ゆーぱの部屋 〜幸福の科学の教えから〜
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



キリスト教のカトリックとプロテスタントってさ、昔は激しく戦争やって、たくさんの人が死んだりしたんでしょ。そんなこと、天上界はどうして許しておられるのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『イエス・キリストに聞く「同性婚問題」』(幸福の科学出版)で、そのキリスト教を開いたイエス・キリストその人の言葉(「霊言」)を、次のように紹介しておられます。

 私は、どうしても両方に関係がありますが、弟子筋の者たちには、やはり、ひいきというか、「どちらのほうに、魂的には惹かれるか」というものがあるようで、彼らは、自分が惹かれるほうを、今、指導しているわけです。
 まあ、プロテスタントが出てきたときは、カトリックのほうから、「それは悪魔の教えだ」というように、当然、批判されていたわけだけれども、実際には、プロテスタントのほうにも、光の天使がそうとう出ていたことは事実ですよね。
 それまでのキリスト教だと、他の揺るがすものは全部弾圧して、滅ぼし去るところまでやってしまっていましたが、とうとう滅ぼせなかったのが、新教です。(中略)
 そして、そのもとは、結局、「聖書中心主義」でした。つまり、プロテスタントは、「聖職者や教会制度の腐敗が繰り返し起きてくるので、『聖書』を中心にした教えにしよう。そうすれば、家庭教会になって、個人個人が信仰を持つことができ、個人個人がキリストとつながることができる」という思想ですよね。
 これ自体は、新しい発明と言えば発明であって、プロフェッショナルが非常に嫌がることだとは思うし、教会制度を維持したい人にとっては、非常に危険な発想には見えたでしょう。
 ただ、そういう、「家庭で、あるいは個人で、神とつながれる」という思想の下に新教ができたけれども、やはり、新教のなかにも、教会ができて、牧師ができて、結局、似たような形態を取り始めたわけです。つまり、「教学をしたプロフェッショナルがいてくれたほうが、やはり、相談事もできるし、祈りも効くような気がする」というようなことがあったわけで、結局、似たような形態にはなってきましたね。(中略)
 その前には、グノーシス派のように滅びたものもあります。キリスト教には、霊界思想、神秘思想の部分が欠けていますので、それを入れようとして出た者たちがいるのですが、彼らは完全に滅ぼされるところまで行っているのです。
 そういう神秘思想をやる者たちは、「この世性」が低いものですから、やはり、組織力など、この世的に生き残る力が弱いのでしょうね。(中略)一方、教会制度も、この世的に整備されてくると、軍隊と同じようなかたちになってくることが多いので、そうした正規軍の軍隊型の教会がぶつかってくれば、(グノーシス派を)滅ぼすのは容易だったわけです。
 ただ、新教と旧教が分かれるに当たって、たくさんの血が流れたことは、非常に残念だったと思います。
 まあ、われわれの判定する基準は、かなり年数の尺度が長いことがあるので、その間、川の流れのような時代の流れが、ときどき、逆流現象を起こしたり、渦巻きを起こしたりすることがあるんだけれども、それ自体、まったく起こさないよりはいいわけです。したがって、そういうものがときどき起きたとしても、それらを見守った上で、どうなるかを考えているわけです。
(64〜69ページ)

聖書中心主義のプロテスタントが登場したときは、教会制度のカトリックから悪魔の教えと批判されたが、プロテスタントにも光の天使がそうとう出ていて、カトリックは滅ぼせず、その後、両者は似たような形態になってきた。

イエスは、両方に関係があるが、弟子筋の者たちは、魂的に自分が惹かれるほうを、指導している。

二つが分かれるに当たって、たくさんの血が流れたことは非常に残念だったが、(しかし天上界では)時代の流れがときどき逆流したり渦巻いたりするのを、長い年数の尺度で見守った上で、どうなるかを考えている――。

プロテスタントは生き残ったのに、有名なグノーシス派が滅びてしまったのはなぜなのかという疑問も、このイエスさまの説明で理解できるようになると思います。

イエスさまが帰天されてから、もう2千年近くの時間が経過しているわけですが、イエスさまを始めとする高級霊界の神々は、地上の人間からすると信じられないほど気を長くして、地上の人間たちの稚拙な営みを見守って下さっているということなのでありましょう。

今日は、イエスさまの直々の言葉に触れることができるこの奇跡に、改めて驚きを感じつつも、深く感謝を捧げたいと私は思うのです。
 

『イエス・キリストに聞く「同性婚問題」』大川隆法著


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実際の経営に役に立つ経営学の本って、ないのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『「実践経営学」入門』――「創業」の心得と「守成」の帝王学(幸福の科学出版)のまえがきで、次のように説いておられます。

 経営学の教科書を何回読んでも、畳の上の水泳訓練と同じで、なかなか実際には泳げるようにはならない。また実際に企業経営の経験者が書いた本でも、企業の規模や業種によっては、自社の参考にはならないことも多い。
 しかし、それでも、数多くの経営書を読み、経営者の自伝を読み、時には企業ドラマをTVや映画で観たり、時事ニュースを新聞やTVで分析し続ける努力も大切だ。
 世の中は常に変わり続けて、そこには常なるものはない。あえて、それがあるとすれば、「青雲の志」を持ち続けられるかどうかだろうと思う。自分を励まし、批判に耐え、それでも高い目標を目指し続けることこそ、経営者にとって最も大切な心がけの一つであろう。従業員たちの家庭一軒一軒を守り、大きくなれば、株主のことも思いやり、さらにこの国と世界のあり方を憂える。これが実践の中において経営者が成長してゆく真の姿でもあろう。
(1〜2ページ)

変転してやまないこの世の中で、「青雲の志」を常に持ち続けよ。

自分を励まし、批判に耐え、高い目標を目指し続けよ。

実践の中において成長していく真の経営者は、従業員たちの家庭を守り、大きくなれば、株主のことも思いやり、さらにはこの国と世界のあり方を憂えていく――。

大川隆法先生が、「幸福の科学大学シリーズ」に、経営成功学のための新たなテキストをまた新たな一冊を加えられました。

今日のまえがきからは、「本を読むだけでは経営はできない。しかしそれでも、経営書を読み続ける努力をせよ」、というお教えとして取り出すべきなのかもしれません。

いずれにしても本書は、現役経営者だけでなく、未来の経営者を志す青年たちのための大切な一冊であると私は思うのです。
 

『「実践経営学」入門』大川隆法著


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ね、ヒット商品を出すってむずかしいよね。でも、出し続ける人が世の中には実際にいるわけで、どうやったらヒット商品を出せるのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『マーケティングの天才秋元康に学ぶ AKB48ヒットの秘密』(幸福の科学出版)で、AKB48をはじめとする大ヒットメーカー・秋元康氏の守護霊の言葉(「霊言」)を、インタビュー形式で次のように紹介しておられます。

