ゆーぱの部屋 〜幸福の科学の教えから〜
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



21世紀の日本がしなきゃいけないことって、何なんだろうね。やっぱり財政再建のための増税なのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『「正しき心の探究」の大切さ』(幸福の科学出版)のまえがきとあとがきで、次のように説いておられます。

 二十一世紀以降の課題、重要なテーマの一つとしては、「大きな戦争の可能性」というものがあります。
 今、唯物論の最後の超大国・中国が、十三億の人口を抱えて、軍事を強化しており、核ミサイルを持ち、原子力潜水艦を持ち、空母部隊も持とうとしているわけです。
 つまり、今から六十年以上前に、日本がやったことを、これから、もう一回やろうとしているのです。
 中国は、アジアの覇権を目指しています。このまま行くとすれば、予想では、幸福の科学が「ゴールデン・エイジがやって来る」と言っている二〇二〇年前後あたりが、中国の覇権戦争が始まるころになるはずです。彼らが、アメリカを侮って、戦争を始めるのは、このころでしょう。(中略)
 したがって、それに備えなければいけません。
 方法はあります。それは、「政治のレベルで、毅然とした国家をつくっておく」ということです。
 一九八〇年代より、天上界からは、「憲法を改正せよ」という霊示が何度も何度も降りています。そして、その方向に動いていますが、これは、やるべきです。
 もちろん、日本が侵略国家になったり、侵略的な軍隊をつくったりする必要はなく、そんな意図もありません。しかし、「防衛的な戦いがきちんとできる姿勢および体制は、整えるべきである」と考えています。これは仏の言葉です。
 要するに、「侵略国家としての日本になれ」ということとは違うのですが、「国民を守れるだけの国家には、きちんとなりなさい。毅然とした国家になりなさい。悪を犯させないだけの力を持ちなさい。警察は必要でしょう」ということなのです。
 警察がなかったら、喜ぶのは犯罪人です。同じように、悪いことを考えている国があるならば、その悪を犯させないようにしなければいけません。そうした国は幾つかあります。近隣では、北朝鮮と中国にその欲がありますが、そうさせないようにしなければいけません。ここは、「きちんと国を守る」ということを行ったほうがよいのです。
(47〜51ページ)

唯物論の最後の超大国・中国が軍事を強化し、アジアの覇権を目指しており、このままでは2020年前後に中国とアメリカの覇権戦争が始まるから、それに備えなければいけない。

そのためには、政治のレベルで毅然とした国家をつくっておくことが必要であり、天上界から何度も霊示が降りているとおりに、憲法改正はやるべきである。

「防衛的な戦いがきちんとできる姿勢および体制は、整えるべきである」というのが、仏の言葉である――。

大川隆法先生は、宗教家だからと言って、お題目の平和を唱えられるわけではありません。

憲法9条を改正して、防衛的な戦いができる体制を整える必要があると説かれます。

そして、これが「再誕の仏陀(ぶっだ)」、つまり「仏」の言葉であることを明言しておられるわけです。

「仏」にして「国師」である大川隆法先生が、今までの日本のままではいけないこと、今なすべきは国防体制を整えることであることを、これだけ誤解の余地なくハッキリと説いておられるのです。

国政に責任を持った方々は、一人残らずこの「仏の言葉」を真剣に受け止め、国家運営の方向を誤らないようにと心より願わざるを得ないのです。
 

『「正しき心の探究」の大切さ』大川隆法著


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安倍首相って、吉田松陰を尊敬してるって聞くけど、ほんとなのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『吉田松陰は安倍政権をどう見ているか』(幸福の科学出版)で、その松陰先生の霊の言葉(「霊言」)を、次のように紹介しておられます。

