに浮かんだのが千葉の大先生だが、
「ホ、ホントかよ!」空いた口を塞ぐことも忘れ、さぞかし驚くことであろう。
それでは、原稿はこんな感じに。
むかし、川向こうの某ジャズ喫茶に、ジャズ好きの御一行を案内したことがある。移転前よりますます良い音になっていると聴こえる蔵造りの音だ。左のスピーカー片チャンネルだけを聴いても充分厚みのある深いジャズが鳴っている。いいね、この音。やはり、スピーカーの右と左を合わせなければ音楽にならないようでは、これを凌ぐことはできまい。感心して席に戻ったそのとき「やってますかー、よかったよかった」とドアの暗がりのほうから若い男がスキーの板をかついで入ってきた。
隣のイスにドカリと掛けると「ここのジャズ喫茶はどうなってんでしょうか」と当方にむかって言う。ほほう、どれどれと聞くと、来る途中ヒッチハイクに手間取ったので、電話で営業時間をたずねたらいきなりガチャリと切られちゃったそうである。
「マスターは居ますか。どの人ですか」ときくので「ほら、あの黒いシャツの人だよ」と教えてあげた。若者は立ち上がり背伸びして奥の部屋に視線をただよわせていたが「うーん、居る居る。これでよし」と言った。なにがこれで良しかはわからないが、富山県からはるばるヒッチハイクでやって来たのだ。
「リクエストってできるんでしょうか」リュックをもぞもぞさせていたが、中から小箱を取り出した。それは、あのコルトレーンのインパルス・コンプリートである。
「これを聴くと疲れがとれるんです。肉体労働なもんで」いつも肌身はなさず持っていると言った。
「どうかなあ、リクエスト」と、首をかしげたそのとき、ちょうど曲が変わる短い静寂があった。
目の前のJBL2220と375と075からバウン!と一斉に放射された音像が店内を直進して、まともに浴びた若者は「ウワーッ!」といって電気に打たれたようにテーブルに身を突っ伏した。スイフティ!
鳴った曲こそ若者が憬れてはるばる聴きに来たコルトレーンだった。水際立った偶然をまのあたりにし、ピピピと背中に涼しいものが走った。
若者は三曲ほど聴いてから「もう、帰らなければ、終電が」と、きっぱり立ち上がった。富山から来て三曲でお帰りになった「ベイシーの客」である。
この『コルトレーンの神髄』というCDは白眉といわれ、8枚目には驚きの別テイクもある。6番のデイアロードでは何度も中断し修正して3回4回とテイクを重ねていくトレーンのナマの声を聴くことができる。コルトレーンは少年時代に伯父の教会でクラリネットとアルトサクスを憶えたそうだから、残響の強い教会堂の体験と後年のシーツ・オブ・サウンドの因果はあると思う。ROYCEに据えつけたタンノイという英国のバックロードスピーカーは、この教会堂の空間の余韻というものを暗示して、静謐な空間に燃焼するコルトレーンの神髄にひとつのアプローチを演出している。ケルン大聖堂という石造りの巨大なホールに入ったときに驚いたが、こうあってほしいという音楽を夢想すると、ジャズもオーディオも、はてがない。
(ジャズ喫茶ROYCE店主)



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