三宅 (笑)秋元さんは、今、人の心をつかみ、世の中の仕掛け人として大活躍をされています。ヒットをつくる秘訣について、ぜひ教えていただければと思います。
秋元康守護霊 (中略) なぜでしょうかねえ。
 私は、自分がそうなりたかったのに、自分ではできないから、ほかの人をプロデュースして、やらせている。まあ、ここに尽きるんだろうと思うんだよな。
 普通は、自分が有名になりたくて頑張るじゃない? 「歌手になりたい」「俳優になりたい」と考え、自分を売り出して有名になりたがる。
 でも、私は、「一歩引き、裏方になって、ほかの人を売り出し、その成功を自分の成功として間接的に喜ぶ」という気持ちを持ってるからさ、それが、取っ替え、引っ替え、いろんな人を使いながら、成功が続いていく理由なのかな。そういう気がするね。
 自分だけの成功だったら続かないけど、ほかの人を成功させていこうとしてるので、その人の持ち味を生かし、長所のところを売り出して、「どうやったら、この人がヒットし、大勢に受け入れられるか」ということを、いつも考えてるからね。これが、ある意味では、成功がずっと続いている秘密なのかな。(中略)
三宅 先ほどご紹介がありました、「仕事学のすすめ」という、勝間和代さんとの対談で、秋元さんは、「ヒットを生み出す秘訣」として、「ターゲットを明確にすることだ」とも言っておられたのですが……。
秋元康守護霊 そういうことをペラペラしゃべってはいけないねえ。それは、まずい。そんなことはないんです。それは、一般の仕事学に合わせて言ってるだけで、(私自身は)ターゲットを明確になんか全然してないんですよ。
 だから、AKBは、「十歳前の子から田原総一朗さんまで」という、幅広い人気を持ってるわけで、ターゲティングなんか全然していません。十歳ぐらいの子も夢を持って見ているけれども、八十歳ぐらいの人だって見るわけですから、ターゲティングをしてるような言い方をすると、失礼に当たるでしょう。「国民すべて」がターゲットになってます。
 そういう意味では宗教と変わらないかもしれないね。
武田 それは、もしかしたら、「ターゲットは定めているが、各年齢層に合わせて、AKBの面白い部分や魅力をそれぞれつくるので、最終的には誰もが楽しめるものになっている」ということでしょうか。
秋元康守護霊 まあ、同世代は、きっと自分と同一視しているんだろうし、下の世代は憧れで見てると思うんだよね。それから、ちょっと上の世代は、懐かしんで、「ああ、あのとき、ああいうふうにできたらよかったなあ」という感じで見ていて、ずっと上の世代になってくると、「自分の娘も、あんなふうにできないか」というような目で見ているんじゃないかな。そんな感じかなあ。
(46〜49ページ)

自分ではできないから、プロデュースしてほかの人にやらせているところに尽きる。

自分だけの成功ではなく、裏方になってほかの人を売り出し、その成功を自分の成功として間接的に喜ぶ気持ちを持っている。

国民すべてがターゲットになっていて、ターゲット層は明確にしていない――。

ここで秋元康氏の守護霊が語る、「他者の成功を自分の成功として喜ぶ」という考え方には、普遍的な仏法真理(仏の教え)である「与える愛」と共通する思想が、感じ取れます。

「与える愛」の思いで仕事をしていれば、もちろんそのこと自体がその人にとって「幸福」なわけですが、それだけではなく、神仏の光が与えられ他の人々からの支援も集まってくることで、自然な形で成功への道に至りやすいだろうと思います。

そういうわけで、秋元康氏が長年ヒットを生み出し続けているのは、その心の奥底に持つ「思い」の面で、宗教的観点から明らかに理由があるということではないかと私は思うのです。
 

『マーケティングの天才秋元康に学ぶAKB48ヒットの秘密』大川隆法著


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去年よりはいいんだけどね、会社はどうしたら、来年も再来年も、ずっと発展し続けていけるのかなあ? なーんて悩み抱えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『智慧の経営』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 不況やデフレを言い訳にしたら、その段階で努力が終わってしまいます。不況だから伸びないのではなくて、あるいは、デフレだから駄目なのではなくて、必要とされていないから、広がらないし、伸びないのです。そういうことだと思います。何でも同じことです。
 伸びなければ、必要とされていないことになるのですから、「必要とされ続けるためには、もっと必要とされるためには、どうしたらよいのか」ということを考え続けることが大切です。
 トップも考えるべきですが、各セクションの長も考えるべきです。そうすると、それが下までだんだん伝染していきます。
 このように述べるのは申し訳ないけれども、「たいていの企業は、たとえ潰れたとしても、ほかのところが代わってくれる」ということです。したがって、「絶対に必要だ」と言い切るのは非常に難しいことです。
 だからこそ、「『絶対、うちの会社がなければ困るのだ』というものを考え出せ。その哲学をつくり出せ」と言わなければいけません。そうすれば、みんなが燃え上がってきます。そうなれば、発展するでしょう。その哲学を持っていない会社と持っている会社の違いは歴然です。
 そういう使命感のもとにあるのは、「なぜ、わが社は必要なのか」という根源的な問いを持ち続ける、経営者なり管理職なりがいることでしょう。そういう問いを持ってください。
 簡単です。お金は要りません。それに答えてください。
 「なぜ、わが社は要るのか。なぜ、必要なのか。なぜ、存続しなければいけないのか。デフレであろうが、不況であろうが、潰れないでいる理由は何なのか。なぜ、潰れないでいてほしいのか。なぜ、わが社の商品、製品は、売れなければいけないのか」
 こういう根源的な問いに答えてください。その答えを考えるなかで、やるべきことは、はっきり見えてくるはずです。
 各企業で、それぞれ商品が違うので、個別具体的なアドバイスはできませんから、自分で考えてみてください。
 その問いに答えたならば、来年も、再来年も、十年後も、その会社は発展し続けるはずです。
(31〜34ページ)

不況やデフレだからではなく、必要とされていないから伸びない。

トップも各セクションの長も、わが社が、わが社の商品が必要とされ続けるためには、もっと必要とされるためには、どうしたらよいのかと考え続けることが大切である。

この根源的な問いの答えを考えるなかで、やるべきことは、はっきり見えてくるはずである――。

この考え続けるという作業は、日常の業務に埋没している中では、なかなかできることではないように思います。

なぜ、幸福の科学では、「精舎」で研修などを受け、静かな環境の中で瞑想し、「公案」を考えたりする修行を重ねることを勧められるのかが、少しわかって来る気がします。

興味のあるみなさんは、この夏、各地に建立されている幸福の科学の「精舎」に、一度、足を運んでみませんか?

