今月末に予定されている南北朝鮮首脳会談に向けての、日本政府の対応が見えてきません。
国会では相変わらず、森友加計問題、それに伴う、公文書改ざん問題ばかりで、「こういう場合はどうする。」「基本的な日本国家の立ち位置はこうだ。」という基軸が伝わってこないのです。
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日本は歴史を学んでいるのでしょうか?
日本開闢以来、朝鮮問題=国難という図式だったのを忘れてしまっていないでしょうか。
南北朝鮮が、もしも、反日で統合されるようなことがあれば、人口7000万人以上、核兵器を有した100万人以上の軍人を持つ国家が、すぐ隣に出現することになりますが、さあそうなったとき、日本の国防は絶望的になります。
かつて、古代の日本において、九州で後の大和朝廷の元となる勢力ができたのも、その九州ヤマトの国が、近畿に勢力を移したのも、当時大陸で発足した『国家』というものからの脅威を防ぐためであったと、私は個人的に考えています。
奈良盆地に遠征したカムヤマトイワレビコ(神倭伊波礼毘古命。初代神武天皇)は、近畿の奈良盆地を制圧したとありますが、なぜ奈良盆地であったかは、「奈良盆地が鉄壁の要塞だったから」と何度か述べましたけれども、ではどうやって、「鉄壁の要塞奈良」を制圧できたのでしょうか?
盆地は山に囲まれ、大軍の侵入を阻みますし、川も途中では激流になるので、大きな船も入れません。
また、山の抜け道を知る地元の人物なら、ゲリラ的に、また一方的に侵入者を攻撃できます。
そのように、防御に長けた盆地ですが、たったひとつだけ攻略する方法があります。
それは、全方位囲い込みです。
すると盆地は、物流が入らなくなり、特に海に出る道が塞がると、塩の道がなくなるので、盆地の人々は生きていけないのです。
塩というのは、最近では高血圧の原因のように言われますが、水の次に重要なミネラルです。
カリウムは細胞が壊れるたびに血中に出てきますが、ナトリウムは体内で生産できないので、摂取しない限り、身体から減る一方です。
ですので身体は、水とナトリウムによって、細胞の形を維持していますので、塩などのミネラル不足は、長期間の生存を危うくしてしまうのです。
古事記によれば、一度カムヤマトイワレビコ(後の神武天皇)は、奈良盆地制圧に失敗し、その後「我々は日の神の御子だから、日に向かって(東を向いて)戦うのは良くない。廻り込んで日を背にして(西を向いて)戦おう」と、部下の進言を聞き入れて、東側から奈良盆地に踏み入り、神武東征を成したとあります。
これが意味するものは、第1回目の戦いの時には、奈良の東側、つまり「今の三重県側は、奈良勢力側を唯一応援していたが、第2回目にはカムヤマトイワレビコ側についたので、奈良勢力は塩の道が断たれたと判断し、短期間で降参した。」ということを象徴的に語っているのではないでしょうか。
いくら太陽を背に戦うのが兵法にかなうと言っても、太陽は東から南、そして西に移動しますので、「太陽を背に戦って勝利した。」ならば、極めて短時間で決着をつけないといけません。
奈良勢力には、盆地の東側から攻め入るカムヤマトイワレビコ軍を見るだけで「三重県側の国は、カムヤマトイワレビコ側についた。」と判断できたはずです。
では、どうすれば、今の三重県側を攻略できるでしょうか。
こういう視点ならば、伊勢神宮の位置が、とても妙なる場所にあるように思えてなりません。
伊勢神宮のある場所が、三重県を攻略するのに、とても適している地域であるからです。
これまで何度か書きましたが、神代の時代と思われる弥生時代の前の縄文時代は、優れた海洋文明でした。
伊勢神宮のある志摩半島の入り江は、軍港を造るのにとても適した地域だと思っても、何ら不思議ではありません。
つまり、優れた海軍力があれば、大きな戦いなく、三重県側を攻略できるのです。
幕末、薩摩の西郷隆盛や徳川幕府の勝海舟らの尽力により、260年続いた江戸幕府の居城江戸城は無血開城となり、最小限の戦いで明治維新革命は成りました。
これと同じようなことが、神代の時代にもあり、それが神武東征伝説として残って、古事記や日本書紀に記されているのではないでしょうか。
つまり、今でも日本神道の重要な聖地である伊勢神宮は、奈良の大和朝廷発足時における、とても重要な拠点でもあり、伊勢神宮があったからこそ、大和朝廷は平和裏に発足できたのではないでしょうか。
問題は、そこまでして、攻めにくい盆地に攻め入ってまで、奈良盆地に都を構えた歴史を、日本は経験しているという事実です。
それは、「よほどの危機感があった。」と見るべきです。
こういう風に日本の歴史を見るならば、神武東征伝説は、単に伝説やおとぎ話ではなく、「神話」は、重要な教訓を含んだ「逸話」となって、現在起こっている諸問題に対しても、とても重要なヒントを提示してくれるものに見えてきます。
