ゆーぱの部屋 〜幸福の科学の教えから〜
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



じっくりと勉強するのもいいんだけど、目前の試験があるんだし、超高速で学習できる方法って、ないのかね? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『大学生からの超高速回転学習法』――人生にイノベーションを起こす新戦略(幸福の科学出版)のまえがきで、以下のように説いておられます。

 オーソドックスな正統派秀才の勉強法を伝授しようとして、この本を企画したのだが、仕上がってみると、かなり変則的で異色の勉強法になってしまった。真面目な大学生諸君や若手エリートたちよ、許したまえ。私は、「仕事ができなくなる勉強法」や「貧乏から脱出できない勉強法」を説くことができないのだ。そういう勉強法は、何十年も大学で教えていて著書が一冊で終わりになって、人生に満足している先生にたずねるとよい。
 私は、本の年間発行点数で、世界ギネス記録保持者だが、先月も一カ月で三十八冊刊行したとかで、これがミステリーやSFでなく、学術的な本なので、型破りも度が過ぎているだろう。自衛隊の情報関連将校の話によると、五百人ぐらいのブレーンが手分けしないと私の本の生産量は不可能なそうだが、残念! 工場は私の頭一つである。
 考え方と頭の鍛え方次第で、こうなるという参考例なので、一つでも二つでもヒントになれば、あなたの人生を前進させられるだろう
(1〜2ページ)

大川隆法先生は、「仕事ができなくなる勉強法」や「貧乏から脱出できない勉強法」を説くことはできない。

頭一つで、学術的な新刊書を1カ月で38冊刊行しているのは、考え方と頭の鍛え方次第でこうなる、という参考例である。

一つでも二つでもヒントになれば、読者の人生を前進させられるだろう――。

雑談のような話を本にして何冊も刊行する方が世にはおられますが、大川隆法先生の著作は、まったくそんなレベルの書物ではありません。

「理論書」は、どれもこれも深い教養に裏打ちされた深遠な内容が説かれた、傍線を引きながら読める書物ばかりですし、「霊言集」は、どの霊人の霊言も個性が際立っていて、とうてい創作ではあり得ないものばかりです。

本書は、そんな著作群の著者である大川隆法先生が、どんな勉強をしてこれだけの生産性を発揮しておられるのか、その秘密の一端が明かされたものです。

2時間くらい話をして1時間校正すれば1冊の本ができ上がる、という大川隆法先生の創作の秘密を知りたい方はもちろん、その中から一つでも二つでも知の深め方のヒントをつかみたいと願う方にも、お勧めの一冊だと私は思うのです。
 

『大学生からの超高速回転学習法』大川隆法著


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マザー・テレサって、亡くなって15年以上たつと思うんだけど、やっぱり、信じてたのはイエス様だったのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『マザー・テレサの宗教観を伝える』(幸福の科学出版)で、そのマザー・テレサの霊へのインタビューを、次のように紹介しておられます。

武田 私が思うに、あなたの神は、イエス・キリストですよね?
マザー・テレサ いいえ、違います。
武田 違いますか。
マザー・テレサ 違います。
武田 あなたの神とは何ですか。
マザー・テレサ 私の主は、私がイエス・キリストを通して見ていた別の何かです。私の神は、イエス・キリストではありません。私の神は「神」です。イエス・キリストは「神の子」です。ですから、理解するのは非常に難しいと思います。現在、私たちキリスト教徒は、「イエス・キリストは神、あるいは神の子、あるいは主であり、ほとんど同じものである」と理解していますが、それは少し違うのです。
武田 その神の名前をご存じですか。
マザー・テレサ 本当のことを言うと、とても難しいのですが、それは、「ヤハウェ」か、あるいは、「始めなるもの」「御存在」「始めであり、終わりであるもの」「光そのもの」です。
石川 そうですか。
マザー・テレサ よく分かりかねます。
石川 基本的に、キリスト教は、あの世についてあまり説明していません。そのため、あなたは、亡くなられたとき、少し混乱されたと伺いました。
マザー・テレサ 混乱しました。ええ。
石川 では、少し、考えが変わられたようですね。生前は、イエス・キリストをとても強く信じていらっしゃったと思います。
マザー・テレサ そうです。
石川 亡くなられてから、あの世で多くのことを学ばれたのではないでしょうか。
マザー・テレサ ええ、そうです。
石川 そこで、可能であれば、あの世で学ばれたことについて、何かお聴かせいただけますでしょうか。もう16年ほどたっていますから。
マザー・テレサ 私は、この世にいたとき、コルカタのスラム街や、世界の他の貧しい地域に住んでいる貧しい人々に、非常に執われておりました。
 そして、私は、「修道女は、この世で、どのように慈善活動を行っていくべきか」を教えることを旨としておりました。宗教や霊界に関しての私の考えは、地上に執着している普通の人々の考えと、非常に近いものだったのです。
 ですから、「来世がいかに広いものであるか」「地獄の世界がいかに深いものであるか」を知って、非常に混乱し、困惑したのです。また、「天上界の階層」についても驚きました。私は、人間を取り巻く世界のシステムや構造について正確なことは知らないのです。
(24〜31ページ)