『智慧の経営』大川隆法著


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英語って、ほんとに難しいよね。マスターするためのコツみたいなの、ないのかなあ? なーんて悩み抱えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『英語界の巨人・斎藤秀三郎が伝授する 英語達人への道』(幸福の科学出版)で、英語の世界では知る人ぞ知る巨人・斎藤秀三郎の言葉(「霊言」)を、次のように紹介しておられます。

 そりゃ、本当に英語で飯を食っていけるレベルまで行こうと思えば、一日中、英語をやらなければいけないのは当然だね。だけど、実際には、社会も理科も国語も勉強することが多いからね。また、学者にも、「学問をやりながら、英語の勉強をやっている」という、中途半端なところがあるよな。だから、同情の余地はあると思うよ。
 ただ、いろいろな範囲のことを幅広く知っているのも、教養人としては大事だけども、「一つの道を究める」という考えも大事だよな。
 特に、われわれ日本人にとっては、英語を究めるのは、やはり、そんなに簡単なことではないだろう。自然状態では、英語学習は、まったく進まない。
 看板に書かれている英語を、たまに見るとか、テレビ番組に出てくる人が、たまに英語を少し日本語のなかに交ぜたとき、その単語を聞いて、「あれは、どういう意味か」と訊くとか、その程度が自然状態なので、自然状態で英語ができるようにはならない。
 そのため、人工的努力が必要であることは事実だ。
 頭がよかろうが、悪かろうが、天才であろうが、なかろうが、やらないものは、できるようにならない。これは確実だし、出発点だな。
 日本では、英語をやらんで済むものだから、やらないわけだね。
 もちろん、日本語ができないと、生活できないし、あらゆる学習のスタートを切れないから、日本語は誰にだって要求される。だから、普通の日本人であれば、外国人には「達人」と思えるレベルまで、日本語が使いこなせてしまうわけですよ。必要に迫られれば、人間は、そうなるわけだ。
 しかし、英語という言葉や学問には、それだけの必要に迫られることが、なかなかないからね。(中略)
 「韓国や中国が英語をやっている」と言うけども、それには事情があるんですよ。
 ハングルで、世界の情報を取ったり、海外の文化を勉強したり、学問を完成したりするのは難しい。韓国は、まだ、そこまで行っていないと思う。日本のほうが研究者の層は厚いので、日本語に訳されているものは数多くあるけど、あちらではまだ無理だよね。
 中国も同じだね。あそこには中華思想があり、外国の学問等を取り入れることに、それほど熱心ではなかったため、中国語だけでは勉強できないものがたくさんあるんだよな。だから、「留学熱」もあり、「英語熱」もあるけど、それは、「それだけの必要性が実際にある」ということさ。
(29〜34ページ)

韓国や中国が英語に熱心なのは、母国語だけでは、世界の情報を取ったり、海外の文化を勉強したり、学問を完成したりするのが難しく、実際の必要性があるからである。

これに対して、日本人は、日本語だけで用が足りるから、自然状態では英語学習はまったく進まず、人工的努力が必要である。

頭がよかろうが悪かろうが、天才であろうがなかろうが、やらないものはできるようにならない。これが出発点である――。

なるほど、なるほど、それはそうだと、ひたすら納得するばかりです。

勉強する努力もしないで、英語をマスターなんてできるはずもない。厳しい話ですが、言われてみれば、まったく当たり前の話ではあります。

これは逆に言うと、英語をマスターしたいのであれば、日常生活に流されてるんじゃなくって、ひたすら勉強の努力をすること、ということになりそうです。

ただ、それをこれだけ真っ直ぐに言える方はそう世の中にいるわけもなく、自ら実践し尽くした人だけが持つ説得力が、この斎藤秀三郎の指導の言葉には感じられます。

そしてそうなってくると、なぜ英語をマスターしたいのかという「志」がどれだけのものかが問われてきそうにも思えます。

それは次の問題として、今日は、まず努力の重要性をしっかりと腑に落とすのが英語習得のための出発点であるということを、ひたすら心に刻みこむことができた気が私はするのです。
 

『英語界の巨人・斎藤秀三郎が伝授する 英語達人への道』大川隆法著


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「集団的自衛権」って、閣議決定されたとか何とか言ってて、反対してる人もたくさんいて、何がなんだか分からないよね。なんでそんなのが必要なの?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『「集団的自衛権」はなぜ必要なのか』(幸福実現党刊)のまえがきで、次のように説いておられます。

 安倍首相主導で、集団的自衛権の行使が、閣議決定で解釈改憲されたとかで、国会も騒がしいし、平和勢力を名乗る左翼グループの政治活動も活発化してきている。
 しかし、そもそも日米安保が軍事同盟的性質を持っているのは明らかなので、アメリカが一方的に日本を守るだけという「片務性」がここまで長く引きずられたのは不思議である。互いに助け合う「双務性」がなければ、軍事同盟としては有効に機能しない。マッカーサーGHQ(占領軍)が、「日本人の精神年齢は十二歳」と言って保護していたレベルと同じで、七十年近く経って、まだ精神的に成長しきれないのは情けないことだ。
 国会はまるで裁判所のようで、細かい8つのケースとか、武力行使の新3要件(‘本や密接な関係にある他国への武力攻撃が発生して国民の権利が根底から覆される明白な危険がある国の存立を全うし国民を守るために他に手段がないI要最小限の実力行使)などについて、審議を続けている。議論が細かくなればなるほど国民には判りにくくなるにもかかわらずだ。
 私は本書で、グローバルなリーガルマインド(法律的思考)や政治哲学を一般国民にわかるレベルで説いた。
 日本に集団的自衛権が必要なのは、先進国としてG7の有力国であるにもかかわらず、国連憲章にいう集団的自衛権の行使の権利(及び義務)から逃げ、かつ、防衛力が弱体だからである。
 換言すれば、国際情勢の変化にもかかわらず、改憲する勇気もなく、イノベーションへの国家の気概がないからである。
 日本よ、早く「半主権国家」を卒業し、「主権国家」へと脱皮せよ。占領軍に英文で下賜された現行憲法をいつまでも国教とするなかれ。日本人よ、考える力を持て。前例主義で思考停止するのはもう終わりだ。
 安倍政権は次の総選挙で必ず憲法九条改正を掲げるべし。その勇気と気概がなければ、「武士道国家」としての恥を知るべきである。
(3〜5ページ)