 まあ、本物の政治家だったら、それを単なる悪口や批判だと思わずに、「自分たちにとっての愛のムチだ」と理解するだろう。
 安倍首相が、もし、凡愚の宰相でなければ、厳しいことを言われても、きちんと理解するはずです。これだけ言われても、松陰神社にまた参拝できるようであれば、まだ見どころがある。しかし、これだけ言われたら、むくれてしまい、松陰神社に行かなくなるようであれば、凡人だ。
 この人にはそういう傾向があると、すでに言われている。「自分の言うことをきいてくれる人の意見は聞くけれども、きかなくなったらポイと捨てる」と言われているのが、安倍首相の問題点です。これは、ほかの組織に置いてみたら分かるが、人間として見たときに、まあ、残念ながら、「それほど優れた人材ではない」と言わざるをえない。
 (安倍氏が首相になれたのは)「政治家の血統」としてのカリスマ性がそうとう効いている。「天皇家において、その生まれた順序によって、天皇になれるかどうかが決まる」というのと似たような部分が、ある程度働いていると言わざるをえないので、足らざるところはかなりあると思うね。
 だから、もし、親しい関係であるのならば、厳しいことであっても受け入れるぐらいの関係にならなければいけないのではないでしょうか。やはり、「言うべきことは言う」ことが大事だと思います。
 ただ、まあ、一言だけ付け加えれば、民主党政権よりは、ずっといい政権です。
(140〜141ページ)

自分の言うことをきいてくれる人の意見は聞くけれども、きかなくなったらポイと捨てるのが安倍首相の問題点である。

それでは人間として見たときに、それほど優れた人材ではなく、足らざるところはかなりある。

安倍首相が、もし凡愚の宰相でなければ、厳しいことを言われても、きちんと理解するはずであって、これだけ言われたら、むくれてしまい、松陰神社に行かなくなるようであれば、凡人だ――。

本書が刊行されたのは、2013年10月でしたが、本書の特に冒頭あたりでの安倍首相に対する松陰先生の叱責は、ほんとうにほんとうに厳しいものでした。

この叱責を受けて、2013年末のギリギリに安倍首相が靖国神社に参拝したのは、ちょっとした騒ぎになったりしました。

その背景には間違いなく、本書における松陰先生のこの厳しい教えがあったことは、もっと知られるべき話であると私は思うのです。
 

『吉田松陰は安倍政権をどう見ているか』大川隆法著


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勉強しなきゃなんだけど、なっかなか勉強って進まないでしょ。どうしたらいいの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『真のエリートを目指して』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 勉強というのは、マラソンによく似ていて、最初はつらいものですが、やっていくうちに、しだいに慣れてきて、楽しくなってくるような面があります。
 これは、会社などの仕事でも同じであり、「最初の一歩」「最初の一鍬」が、とても難しいのです。
 勉強に取りかかろうと思っても、なかなか最初の一歩を踏み出せずに、先延ばしにしたり、後回しにしたりすることがよくあります。そのように、なかなか勉強に手が出ないでいる人がいるわけです。
 この気持ちに打ち克つには、最初は努力が要りますが、勉強する習慣を少しずつ確立していくことが大事なのです。まず、最初の一歩を踏み出す勇気を持つことが大切です。
 会社の仕事でも、何かをやろうとするとき、最初はとても難しく感じるものです。しかし、「少しだけでも、やってみよう」と思って、最初の一歩を踏み出すと、あとは、わりと楽にできるようになってくることが多いのです。(中略)
 それと、もう一つは、やるべきことを小さく分けていくことが大事です。これを「細分化の原理」といいますが、要するに、やるべき対象を小さく分けていくことで、易しく見えてくることがあるのです。
 あまりに膨大なものは、一度にやろうとしてもできないので、小さく分割していく必要があります。これは、ご飯を小分けにすると食べやすくなるのと同じやり方です。
 そのように、やるべきことを小さくし、勇気を出して、最初の一歩を踏み出すことが、とても大事なのです。
(62〜64ページ)

勉強というのは、最初はつらいが、やっていくうちに、しだいに慣れてきて楽しくなってくる面があるが、「最初の一歩」「最初の一鍬」が、とても難しい。

まず、やるべきことを小さく分けていくことで、易しく見えてくることがある(「細分化の原理」)。

やるべきことを小さくし、勇気を出して最初の一歩を踏み出すことが、とても大事なのである――。

なるほど、なるほど、です。

参考書1冊の勉強を完成しようとすると、こんなの最後まで行き着くのかなとか考えてしまって、ほかの楽しいことに目が行ってしまって、なかなか始められないのが普通の気がします。

でも、これをいつまでにやろうと計画をたてて、毎日どれくらいやればいいかを考えてみると、1日あたりはけっこうたいしたことなくって、「じゃあ」という感じで始められるってことなんだろうと思います。