マザー・テレサの主は、イエス・キリストではなく「神」である。

キリスト教徒が、「イエス・キリストは神、あるいは神の子、あるいは主であり、ほとんど同じものである」と理解しているが、それは少し違う。

マザー・テレサは、あの世において、「来世がいかに広いものであるか」「地獄の世界がいかに深いものであるか」「天上界の階層」などについて、多くのことを学んだ――。

『繁栄の法』に収録された帰天直後のやり取りから16年を経て、マザー・テレサの霊界認識は、かなり進んでいます。

その認識は、帰天直後と違って、大川隆法先生が教えておられる霊界の真実とまったく一致してきたように思われます。

今日は、英語で行なわれたインタビューが日本語との対訳で出された霊言集の日本語部分の一部をご紹介してみました。

しかし、マザー・テレサの愛に満ちた言魂をより直接に味わいたい方は、ぜひ本書を手にとって、英語で行なわれたインタビューの原文に触れてみることを強くお勧めしたいと私は思うのです。

 

『マザー・テレサの宗教観を伝える』大川隆法著


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あの伝説の卑弥呼って、どんな女性だったんだろうね? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『卑弥呼の幸福論』――信仰・政治・女性の幸福(幸福の科学出版)のまえがきで、以下のように説いておられます。

 神秘的で不思議な感じのする方である。
 ただ全般に言えることは、古代の女性指導者に要求されていた資質は、現代的男女競争社会で求められているものとは違っていたということである。
 「信仰」や「愛の深さ」そして「魂の清らかさ」が、指導力の源泉にあったということで、日本神道系全般について言えることかと思う。
 古代の優れた女性リーダーは、男女同権を強力に主張する現代の妻のような権利を主張するのではなく、男の子を育む母のような気持ちで男性を束ねていたのではないかと思われる。
 この立場を西洋文明から見て遅れていると見るか、それとも、もう一つの優れた東洋文明と見るか、じっくりとお考え頂きたいと思う。
(3〜4ページ)

神秘的で不思議な感じのする方である。

古代の女性指導者に要求されていた資質は、「信仰」や「愛の深さ」そして「魂の清らかさ」だった。

古代の優れた女性リーダーは、男の子を育む母のような気持ちで男性を束ねていたのではないか――。

もちろん卑弥呼という方は、古代に実在した女性リーダーだったわけです。

その方が説く幸福論とは、どんな内容なんでしょうか。少なくとも、男顔負けの…、というものでないのは間違いないと思います。

卑弥呼が統べていた「邪馬台国」のほうに興味がある方は、以前の卑弥呼の霊言でその秘密が明かされていますので、そちらをどうぞ。

『卑弥呼の幸福論』大川隆法著


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大川隆法先生が説いておられる「幸福の原理」って、オリジナルな思想なの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『西田幾多郎の「善の研究」と幸福の科学の基本教学「幸福の原理」を対比する』(幸福の科学出版)のまえがきで、以下のように説いておられます。

 本書の著者校正を終えて、私の胸の内に、ある種の感動の波が押し寄せてくる。私の内なる精神の闘いの記録と、その原点が明らかにされた一書である。
 約百年の時空を超えて、二人の日本のオリジナルな根本思想家が相対峙している。おそらく哲学研究者からみても、本書は、目から鱗の一冊であろう。こういう形で西田哲学の秘密が解き明かされるということは、かつてなかったことだからだ。
 西田の『善の研究』を超える思想として私の『幸福の原理』は打ち出された。この新しい思想は、千六百冊を超える著作群となり、世界の五大陸へ、激しい波と変じて打ち寄せている。
 幸福の科学の思想を読んで「学問性がない」と思う学者は、今すぐ辞表を提出するがよい。盲目なる人に色彩の研究は不可能だからだ。これこそが新時代の学問なのだ。
(3〜4ページ)

大川隆法先生の内なる精神の闘いの記録と、その原点が明らかにされた一書である。

西田幾多郎の『善の研究』を超える思想として、『幸福の原理』は打ち出された。

幸福の科学の思想こそが新時代の学問なのである――。

幸福の原理」という教えは、1987年に初めて大川隆法先生が開催された第1回講演会において、突如として打ち出されたものです。

この講演に際しては(そしてそれ以降も現在に至るまでずっと同じですが)、演題以外には事前に用意された原稿もメモも何もなく、ぶっつけ本番で演壇に立たれ、流れるように語られたものと聞いています。