日本に集団的自衛権が必要なのは、国際情勢の変化にもかかわらず、改憲する勇気もなく、イノベーションへの国家の気概がないからである。

日本は、早く「半主権国家」を卒業し、「主権国家」へと脱皮しなくてはならない。

安倍政権は、次の総選挙で憲法九条改正を掲げる勇気と気概がなければ、「武士道国家」としての恥を知るべきである――。

厳しい言葉が並ぶまえがきです。

要は、大川隆法先生は、本書一冊を使って、「集団的自衛権」が必要であること、その理由は何かを、一般国民の誰もがわかるように、明確に説いておられるわけです。

そして、「集団的自衛権」の行使を可能にしたことで満足することなく、さらに大きく歩みを進めて、逃げずに憲法9条改正を掲げよと、安倍政権を叱咤激励しておられます。

人気が上がるか下がるかとか、票になるかどうかなどに一切頓着せず、大川隆法先生は、国家運営のあるべき姿をハッキリと打ち出しておられるわけで、これこそがまさに、「国師」としての行動と発言であると私は思うのです。
 

『「集団的自衛権」はなぜ必要なのか』大川隆法著


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アニメの巨匠・宮崎駿って、引退したって言うけど、すごかったよね。なんで毎回毎回、あんなにヒットする作品ばかり創れたのかね? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『「宮崎駿アニメ映画」創作の真相に迫る』(幸福の科学出版)で、その宮崎駿監督の守護霊の言葉(「霊言」)を、インタビューの形で次のように伝えておられます。

竹内 実際、宮崎駿監督が、創作のいちばん肝になるところを描いているとき、あの沈黙のなかで、何が行われているのですか。

宮崎駿守護霊 まあ、でも、やっぱり、基本のテーマはあるよ。何か、基本のテーマはあるのと、あと、観る側をいつも意識しているからさ。
 「今は、もう大きくなったけど、昔は、夏休みになると、孫娘たちがおじいちゃんのところに遊びに来ていて、そのときに、『こういうのを見せたいな』とだいたい思いつく」っていうようなものを想像することのほうが多かったな。
 だから、孫に見せたいようなアニメを、よくつくってきたよ。
 これが、さっき言ってた、例の「不思議の国のアリス」か? あれを書いたのは、数学者なんだよな。確か、イギリスのオックスフォードの数学の先生が、夏休みだかなんかに、小さい女の子に物語をつくって、語って聞かせたものなんだよ。それがあんな話になって、まことに不思議な話が出来上がっているんだけども、まあ、ちょっとそんな感じで、「孫娘に見せたい」というようなインスピレーションが湧いてくるわけだ。
 例えば、山小屋とか、ログハウスとか、あるいは、山のホテルとかに行ったときに思いつくのさ。
 まあ、今回の映画にもあったと思うけど、ああいう軽井沢のホテルみたいなところに、家族と小さい子を連れていって、一緒に遊んだり、一夏を過ごしたりしてる間に、やっぱり、「ああ、こんなのをやったら面白いだろうなあ」というようなのが出てくるんだよ。
 だから、昔は、十歳か十一歳ぐらいの女の子を主役にしたのが多かっただろう?

武田 そうですね。

宮崎駿守護霊 「こういうのを経験させてやったら面白いだろうなあ」というインスピレーションはあったね。「観る人の視点」というかな。(中略)

竹内 意外と、マーケティングをしながらシナリオを考えておられるのですね。私は、もっとインスピレーションのみで書かれているのかと思っていたのですが、意外に、観る層のことを考えながら……。

宮崎駿守護霊 そう。観る層を考えないのなら、映画はつくれない。
(62〜65ページ)

基本のテーマはある。

観る側をいつも意識していて、「観る人の視点」でインスピレーションはあった。

観る層を考えないのなら、映画はつくれない――。

本書の中でも短いやりとりの部分ですが、でも、宮崎駿監督の創作の秘密にけっこう迫った、とても大事な発言の部分ではないでしょうか。

宮崎駿監督の守護霊は、けっこう饒舌にさまざまな考えや見方を語ります。それがどの程度、肉体を持った宮崎駿監督の考えと一致しているのかというあたりも含めて、興味は尽きません。

いろんな分野で創作に携わっている方は多いと思いますが、この夏、じっくりと読み込むに値する一冊でないかと私は思うのです。
 

『「宮崎駿アニメ映画」創作の真相に迫る』大川隆法著


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「ひらめき」って、創造するために一番大事なものだと思うんだけど、簡単にひらめいちゃうようなうまい方法、ないのかね? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『創造の法』(幸福の科学出版)で、こう説いておられます。

 「創造的に生きる」というと、湯川秀樹のような天才型の人を思い浮かべがちですが、単なるひらめきやインスピレーションだけで、誰もができないような創造的なことをスパッとできるでしょうか。
 そういうことも、たまにはあって、まったくないわけではありません。しかし、たいていの場合は、そうではありません。
 ひらめきは、汗をかき、うまずたゆまず努力しているなかに、突如として出てくるものなのです。努力することを軽視し、ひらめきやインスピレーションだけをもらおうとしても、それを得ることはできません。
 私は、インスピレーション体質であり、霊示をとてもよく受ける体質ですが、それに頼ろうという気持ちは非常に少ないのです。それは、『青春の原点』(幸福の科学出版刊)などでも述べているように、自助努力の気持ちが非常に強いからです。「自分の足で立とう。自分で努力して道を拓いてこそ本物だ」という気持ちを強く強く持っています。
 やはり、自力というものを基本に据えたなかで、他力のインスピレーションは降りてくるのです。
 インスピレーションの本質は、ほとんどの場合、守護・指導霊による導きです。
 彼らは、物事の先が見えたり結論が見えたりすることがありますが、この世の人間の努力、修行というものを非常に大事にしています。
 この世の人間が、けなげに努力していると、彼らは、良いアドバイスをしてくれます。ところが、この世の人間を見ていて、「怠けているな。堕落しているな」「慢心しているな。うぬぼれているな」などと思ったら、「分かるときが来たら分かるので、それまでは放っておこう」と考えて、知らん顔をし、その人が痛い目に遭うまで放っておきます。
 したがって、痛い目に何回も遭っている人は、おそらく、守護霊から、「この人は駄目だ」と見られていると思います。「自分で『冷暖自知』をせよ。冷たいか暖かいかは自分で感じ取れ」ということを教えられているのです。そのように考えなければいけません。
(20〜22ページ)