そこから見えてくるのは、日本が神に愛された国であると同時に、今の日本がとても危険な状況で、甘い判断をしたり、判断を誤るようなら、未来の国家や民族の存続は、極めて極めて厳しいものとなりうるということなのです。
日本は真の意味で歴史を教訓とし、そして、真実の国の在り方と誇りを思い出して、世界に善き影響を与える使命があることを自覚するべきだと思います。
本日は幸福の科学の経典『救世の法』(幸福の科学出版)より、聖徳太子以降、日本神道と仏教の融和から始まった、奇跡の宗教立国日本の誇るべき歴史と、今後日本が世界に提示するべき方向性について、大川隆法幸福の科学グループ総裁が述べられた部分をご紹介いたします。
(ばく)
救世の法 あとがき ver
「アンサー」vol.23.~憲法9条の適用除外とは何か?~【幸福実現党】
https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=51
昔、仏教が日本に伝わってきたときには、「仏教を入れよう」と主張する蘇我氏と、「日本古来の神が怒るから駄目だ」と主張する物部氏との間で戦いが起き、多くの血が流れましたが、聖徳太子が仏教を入れました。
通常、外来の宗教を入れると国産の宗教は滅びるものですが、聖徳太子は、日本神道を滅ぼさずに仏教と融和させました。
神道という枠組みのなかに仏教の教義を取り入れて、日本の国の基礎をつくったのです。
日本神道そのものには、形式としての儀式はありますが、教えがなかったので、この“中空状態”の部分を仏教の教義で埋めることによって、日本を先進国にしようとしたわけです。
その意味で、聖徳太子は偉かったと思います。
ユダヤ・キリスト教圏においては、「千年王国」という理想があります。
これは、私が説いている「仏国土・ユートピア」のような世界です。
「メシアが現れて理想の国を築き、その王国が千年間続く」という、「千年王国」の思想があるのです。(中略)
ところが、日本を見てみると、聖徳太子も偉大でしたが、そのあと平安京をつくった桓武天皇も偉大です。
桓武天皇は、奈良の平城京から京都の平安京に都を移しました。平安京は唐の都をまねたと言われていますが、京都盆地に碁盤目状のきれいな街路をつくり、宗教都市を築いたのです。
そこには、神道と仏教、さらに道教の思想まで入っていました。もちろん、神道は、もともと孔孟の儒教思想も内に秘めているので、儒教とも関係があります。
そのような宗教の融和のなかで、新しい宗教国家を目指したのが桓武天皇であったと思います。
その平安京、すなわち京の都は、「鳴くよ(七九四)ウグイス平安京」という、年号の覚え方で有名な七九四年から、明治維新で東京に首都が移るまで、一千百年ほど続いています。
したがって、「千年王国」の理想は、実は日本では現実に成立したことなのです。宗教都市がつくられて、その都が千年以上栄えたわけです。
その都には、「宗教的寛容性のなかで、多様な思想を受け入れつつも、信仰心をきちんと立てて政を行う」という姿勢がありました。(中略)
京都という、日本の宗教都市で起きたことを、次は国際レベルで考えてみる必要があると思います。(中略)
私は、幸福の科学を私一代で終わるような宗教にはしたくありません。
そして、「幸福の科学の教えは、二千年、三千年と続いていってほしい」と思いますが、その前段階として、まずは千年王国を目指します。
すなわち、千年は繁栄が続くような宗教の基盤をつくり、立派な宗教国家を建設したいと思っています。
宗教立国をなし、日本をほかの国の模範としたいのです。
「日本を見習いなさい。日本のようにすれば、宗教戦争も終わるのだ」ということを示したいと考えています。
諸宗教のよいところを取り入れ、諸宗教が仲良く融和する、「宗教を尊重する国家」をつくりたいのです。
『救世の法』(幸福の科学出版)P141~146
映画「さらば青春、されど青春。」予告編
長崎大事です。
手が回らなくて申し訳ありません。
対馬、壱岐、そして五島列島、ここ、重要です。
現に、幕末に、ロシアが対馬を占拠したことがありますし、元寇でも、まず対馬がやられました。
対馬、壱岐、五島列島の方は、消費税免除するとか、国家管理にして、住民税不要とか、特別な配慮が必要だと思うのですが。
長崎県に応援してくれないか?
江夏正敏さんも頑張ってるし
対馬や壱岐、、其処を取られたら
日本が・・滅ぶ感じ受けます
佐世保基地で何とか食い止めている
情況なので・・・
日本の空母伊勢がいち早く・・
宇宙戦艦ヤマトに成って貰いたいデス
中国、北朝鮮、韓国・・ゆうぶつ論国家
が、復讐して居る体制の中、、、
なんと日本政府は、、なんの手も打たなくて
マスコミの言う事ばかり鵜呑みにする
かつての日本政府は
重大的なときに、正しい判断をしてきたからこそ
今、又東京オリンピック開会宣言
も出来る・・・
しかし・・・
足りない、、西郷どんも志半ばで死んだ
このあと、、ドンクくらいのエナジー
あるのか・・・
俺は。。日本人だ!って人が
出てこい!と・・