そして、その最初の教えが幸福の科学の基本教義となって、それ以降の1700冊を超える大川隆法先生の著書群として展開され続けているというのは、奇跡以外の何ものでもないと言うべきでありましょう。

ちなみに、『太陽の法』で、大悟前夜に『善の研究』を読んでいたことが書かれていたため、私も手にとってみて挫折したことがあったのですが、その難解な西田哲学がこんなにも分かりやすく解き明かされるとは、改めて驚くほかありません。

本書は、大川隆法先生の大悟に至る悟りの助走部分から、幸福の科学の基本教義の成立史、そして「大川隆法学」の原点を、大川隆法先生ご自身が初めて明かされたものでもあります。

一連の大学シリーズの中でも、まさに白眉の一書と言ってよいのではないかと私は思うのです。


『西田幾多郎の「善の研究」と幸福の科学の基本教学「幸福の原理」を対比する』大川隆法著


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土井たか子・元社会党委員長が亡くなったけど、あれだけ護憲派の代表で非武装中立の平和主義を掲げてた人なんだから、とうぜん、高い世界に還ったんだよね? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『元社会党委員長・土井たか子の霊言』――死後12日目の緊急インタビュー(幸福の科学出版)のまえがきで、以下のように説いておられます。

 死者に鞭打つことは、あまりしたくないな、とは思っていたが、今朝の朝日新聞と東京新聞の記事を見てみると、「憲法九条(を護る日本国民の皆さん)がノーベル平和賞最有力」といった記事が出ていた。私としても多少はつらい仕事なのだけれども、死後12日目の緊急インタビューとして「元社会党委員長・土井たか子の霊言」を出版することにした。
 女性として憲政史上初めて衆議院議長になった方でもあるし、憲法九条堅持・平和主義で一世を風靡した公人中の公人でもある。その方が九月二十日に亡くなって、12日目、自分の死を自覚しているか、政治信条をどう思っているか、どんな世界に迎え入れられているかを知ることは、現代日本で「真理とは何か」を問うこととほぼ同義である。
 生前、「山が動いた」という名言を残した土井さん。信仰で山が動くことを信じることが少なくなったクリスチャンたちにも、「何か」を伝えてくれることだろう。
(3〜4ページ)

「憲法九条がノーベル平和賞最有力」といった新聞記事をきっかけに、死後12日目の緊急インタビューを行ない、出版することにした。

亡くなって12日目に、自分の死を自覚しているか。自らの政治信条をどう思っているか。どんな世界に迎え入れられているか。

これは、現代日本で、「真理とは何か」を問うこととほぼ同義である――。

かの科学的社会主義を標榜したカール・マルクスは、唯物論者の典型だと思いますが、自分の死を自覚していませんでした。

それでは、社会党や社会民主党の元党首として、社会民主主義を掲げていたと聞く土井たか子は、自分の死を自覚してたんでしょうか。

「死者に鞭打つ」とか「つらい仕事」など、書き出しから、もう本文を読まなくても分かる感じのまえがきではあります。

真理とは何か」。それは、人間は肉体と霊魂でできているんであって、死後も霊魂は肉体を離れ、あの世(霊界)で生き続けている、死後の世界(霊界)は現実に存在するし、霊魂も実在する、ということだと思います。

死後も、自分の死を自覚していない霊がいたとしたら、それは、真理に反した信念を持って、真理に反した生き方をした方だったのだ、ということになるのでありましょう。

・・・こんな抽象的な話よりも、本書のインタビューを実際に読んでみさえすれば、真理が土井たか子の霊とインタビューアのどちらの側にあるのかは、実感として誰にも読み取れるのではないでしょうか。

本書は、社会主義や社会民主主義に殉じておられる関係者の方はもちろん、イエスが実際に行なっていた奇跡さえ信じようとしない現代のクリスチャンの方にとっても、必読の霊言集ではないかと私は思うのです。
 