ひらめきは、うまずたゆまず努力しているなかに、突如として出てくるものであって、努力を軽視して、ひらめきやインスピレーションだけをもらおうとしても、得られないものである。

インスピレーションの本質は、ほとんどの場合、守護・指導霊による導きであるが、彼らは、この世の人間の努力、修行というものを非常に大事にしている。

痛い目に何回も遭っている人は、おそらく、守護霊から、「冷たいか暖かいかは自分で感じ取れ」ということを教えられていると考えなければいけない――。

ここで「ひらめき」というのは、「インスピレーション」と同じ意味で用いられていると思います。

その本質が、「守護・指導霊」(必ず誰にも一人ついてくれている守護霊と、職業によってついてくれていることもある指導霊)による霊的な導きであるというのが、今日のお教えの最初の核の部分だと思います。

とすれば、守護・指導霊は、あの世からこの世にわざわざ修行に出て来ている私たち肉体人間を守護・指導する役割を持った霊ですから、この世の人間の努力や修行をとても大事にするのは、考えてみると当たり前のことです。

つまり、守護・指導霊は、まったく努力しない人にインスピレーションを与えたりはしないものだという二つ目の核の部分のお教えも、よくよく考えてみると、とても分かりやすい話ではないでしょうか。

要は、手っとり早く創造してみたいと思ってもダメなんであって、まずは地道な「努力」の継続だ、ということではあるわけで、いやあ、また明日からもがんばろうと改めて私は思うのです。
 

『創造の法』大川隆法著


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ねえ、また今週も、週刊新潮って、幸福の科学の記事を書いたんだってね。なんで、しつこく大川隆法先生の「霊言」がウソみたいな与太話を、いつまでも書くのかね? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『「仏説・降魔経」現象編――「新潮の悪魔」をパトリオットする』(幸福の科学出版)で、「週刊新潮の悪魔」と自称する斎藤十一の霊を呼び出して、次のようにインタビューアとの対話を紹介しておられます。

齋藤十一 (質問者に)ちょっと、ちょっと、逆に、質問させてくれ。なんで、あれだけたくさんの霊人を呼べるんだ?
里村 それが能力ですよ。
齋藤十一 いや、ありえない!
小林 いやいや。それが、「仏陀の証明」なんです。
齋藤十一 ありえない。普通は……。
小林 もう少し、仏教などの宗教を勉強してください。
齋藤十一 何か縁がある人や、会ったことがある人なら分かるよ。それは、うちでもやれる。だけど、おまえたちのところは、とんでもない偉い方から、(ビート)たけしみたいな、この世的な人間(守護霊)まで、誰でも引っ張ってこれる(『ビートたけしが幸福実現党に挑戦状』〔幸福実現党刊〕参照)。それって、なんなんだ! ?
小林 それは、「天人師(如来の称号の一つ)」だからです。地上の人間も、天上界や地獄界の、いろいろな霊存在も、全部、呼んでこられる権威があるんですよ。
齋藤十一 そんなこと、誰が信じるか。
小林 現に、“召喚状”が出て、あなたは頭をつかまれ、ここまで連れてこられたわけでしょう?
齋藤十一 ん?
小林 あなたは、ここに来ることに抗えなかったわけでしょう?
齋藤十一 いや、俺は来たくなかったんだけど、いきなり連れてこられた。つまり、“拉致”されたんだ。おまえたち、犯罪者か!
小林 (苦笑)いやいや。「拉致」と見るか、「召喚」と見るかは別として……。(中略)あなたも、ここには来ざるをえなかった。これが、「仏の権威」というものなんですよ。
齋藤十一 何が権威だよ。
 とにかく、権威か何か知らないけど、確かに、正直に言うと、不思議なのは不思議なんだ。なんで、あんなに、いろんな人間を、たくさん同時に連続して呼んでこれるのか。そして、なんで、本心を言っちゃうのか(注。公開霊言シリーズでは、三年半で約二百冊を刊行し、登場する霊人は二百数十人に上っている)。(中略)
 でも、幸いなことに、ほとんどの人は信じてないから、いいけどね。これを、多くの人が信じるようになってきたら、大変なことになるじゃないか!
小林 (笑)(会場笑)
里村 大変なことが、今、起きてきているんですよ。
齋藤十一 大変な営業妨害だ!(中略)うちらは、地上で、記者が汗水垂らして取材して、記事を書いてるのに、おまえたちは、こんな涼しいところで、パーンッて呼んできて、パーンッて(会場笑)、一週間ぐらいで本ができちゃう。なんだ! もう、そんなの許せないよ! そんな卑怯な方法は許せない。
(116〜121ページ)

なぜ、あれだけたくさんの霊人を連続して呼べるのか、その霊人がなぜ本心を言ってしまうのかが分からないし、信じられない。

実際に自分も、(この公開霊言の場に)召喚され、来たくなかったのにいきなり連れてこられた。

これを多くの人が信じるようになってきたら、(週刊誌にとって)大変な営業妨害になる。そんなのは許せない――!