『元社会党委員長・土井たか子の霊言』大川隆法著


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人生って、悩みとか苦しみばっかりだよね。なんだか、もう限界だって思うんだよね。つまんない人生だよね? なーんて悩み抱えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『幸福の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 人生には悩みや苦しみはたくさんあるでしょうが、それは実際、とてもありがたいことだと思っていただきたいのです。そのありがたさをしみじみと分かる必要があります。
 悩みがないということは、また、発展性もないことを意味します。みなさんが持っている悩みのなかには、解決がつかないものも、おそらくあるでしょうが、実は、そのなかに無限の発展の可能性が宿されているのです。
 失敗の多い人生を悔やむ必要はありません。失敗のなかには、次の創造の芽、発展の芽が、必ず隠されているものです。
 この自己認識の変容、拡大、発展こそが、実は魂の成長なのです。この自己認識の変化こそが、実は魂としての成功であり、それを得るために、肉体を持って、この世に生まれ、赤ん坊から何十年もかけて大きくなり、年を取って死んでいくのです。
 「自己認識の変容こそが、実は悟りの正体である」ということを知らなくてはいけません。
 私自身も、自己認識の変容をずいぶん経験しました。
 私は一九八五年から霊言集を出しはじめましたが、『日蓮の霊言』『空海の霊言』『キリストの霊言』(現在、『大川隆法霊言全集』〔宗教法人幸福の科学刊〕の第1巻〜第6巻として刊行)と、三冊ぐらいを出したあたりで、「もう充分かな」という感じがしたのを覚えています。「もう充分な仕事をして、使命は果たしたのではないか」という感じを受けたのです。(中略)
 当時は、その後もこれほど営々と働くことになるとは予想していませんでした。しかし、それで終わりにはならず、「終わった」と思ったら、さらに次から次へと仕事が出てきて、終わらないのです。
 自分では「もう限界だ」と思っても、その限界の次が出てきます。不思議なことに、自分の限界を認識すると、その限界が突破できるのです。まことに不思議なのですが、「自分の能力としては、このあたりが限界で、これ以上は、もうできない。失敗もずいぶんしたし、これ以上は無理だ」と思ったあとに、だいたい限界突破をするのです。
 そこまで行かなければ限界は突破できないということなのでしょうが、苦しみはじめて、最後に、「何かもっとほかに方法がないか。考え方がないか」と、ウンウン言って考えていると、出てくるのです。
(53〜56ページ)

悩みや苦しみのなかに、実は無限の発展の可能性が宿されている。失敗のなかには、次の創造の芽、発展の芽が必ず隠されている。

自分では「もう限界だ」と思っても、その限界の次が出てくる。不思議なことに、自分の限界を認識すると、その限界が突破できる。

自己認識の変容、拡大、発展こそが、魂の成長であり、この自己認識の変容こそが、実は悟りの正体である――。

誰しも、悩み、苦しみ、そしてどこかで何かの形で失敗してしまうものだと思います。

でもだからこそ、人間には無限の発展の可能性がある。

頑張ってがんばって、もう限界だよって思ったときに、その限界を突破できる。それは、のんびりやってたら絶対に味わえなかった感覚。

そして、ちょっと前までは知らなかったけど、自分って人間は、ここまでできるんだったことを知る喜び。

つまり、自分の姿が違うように見えてきて、自己認識が変容する。

大川隆法先生は、これが一つの悟りを得たということだ、と言われるんだと思います。

そして、この悟りは、一度得ればおしまいというようなものではなくって、魂が成長するに伴って、段階を追って何度も何度も得ることができるものだ、ということでもあるんだと思います。

今日のお教えに深く学んで、悩みや苦しみ、失敗なんかに負けることなく、限界突破していき、魂を成長させ、悟りを重ねて行ける、そんな自分になりたいものだと強く強く私は願うのです。
 

『幸福の法』大川隆法著


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この間、テレビで、心というのは脳の作用なんだっていうような番組やってたんだけど、そんなはずないよね? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『本当に心は脳の作用か?』――立花隆の「臨死体験」と「死後の世界観」を探る(幸福の科学出版)のまえがきで、以下のように説いておられます。

 九月十四日のNHKスペシャルで「臨死体験 立花隆 思索ドキュメント 死ぬとき心はどうなるのか」が放送されていた。NHKが脳や心、死後の世界に関心を持つことは良いと思うが、いくら仮説を立てようとも結論は一つである。真理は複雑系の思索の中には存在せず、一番単純な結論を好む。
 本書で紹介した立花隆氏の守護霊の意見は、唯物論の科学者や、朝日系ジャーナリストらとほぼ同じで、何とかして心を脳の作用の一部と考えて、魂について思考停止の状態を維持したいというところである。
 残念ながら現代の宗教学者や仏教学者にも、エポケー(判断中止)を前提に学問をやっている者が多い。紙の上の活字やデータ分析だけで学問を作り上げようとしているのである。戦後の学問の最大の失敗といってよい。ここを改善しないで「教育改革」などは虚しいと言わざるをえまい。
(3〜4ページ)

立花隆氏の守護霊は、唯物論の科学者らとほぼ同じで、何とかして心を脳の作用の一部と考えようとしていた。

しかし、いくら仮説を立てようとも、結論は一つである。

紙の上の活字やデータ分析だけで学問を作り上げようとしているのは、戦後の学問の最大の失敗である――。

大川隆法先生は、形なきエネルギー体である「霊」が人の肉体に宿って、人体状の想念体をつくったとき、それが「魂」と呼ばれ、その中心部分が「心」なのだと教えておられます