斎藤十一という人は、週刊新潮の創刊に携わって、死の直前まで週刊新潮を取り仕切っていたと言われる、有名編集者です。

その人の霊が、死後も新潮社に巣くって、週刊新潮を霊的に指導する「新潮の悪魔」だと称して、大川隆法先生のもとに現われ、邪魔してくることから、この公開霊言は収録されることになったことが、本書の冒頭で紹介されています(18ページ)。

たしかに週刊誌の立場からすれば、もう250冊を超えたという大川隆法先生の「霊言集」の大量刊行は、許し難いものなのでしょう。

しかし、自らが大川隆法先生に召喚されて「霊言」をしながら、大川隆法先生の霊言を何とか否定しようとしている、この斎藤十一の霊の発言(「霊言」)は、自己矛盾に満ちていて、とてもこっけいに感じます。

週刊新潮は、この公開霊言の発刊から1年が経過しても、まだつまらない誹謗中傷記事を出しているわけですが、「事実は事実、真実は真実」という仏言の重さを、そろそろ認識すべきときが来ているのではないかと私は思うのです。

『「仏説・降魔経」現象編――「新潮の悪魔」をパトリオットする』大川隆法著


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なんだか、がんばっちゃうとつらい思いするじゃない。それより、何もしないで一日ボーッとすごすほうがいいと思わない? なーんてこと考える人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『不動心』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 この節の最後において、特に強調しておきたいのは、「学ぶ姿勢において、もっともっと貪欲であれ」「一日にどれだけ学びえたかを誇るようなあなたであれ」ということです。
 日記をつけることはけっこうですが、単に事実を書きとめるだけの日記であってはなりません。その日、自分が何を学んだかが大切なのです。
 何もしないで一日を過ごすよりは、苦しみでも悩みでも積極的に受け止めたほうが、魂にとっては、むしろ糧となります。魂の糧という観点から見たときには、人生に無駄なものは何もないと言えるのです。
(49〜50ページ)

学ぶ姿勢において、もっともっと貪欲であれ。

一日にどれだけ学びえたかを誇るようなあなたであれ。

魂の糧という観点から見たとき、人生に無駄なものは何もない――。

今日、ご紹介したのは、「学び」に関するお教えの続きの部分です。

大川隆法先生の人生論に関するお教えは、まさに箴言の宝庫であることを確認できた気が私はするのです。
 

『不動心』大川隆法著


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参謀って、どんなことする人なの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『真の参謀の条件――天才軍師・張良の霊言』(幸福の科学出版)で、漢の高祖・劉邦の軍師として高名な張良の言葉(「霊言」)を、次のように紹介しておられます。

 まあ、事業と言ってもねえ、基本的に、「判断の積み重ね」なんですよ。
 毎年毎年、あるいは毎月、あるいは毎週、毎日、判断することがあるわけですね。その判断の積み重ねにおいて、正しい判断をしておれば、成功が続いていって、大きくなっていくんです。
 それから、正しい判断と間違っている判断とが半々ぐらいになってくると、拮抗してきて、規模がそれ以上に行かなくなるんですね。
 そして、間違った判断が多ければ、規模が縮小していって、倒産とか、失敗とかいうようなことになるわけですね。
 だから、やはり、基本的には、トップが判断を下すに当たって、それについて意見を言う人、献策する人が大事です。
 だけども、世界企業でも何でもいいですが、そういうものを一人でつくったりするような人には、独裁者タイプが基本的には多うございますから、だいたい人の意見は聞かないし、自分の能力を過信していて、自分の判断で全部ガーッとやっていこうとしていきます。
 もちろん、ある程度までは、それでも行きますけれども、“軍”が大きくなるというか、“部隊”が大きくなってくると、やはり、目が行き届かなくなるので、そうした参謀役、アドバイザー、コンサルタントのような人がいなければ、間違いを犯し、間違った判断をすることはあります。あらゆるものについて、専門家になることはできないのでね。
 だから、参謀も一人だけとは限らないわけで、当然、何人かいてもいいわけです。まあ、三人や四人ぐらいいたほうが、いいことはいいんですけどね。
 そういう意味で、大事な判断のときに、的確な事例を挙げて、前例とか、過去のいろんな事例とか、考え方とかを提示し、「そういうときには、こういう考え方がある。こういう言葉がある」というように戦い方を教えたり、あるいは、「兵法としては、こういう戦い方がある」というようなことを教えたりする。
 要するに、智慧を提示することで、大将が判断を間違わないようにするわけです。(中略)
 すでに過去に起きた事件や同じような事案で前例があるような場合でしたら、兵法としては、ある程度、固まっているものはありますからね。そういうもので使えるものがあれば使うし、それを知っている人と知っていない人の差は大きいわねえ。
 これは、将棋や碁でもそうだろうけれども、定跡(定石)というか、戦い方のルールがあるので、例えば、そのルールを百ぐらい覚えている人と、まったく知らない人とでは、戦っても、勝ち負けが、もうはっきりしているところがありますよ。
 つまり、(参謀は)そういう「人間ルールブック」みたいな人だわね。
 あとは、「天性のひらめき」が、多少、要るわね。
(46〜49ページ)

事業と言っても「判断の積み重ね」であるから、トップが判断を下すに当たって、意見を言う人、献策する人が大事である。

大事な判断のときに、的確な事例を挙げて、前例とか考え方などを提示し、戦い方を教えたり、あるいは、兵法の智慧を提示することで、大将が判断を間違わないようにする。

つまり、参謀は「人間ルールブック」みたいな人であるとともに、「天性のひらめき」を多少もっている人である――。

ここで、張良の霊が“ルールブック”と言っているのは、規則のことではなく、公式とか解法とかいった意味での“ルール”の話ですから、むしろ「定石集」のことだと理解すれば、話がよりよく分かるように思います。

もちろん、自分は大将でなきゃ、という人もおいででしょうけれども、でも、この「参謀」という立場も、けっこう魅力的な仕事ではないでしょうか。

自分はむしろこっちじゃないかという気がする方。ぜひ本書を手にとって、歴史に名を残す天才軍師の言葉をじっくりと味わってみることをお勧めしたいと私は思うのです。
 

『真の参謀の条件』大川隆法著


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政治が目指すべきは、やっぱし、弱者救済、じゃないの? なーんてこと考えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『父と娘のハッピー対談 未来をひらく教育論』(幸福の科学出版)で、長女の大川咲也加さんと対談して、次のように説いておられます。