つまり、結論は一つなんであって、人間の本質は霊であり、魂であり、心です。

心のほうこそが人間の本質ですから、これは脳の作用などではありません。

守護霊として呼ばれ、大川隆法先生の体を借りて霊言をしているというのに、自分自身が「霊」であることさえ分からないという摩訶不思議なことが、現実に数多く起こっています。

それが学問を深くやったのが原因だとしたら。戦後の学問というのは一体なんだったんだろうかと、根本的なところに思いが及ぶのは当然のことだと思います。

この世の事象はもちろんのこと、霊的な世界まで含めて、真理は探究されなくてはならない。そのような学問を、新しい大学で創っていかなければならない。

大川隆法先生はこのまえがきで、じつはそんなことを語っておられるように私は思うのです。
 

『本当に心は脳の作用か?』大川隆法著


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大川隆法先生は、念仏を唱える仏教(浄土宗とか浄土真宗)について、どう考えておられるの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『他力信仰について考える』――『黄金の法』講義(3)(幸福の科学出版)で、次のように説いておられます。

 この法話をするにあたり、私は事前に、源信、法然、親鸞、それから聖徳太子などの“関係者”を呼んで話をしました。
 「呼んで話をする」とは、この世的には分かりにくい話で、どういうことかと思われるかもしれませんが、私は霊と話ができる珍しい人間であるため、関係者が言ってほしくないこともあろうかと思い、少し意見を聴取したのです。
 だいたいの人は特に異論がないようでしたが、親鸞には少し意見があり、「『念仏宗は仏教ではない』と言わないでほしい。やはり、仏教のなかに入れておいてほしい」という一点について、願い出てきました。
 親鸞は、「間違っても『仏教ではありません』と切って捨てないでほしい。切って捨てられると困るので、仏教に入れてほしい。『浄土宗、浄土真宗も、エル・カンターレの慈悲の側面を強調した宗教である』というように理解してもらってほしい。そうでないと仏教から出てしまうので困るのです」と言っていたことを、あらかじめ述べておきます。(中略)
 そのような要請があったので、基本的に、「念仏宗も仏教の範囲内である」というラインのなかで話をしていくことにします。仏教のなかにおける「解釈の違い」、あるいは、「強調する点の違い」の範囲であるということで、浄土宗や浄土真宗等も仏教に入れておきたいと思います。多少怪しいと思うところがあっても、そこは「解釈の違い」ということにしておきます。
 人間として、いろいろなことを考えるのは当然のことですし、「仏教でカバーしない範囲がある」というのも残念なことです。仏教は寛容な教えなので、できるだけなかに取り込んでいきたいと考えています。
 基本的なスタンスとしては、そのようなところです。
(10〜13ページ)

この法話にあたり、源信、法然、親鸞、聖徳太子などの“関係者”を呼んで意見を聴取したところ、親鸞が「念仏宗は仏教ではないと言わないでほしい」と願い出た。

そこで、「解釈の違い」あるいは「強調する点の違い」の範囲ということで、浄土宗や浄土真宗等も仏教に入れて話をしていくことにする。

仏教は寛容な教えなので、できるだけなかに取り込んでいきたいと考えている――。

過去の高名な仏教者はもちろん、聖徳太子まで呼び出して話ができる、というのは、世界最大の霊能者であられる大川隆法先生の面目躍如、といったところです。

でもそれだけでなく、さまざまな「仏教」の教えを掲げた宗派がある中で、どれが仏教の教えでどれが違うというのを、権威をもって判定される方は、いったい誰なのか、です。

それはまさに、「再誕の仏陀」、つまり2500年前に仏教を創始されたお釈迦さまが、現代日本に生まれ変わって法を説いておられる、大川隆法先生だからこそ、であるわけです。

そんな凄い書物がいま、日本全国の書店だけでなく、ネットで簡単に手に入るという驚きの事実を、もっと多くの方に知っていただければと私は思うのです。
 

『他力信仰について考える』大川隆法著


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また超大型台風が日本に向かってるんだってね。広島の大水害も凄かったけど、御嶽山噴火の被害ももの凄かったじゃないの。これって、天上界の意思なのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『広島大水害と御嶽山噴火に天意はあるか』(幸福の科学出版)のまえがきで、以下のように説いておられます。

 まことに不思議な本だと思う。以前、社会党委員長村山氏が首相だった時に、阪神・淡路大震災(一九九五年)が起き、あわてて遅ればせながら、村山首相らが伊勢神宮に参拝したことがあった。二〇一一年三月十一日の東日本大震災も民主党の菅政権の時で、菅氏もヘリコプターで現地に向かうが、首都壊滅の恐怖におびえたらしい。ここまでは、左翼政権が国を奪うと大震災がやってくるという法則が感じとれた。
 では、二〇一四年八月二十日の広島大水害と、九月二十七日の御嶽山噴火(戦後最悪の火山災害、現時点で死者四十七人)は、安倍政権への神の怒りなのか。それとも、自虐史観をめぐっての、中韓米の歴史認識争いが関係あるのか。あるいは邪悪なるものが、日本の自立を邪魔しようとしているのか。
 宗教家としては実に興味津々である。答えはまず本書を読んで頂くことだ。
(3〜4ページ)

安倍政権への神の怒りなのか。それとも、自虐史観をめぐっての、中韓米の歴史認識争いが関係あるのか。

あるいは邪悪なるものが、日本の自立を邪魔しようとしているのか。

答えは、まず本書を読んで頂くことである――。

一読、まさにびっくり仰天、驚天動地の世界が展開されています。

霊的世界の真相というのは、平凡な私たちがすぐ思いつくようなものではないことを、見せつけられる感じ、とでもいうんでしょうか。

とにかく、天変地異の原因を探るという作業は、一筋縄にはいかないものだということ、そして、大川隆法先生の霊能力が、もうとんでもないところに達しておられることだけは、よくわかった気が私はするのです。
 

『広島大水害と御嶽山噴火に天意はあるか』大川隆法著


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外国語の勉強、もうできないってくらいやってるのに、ダメなんだよね。限界突破法みたいなの、ないのかなあ? なーんて悩み抱えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『外国語学習限界突破法』(幸福の科学出版)のまえがきで、以下のように説いておられます。

 「底なしつるべで水を汲む」という話が仏教ではある。底がなければ井戸につるべを落としてロープで引き上げても、何滴かの水しか得られない。それでも一日中やっておれば、バケツ一杯分ぐらいの水をためることはできる。
 長年、語学学習をやっておれば、似たような経験をした方は多いだろう。また何回もチャレンジしても語学の資格試験の壁を破れないということもあるだろう。その時に、「自分は才能がないんだ。バカなんだ。」とあきらめてしまわないことである。語学はやれば確実に力が伸び、何年かサボれば間違いなく学力の落ちるフェアな学問である。多言語をマスターしようとすれば、何本かの竹ざおの上で皿廻しをやっているような感じになるだろう。
 自分を励ましつつ、努力を続け、最後は勇気をもって谷を飛ぶことだ。「恥の文化」といわれる日本文化を超えることだ。
 自分より優れた人を嫉妬せず、自分の生まれ、育ち、環境のせいにせず、ひたすら一ページでも一分でも攻め込んでいくことだ。チャンスは必ず巡ってくるものだ。
(1〜2ページ)

語学とは、やれば確実に力が伸び、サボれば間違いなく学力の落ちるフェアな学問である。

自分を励ましつつ努力を続け、最後は勇気をもって谷を飛ぶことである。

優れた人を嫉妬せず、生まれ、育ち、環境のせいにせず、ひたすら1ページでも1分でも攻め込んでいけば、チャンスは必ず巡ってくる――。

学生のみなさんだけでなく、社会人のみなさんであっても、英語やその他の言語の習得を志している方はたくさんおられると思います。

そんな方に、本書の発刊はものすごい朗報ではないでしょうか。

このまえがきの大川隆法先生のお言葉を読んだだけで、なんだか力が湧いてくる気がします。

でも、まえがきだけでなく、ぜひ本書を手にとって本文も読んでみられますように。今感じている学習の限界を突破できる秘策が、必ず手に入ると私は思うのです。
 

『外国語学習限界突破法』大川隆法著


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子供が生まれたんだけど、やっぱり現代でも天才教育って、必要なものだと考えておくべきなのかなあ? なーんてこと考えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『J・S・ミルに聞く「現代に天才教育は可能か」』(幸福の科学出版)のまえがきで、以下のように説いておられます。

 J・S・ミルとのつき合いは、もう四十年を超えているかもしれない。神田の古本屋で、『自由論』の英語原典“On Liberty”の古本を見つけて購入して読んだが、なかなか難しくて、ミルの本心を読み解くのは簡単ではなかった。
 明治時代の日本人でさえ翻訳できた本を、東大文機碧ヽ愽堯帽膤覆粒慘呂任垢蕕垢蘰匹瓩覆い箸蓮やはりイギリスの本格的天才は違うのかな、と感じたものである。日本語訳や解説本を読んでいくうちに、この早熟の天才が、「結婚が早いもの勝ちであるのはおかしい。恋愛の自由を認めよ」とか、「英国教会はおかしい」とか、「二十歳ごろには勉強に疲れ、飽いて、バーンアウトし、音楽に救いを求めた」とかいう事情の背景に、テイラー夫人との禁断の恋があったことを知ると、何だかホッとした気がした。
 文系は知的蓄積がものを言うので、一般に早熟の天才は出にくい。ミル自身も長寿時代へのパラダイム・シフトを述べていることを知り、人生全体での成功を考えていった方がよいだろう。
(1〜2ページ)