 やはり、教育のところは立て直しが必要だね。学校の先生がたが勉強したもののなかに、偏りがあったのだろうと思う。
 私が学んだ東京大学法学部の憲法学の教授も左翼だった。当時は、成田空港反対闘争の時代だったのだけど、国立大学の公務員の教授が、「成田空港の建設計画は絶対に潰すべきだ。一坪地主が頑張っている。彼らのためにもつくるべきではない」などと言っていた。
 そうは言っても、国際空港ができたら、いろんな人が海外に行けるようになるし、千葉県の発展にもなるし、受ける便益は大きい。なんか、大と小を取り違えている感じ。頭がいい人のはずが、何だか頭が悪いような変な感じを受けた。
 日本には原則として、全員の合意を取ろうとする傾向があるのかもしれないけど、政治はやはり、「最大多数の最大幸福」を目指さなければいけない。全員の幸福を目指すことは理想のようには見えるけれども、一人でも反対する人がいたら、結局、何もしないことになるのでね。
 世の中には一定の比率で不満分子や変わった考え方の人はいるので、全員が全員、納得はしないだろう。だから、ある程度のところで見切らなければいけない。実際、成田闘争のために、空港の開港が十年近く遅れて、その分、発展も遅れたからね。(中略)
 あと、私の学生時代は、旧国鉄(現JR)がストライキばかりしていて、ずいぶんと不便をした。車両に、「断固粉砕」とか、「ベースアップしろ」と書いてやっていたけれど、何か労働倫理に反しているような感じはあったね。公共の交通機関の使命を自ら捨てているようなところがあって、これで成功するわけはない、という感じはあった。
 本来は、左翼のなかにも、「弱い人や少数派の人を助ける」という救済の思想があって、宗教的なものも一部入っていると考えられる。それは悪いことではないのだけど、「全体に広げると悪になる」という傾向があることも知らなくてはいけない。このへんは、バランスを取るのが非常に難しいところだね。(中略)
 中道が大事だし、できたら、複数の視点を持つことだね。その意味では、海外体験なども非常に重要なのではないかな。
(50〜53ページ)

政治はやはり、「最大多数の最大幸福」を目指さなければいけない。

一定の比率で不満分子や変わった考え方の人はいるので、全員が全員、納得はしないから、ある程度のところで見切らないと、一人でも反対する人がいることで、結局、何もしないことになる。

弱い人や少数派の人を助けるという救済の思想は悪いことではないが、それを全体に広げると悪になる傾向があることも知らなくてはいけない――。

その絶妙なバランスこそが、政治にかかわる要諦の部分であるように感じます。

なんでも反対を唱えていればいい野党の立場でものを考えるのではなく、国家運営に責任をもつ立場でものを考えようとすれば、このバランスをとることはそう簡単なことではないことが、ひしひしと感じられます。

今日の大川隆法先生は、とてもとても大事なお教えを、さりげなく語っておられるのではないかと私は思うのです。
 

『未来をひらく教育論』大川隆法著


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日本って、先進国なんだから、世界的に見た情報のレベルって、アメリカとかに並んで、やっぱり最高だよね? なーんてこと考えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『H・G・ウェルズの未来社会透視リーディング』(幸福の科学出版)で、あの有名SF作家のH・G・ウェルズの霊の言葉(「霊言」)を、インタビュー形式で、次のように紹介しておられます。

H・G・ウェルズ 君らは、科学のレベルでは、もう“原始人”なのよ。
斎藤 え?“原始人”?
H・G・ウェルズ うん。もう、日本だけ特別に後れているからね。
斎藤 「日本が」ですか。
H・G・ウェルズ うん、うん。(中略)特別に後れているのよ。もう本当に、情報鎖国しているのよ。北朝鮮みたいな国なのよ。
斎藤 (笑)そんなバカな……。
H・G・ウェルズ 本当にそうなのよ。まったく知らない。(中略)宇宙人情報なんて、とっくの昔からたくさんあるのに、日本は、それを全部封印してきたんです。日本では、そういうことを言う人を、みんな“精神病”にしてしまうのでね。
 この日本のなかに、そういう唯物論の思想が入っているのよ。つまり、今、思想的に見て、半分はすでに中国系の植民地化をされているんですよ。だから、ろくに研究していないの。ろくな研究をしていないので、そうとう後れていますよね。
 (日本では)難しいですね。サイエンス・フィクションみたいなエンターテイメントのかたちで、みんなに広めて“地ならし”をしなければいけないレベルですから。
 まあ、はっきり言って、五十年後れているわな。(中略)
近藤 今後、日本においても、そうした宇宙人の技術を、もっと発達させる必要があるかと思うのですが、そのためには、宇宙人との交流によって、UFO技術を頂いたりとか……。
H・G・ウェルズ まあ、あの世を信じないぐらいのレベルでは無理ですわ。それは無理だと思います。
 「あの世」だの「霊」だのを信じない人が、全体の三分の二なんでしょう?それが、さらに、「宇宙人との交流物語」ですか、「宇宙人が地球を支配しにくる」とか、「宇宙人と交流する」とか、「宇宙人がどこの国を味方する」とか、日本でそんな話をしたら、精神病院に入れられるでしょう。受験で最高の偏差値を取って医学部に行った秀才たちが、そういう人たちをみんな、精神科病棟に隔離する世界ですのでね。
 私たちの世界から見れば、ある意味、日本のみなさんは、ナチスに支配されているのとほとんど一緒の状況なんですよ。もう、真実を語れば、全員、“ゲットー”(強制収容所)に入れられて、隔離されてしまう世界ですのでね。
 大川隆法師は、実に、よく頑張っていますよ。このキチガイじみた世界のなかで、よく健闘をし、いまだ健在であることを、私は感動の思いを持って見ていますよ。
 そういう教えを、サイエンス・フィクションとして説くなら、まあ、いいだろうと思いますけど、「事実」として平気で言っています。よく、病院に連れていかれないで済んでいますよね。頑張っています。まあ、弟子も、その分、頑張ってはいる。それは認める。 けれども、日本人全体が狂っていることについては、変えられていない。
(135〜143ページ)

日本人は、科学のレベルでは“原始人”であって、はっきり言えば50年遅れている。

宇宙人情報なんて昔からたくさんあるのに、日本ではそれを全部封印し、そういうことを言う人を“精神病”にしてしまっている。

「あの世」や「霊」を信じない人が全体の3分の2もいると、宇宙人の話をするのは無理のはずなのに、大川隆法師はこれを「事実」と言って実によく頑張っているが、日本人全体が狂っていることについては、変えれていない――。