ミルも、長寿時代へのパラダイム・シフトを述べている。

知的蓄積がものを言う文系では、一般に早熟の天才は出にくい。

人生全体での成功を考えていった方がよい――。

本書において、IQ200の早熟の天才として名高いJ・S・ミルの発言には、とても慎重なものが多いように感じます。

特にミルは、自分のような早熟の天才を目指せ、とは述べていないようです。

自らの在世時よりはるかに寿命が伸びた現代社会においては、早期の天才教育よりも、人生全体での成功を考えていったほうがよいという考え方を示した、ということでしょうか。

偉大な天才の語るナマの言葉に触れることができる一冊。新時代の教養書のひとつとして、お勧めです。
 

『J・S・ミルに聞く「現代に天才教育は可能か」』大川隆法著


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ね、経営が成功するコツって、あるのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『経営が成功するコツ』――実践的経営学のすすめ(幸福の科学出版)のまえがきで、以下のように説いておられます。

 経営の成功や失敗を他人のせいにしたり、環境のせいにしたがる人は、基本的に経営者には向かない。
 その途中で様々な困難や挫折はあっても、それを乗り越えて、智慧を獲得しえたもののみが、経営者としての黒帯になる。
 本書はそうした黒帯経営者をつくるための創造的なヒント集であるし、経営の要諦でもある。
 経営学者ドラッカーは、大企業を超える組織を持つものは軍隊だが、軍隊を超える組織運営力を持つものは「宗教」であると言っている。帰天後のドラッカー氏は、ガイディング・スピリットとして当会を指導してくれているが、宗教としての「幸福の科学」の規模は、世界最大級の企業である「GE」よりも大きく、それ以上のマネジメント力を有していると評して下さっている。世界百ヶ国以上で活動している多国籍団体であるので、単なるお世辞ではないと思う。私が自信をもって「経営成功学」を提唱する次第である。
(1〜2ページ)

経営学者ドラッカーの霊は、「幸福の科学」はGE以上のマネジメント力を有していると評しているゆえに、大川隆法先生は自信をもって「経営成功学」を提唱している。

様々な困難や挫折を乗り越えて、智慧を獲得しえたもののみが、経営者としての黒帯になる。

本書は、そうした「黒帯経営者」をつくるための創造的なヒント集である――。

なぜに大川隆法先生は、宗教家でありながら、「経営成功学」を提唱し、創立せんとする幸福の科学大学に「経営成功学部」を置こうとしておられるのか。

その答えの一端が、端的に本書のまえがきに示されています。

一人でも多くの経営者の方が、本書で経営が成功するコツをつかんで成功への道を歩まれることを、心より祈念したいと私は思うのです。
 

『経営が成功するコツ』大川隆法著


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幸田露伴って有名な作家がいたって、聞いたことがあるよ。その思想って、大事なのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『幸田露伴かく語りき』――スピリチュアル時代の〈努力論〉(幸福の科学出版)のまえがきで、以下のように説いておられます。

 あの旧い字体の幸田露伴の『努力論』『修省論』を読むことは、古文・漢文を読むことを苦手とする学生や現代の大人にも少々難しいだろう。私はたまたま、仏教の経典をよく読んでいるので、中国人の僧侶や日本の仏教者の古典的お経解釈本がよく読める。その意味で幸田露伴の仏教的素養がよく判るので、何とか現代語化して、本多静六博士同様、日本発の自助論型作家兼思想家の考え方を後世に残さねばならないと思っている。
 欧米に生まれていたら、もっともっと尊敬されていた人であることは間違いない。
 当会の海外信者にも、「『自助努力が必要だ』っていう教えなら『信仰』なんていらないじゃないですか」と問うてくる人が多いと聞く。本書がその答えであり、スピリチュアル時代の〈努力論〉でもある。
(1〜2ページ)

幸田露伴は、自助論型作家兼思想家であって、欧米に生まれていたら、もっともっと尊敬されていた人であることは間違いない。

幸田露伴の考え方は、本多静六博士同様に、現代語化して後世に残さねばならない。

本書は、自助努力と信仰の関係に関する答えであり、スピリチュアル時代の〈努力論〉でもある――。

幸田露伴は、「金色夜叉(こんじきやしゃ)」で有名な尾崎紅葉と同時代の有名作家として、文学史の知識として憶えている方がいらっしゃるかもしれません。

幸福の科学においては、大川隆法先生が幸福の科学の草創期から、幸田露伴の著書『努力論』における「三福説(惜福・分福・植福)」にちなんで、「植福」を仏神に捧げる御布施を意味する言葉として教えておられることで、とても有名な方だと思います。

日本発のそのオリジナリティがある素晴らしい思想が、誰もがわかる今の日本語で、現代によみがえるというのは、いつも言っていることですが、本当に凄いことです。

「スピリチュアル時代の〈努力論〉」、すべての方にお勧めです。
 

『幸田露伴かく語りき』大川隆法著


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ね、成功するための心理学、みたいなのって、ないのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『「成功の心理学」講義』――成功者に共通する「心の法則」とは何か(幸福の科学出版)のまえがきで、以下のように説いておられます。

 「値千金」の「『成功の心理学』講義」である。
 医者や遺伝学者が何といおうとも、左翼思想家や、社会福祉家が何といおうとも、「成功の心理学」は実在する。
 生まれにおいて貧しい者は、そのままであれば、親と同じく貧しい一生を送るものだが、「成功の心理学」を身につければ、目に見えて人生は好転していく。自分の才能の乏しさや、社会環境の貧しさの言い訳に専念し、愚痴を習慣にしないことだ。信念と熱意を持ち、積極的で建設的な人生観を持つことに成功した人間には、あらゆることが学びの種に転化していく。不幸や貧乏、病気、学歴の不足、災害や火事でさえ、次の成功のためのヒントとなり、種子となっていくのだ。
 自分の研究所が失火によって、全焼した時にも、家族を呼んで、子供たちにも、「こんな光景はめったに見られるもんじゃない。しっかり見ておきなさい。これで一から研究をやり直せるぞ。」といった趣旨の言葉を述べた発明王エジソンの心境に学ぼう。
(3〜4ページ)

たとえば、言い訳に専念したり、愚痴を習慣にしないこと。

信念と熱意を持ち、積極的で建設的な人生観を持って、あらゆることを学びの種に転化していくこと。

誰が何といおうとも、「成功の心理学」は実在する――。

一見すると、さりげなく書かれているように思える人もいるかもしれませんが、しかし、よくよく咀嚼してみると、とっても大事な大事なお教えがこのまえがきで説かれているのではないでしょうか。

こんな授業科目を教えてくれる大学が生まれるのならば、そして今からでも入学が許されるのならば、ぜひとも私もそこで学んでみたいと強く思います。

ただ、その講義内容の一端が、先行して一般書の形として誰にも学べるように刊行されたわけで、これは凄いことだと思います。

本書はもちろん概論として説かれたものだとは思いますが、この一冊をマスターするだけで、人生の成功は約束されるといっても過言ではないのでありましょう。

まさに「値千金」。人生の成功を志す方にとっての必読文献の一冊であると私は思うのです。
 

『「成功の心理学」講義』大川隆法著


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独創的発想って、どうやったら出てくるものなの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『ロケット博士・糸川英夫の独創的「未来科学発想法」』(幸福の科学出版)のまえがきで、以下のように説いておられます。

 うーん、実に面白い。理科系には昔から変人が多いが、「変人」が「常識人」の群れをつくろうとするから、世の中おかしくなる。プラグマティックな調整は文系にまかせて、理系・超変人は、生きていけることを最低条件にして、逆転につぐ逆転の発想をし続けることだ。
 日本経済を再び成長の軌道にのせるのも、理系の仕事かもしれない。金融緩和や財政出動だけでは甘い。
 世の中にないものを発想し続ける中に未来の成長産業が出てくるのだ。今は常識とされている機械類も、百年、二百年前にはなかったものばかりだ。
 さすれば、百年後、二百年後にも、今はない技術がバンバン出てくるということだ。本書は単なる科学テキストではない。発想集だ。未来へのヒントがここにある。
(1〜2ページ)

本書は、あの有名な糸川英夫博士の霊が、あの世から、独創的な未来科学発想法を縦横無尽に語った霊言集です。

糸川博士は、戦前は「戦闘機 隼(はやぶさ)」の設計にかかわり、戦後は、戦災でお金もない中、ペンシルロケットからはじめて日本の宇宙開発を立ち上げていった先駆者として有名です。

2010年に日本の宇宙技術水準の高さを世界に示した「小惑星探査機 はやぶさ」が探査した小惑星の名前は「イトカワ」でしたが、これが糸川博士にちなんだ命名だったのもよく知られた話だと思います。

そんな糸川英夫博士の発想の柔軟さは、さすがに凄いというほかありません。

独創的な発想法の手本に触れたい方にはもちろん、未来科学の方向性、未来へのヒントを知りたい方にも、特にお勧めの霊言集であると私は思うのです。
 

『ロケット博士・糸川英夫の独創的「未来科学発想法」』大川隆法著


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