H・G・ウェルズの霊言を読むと、天上界から見た日本という国の異常な状況が、じつによく分かるように思います。

「日本の常識は世界の非常識」という名言は、評論家の竹村健一さんの言葉だったと思いますが、まさにそれを絵に描いたような状況が、宇宙人情報に関してはあるわけです。

そして、このブログでも淡々とご紹介してきたとおり、大川隆法先生のお教えには、驚くべき宇宙人情報が満載されているのは、誰も否定できない事実だと思います。

そのお教えの凄さについては、これを機に改めて思い起こす必要があると私は心の底より思うのです。
 

『H・G・ウェルズの未来社会透視リーディング』大川隆法著


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アベノミクスって、安倍首相の経済政策なんでしょ。成功してるのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『忍耐の時代の経営戦略』――企業の命運を握る3つの成長戦略(幸福の科学出版)で、次のように説いておられます。

 一年余りのアベノミクスの成果ですが、私の判定では残念ながら五十点も出ていません。はっきり言えば、「成功はしなかった」ということです。「失敗した」と言えば、言い方が悪いかもしれませんが、「成功はしていない」というのが私の判定です。
 つまり、もう一歩で成功するところだったわけです。たとえて言えば、ノックをしたら、もう少しで小屋のドアが開いてヒツジさんが出てきたのに、オオカミが、自分から長い鼻や大きな口を見せてしまったような感じでしょうか。
 あるいは、「おばあさんですよ」と言ったのに、オオカミの足が下からのぞいて、爪が見えてしまったというようなものかもしれません。(中略)
 確かに、「出だし」はよかったのです。
 幸福の科学の教えにあるように、まずは、何事も「思い」から出発するので、ある程度、「こういう思いを持っている」とか、「こういう願いを持っている」とかいうのがあった上で、それを実現しようとする方向に世界は動いていきます。
 その「思い」を成功させる方向で、人や物、情報など、いろいろな要素が協力するかたちで集まってくると、だんだんに実現していきますし、さらに、そのステージが上がるたびに精度を増すべくイノベーションをかけていけば、進んでいくわけです。
 ただし、智慧の介在は、当然必要になるでしょう。
 安倍政権については、その発足時にあった「景気をよくしたい」「経済を回復して、『ジャパン・イズ・バック』としたい」という思いはよかったため、その思いに反応して、首相就任以前から株価の上昇が始まっていました。一年の成果としては、日経平均が、ここ数年では、最低で七千円台ぐらいまで行ったところから、二〇一三年は、一万六千円台で終わったわけです。倍ぐらいの上がり方をしたことからすると、「思い」が当たった面があるのではないでしょうか。(中略)
 ただ、実態はよく見なければいけないでしょう。まだ、ムードの部分だけで止まっているところがあり、そうした掛け声を何度か聞いているうちに、「景気がよくなった」と思っているのですが、残念ながら、期待できたのは去年(二〇一三年)の夏ぐらいまでです。消費税増税の導入を決めた秋のあたりから、「オオカミさんの白い足の正体がバレて爪が見え、一呑みにできるような大きな口を開けたら牙が覗いた」というようなところがあります。
 やはり、「本当の意味で、企業の景気をよくして、日本経済を成長させ、日本自体の体力をつける。そうしたなかで、当然ながら税収も伴ってくるのだ」という考え方を取るのか、「財政再建のほうが先で、とにかく政府を潰れないようにすることが大切なのだ」という考え方を取るのか。基本的に、こうした二通りの考え方が戦っているのです。
(17〜23ページ)

景気をよくして日本経済を成長させるなかで税収も伴ってくるという考え方と、財政再建が先だという考え方のどちらを取るのかが戦っている。

安倍政権発足時の景気をよくしたい等の思いはよかったことで株価が上昇し、もう一歩で成功するところだったが、期待できたのは2013年夏ぐらいまでである。

費税増税の導入を決めた秋あたりから正体はバレており、アベノミクスは成功はしていないと判定する――。

本書は、とても高額の書籍となっていて、あえて、誰もが気軽に手に取ることができないように設定されているようです。

それは、やはり大川隆法先生が説かれる経済分析や経営戦略の価値が、経営に携わる方々にとって、極めて経済的価値が高いから、ではないでしょうか。

そう考えたときに、このブログの記事で、本書の本当のキモの部分を安易にご紹介してしまってよいものかと躊躇しつつ、今日は、さわりの部分だけをほんの少し、ご紹介してみました。

本気で、「企業の命運」に責任を負っている方は、ぜひ、こういう断片的な形ではなく、本書そのものを手にとって、その教えに触れることで、この「忍耐の時代」を生き延びて行っていただきたいものだと私は思うのです。
 

『忍耐の時代の経営戦略』大川隆法著


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NHKの大河ドラマ「軍師官兵衛」、そろそろ佳境だよね。主役の岡田准一って、どうなのかね? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『人間力の鍛え方』――俳優・岡田准一の守護霊インタビュー(幸福の科学出版)のまえがきで、次のように説いておられます。

 人間はなかなかその内なるものを隠すことができない。内面の力は必ず外に出てくるものである。その意味で、俳優も、セリフ以外に無言で何かを伝えてくるオーラのようなものがある。
 俳優・岡田准一さんは、今、人気急上昇株の一人であるが、その表情一つとっても、肉体を厳しく鍛え抜いていく過程に生まれる精神美が宿っている。
 折目正しく、努力家でもある人なので、まだまだ重要な役柄をこなして、日本人に新しい武士道精神を伝えてくれそうに感じる。今どき珍しい好男子であるし、仏教的精神も磨き出せたら、もっともっと神秘的な俳優になっていくことだろう。
 「人間力の鍛え方」を、自らの後ろ姿で、日本や世界の人々に伝えていける人に成長していってほしいと願っている。
(1〜2ページ)

内面の力は必ず外に出てくるが、その表情には、精神美が宿っている。

日本人に新しい武士道精神を伝えてくれそうに感じるし、仏教的精神も磨き出せたら、もっともっと神秘的な俳優になっていく。

「人間力の鍛え方」を伝えていける人に成長していってほしい――。

これは明らかに、俳優・岡田准一を、絶賛といってもいいくらい高く評価しておられる「まえがき」ではないでしょうか。

なんだか凄い、という言葉しか思い浮かびません。

一人の俳優に対して、こんな見方ができることを学んでしまうと、映画やドラマの見方もガラッと変わってしまう気がします。

本書を読み込んで、岡田准一の内面の力の秘密をしっかりと見つけ出してから、また大河ドラマも鑑賞したいものだと私は思うのです。
 

『人間力の鍛え方』――俳優・岡田准一の守護霊インタビュー大川隆法著


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