「じゃあ」って言って、最初の一歩を踏み出すだけの小さな勇気であれば、私にも出せるかも。そんな気がしてきます。

そして、この考え方は、学生・生徒の勉強の場面だけじゃなくって、さまざまな年齢層の方が、さまざまな場面で応用できる考え方なんじゃないでしょうか。

今日のお教え、とっても実戦的でありがたいお教えだなあと深く私は感じているのです。
 



『真のエリートを目指して』大川隆法著


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守護霊って、みんなに一人ついてくれてるんでしょ。そしたら、ジャーナリストの守護霊ってさ、やっぱり取材の手伝いをしたりするのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『WILL花田編集長守護霊による「守護霊とは何か」講義』(幸福の科学出版)で、月刊「WiLL」の花田編集長の守護霊へのインタビューを、次のように紹介しておられます。

綾織 ほほう。ご自身もアプローチをしていくわけですね。

花田紀凱守護霊 そうそう。だから、地上の本人(花田氏)は、(取材対象の)生きてる本人とは話をしようとするけど、もちろん邪魔もいっぱい入るし、秘書だとか、その他、会社の人だとか、いろいろな人がブロックをかけてきて、当然、悪いやつほど会えないようになってる。
 だから、守護霊である私が、直接、入れるところなら入っていって、やっぱり善悪を俺なりの感じで、「これは黒だなあ」とか、「これは深入りすると危ない筋かなあ」とかね。こういう勘は、俺なりに持って(地上の)花田をつつく。(中略)
 それで、「よし、行け!」と「GO!」を言って、本人とパパーンと火花が散るように行ったとき、火打ち石みたいにパパーンと行ったときには、「GO!」でやっちゃうわけね。

綾織 ほほう。では、守護霊さんが、きちんと下準備というか、調査をやって仕事をされる、と。

花田紀凱守護霊 いちおうねえ。(中略)花田のほうが、明確にそれを言葉としては受け取れないだけであって、俺も、いちおう取材対象については、実際に調査に入ってるわけよ。(中略)だから、国税庁の調査と変わらない。
 もう、事前にいろいろ調べて、「人の出入りがこのくらいだから、一日の売り上げはこのくらいで、たぶん年収はこのくらいあるはずだから、脱税予想はこのくらい」みたいにやるじゃないですか。(中略)
 まあ、だいたいねえ?見たら分かるじゃん。一日見てたらだいたい分かるでしょう?そうやって収入まで予測する。
 それと同じようなもので、こちらのジャーナリストの守護霊なるものは、だいたい、「相手の悪質度」とか、「本当は、どの程度の悪を裏でやっているか」とか、このへんのところの勘所?
 それから、「落としどころは、どのへんあたりか」とか、「ここまでやって、ここらへんまでやると、ヤクザをつけて逆襲をかけてくる」とか、そのへんの見極め?
 だから、「逃げるべきポイント」とか、「ここで逃げろ!」とかいうあたりの、その見切りのサインは出すね。
(90〜94ページ)

地上の本人は取材対象と話をしようとしても、邪魔も入るし、いろいろな人がブロックをかけてきて、悪いやつほど会えない。

だから、花田氏の守護霊である私が、直接、入れるところなら入っていく。

「相手の悪質度」とか、「落としどころはどのあたりか」とか、「逃げるべきポイント」とかいうあたりのサインは出す――。

月刊「WILL」の花田編集長は、往年の「週刊文春」の名編集長としても著名な方です。

インタビューアーである月刊「ザ・リバティ」の綾織編集長の聞き方がうまいのもあるんでしょうけど、その花田編集長の守護霊、けっこう饒舌にディープな話をしてしまっている注目の霊言です。

おっとそういえば、その「週刊文春」ですけど、最高裁まで争った裁判で、幸福の科学に対してちょっと聞いたことがないくらいの負け方をしたニュースが流れてます。

この裁判になった記事は、大川隆法先生がすぐさま、『「文春」に未来はあるのか』という単行本まで出して反撃されました。ひどい記事だったんだと思います。

花田編集長の守護霊に学んで、マスコミのみなさんが、自分の守護霊からのサインをしっかりと受け止めれることができるように、少しでも宗教の勉強をしていかれることを私は願うのです。

 

『WILL花田編集長守護霊による「守護霊とは何か」講義』大川隆法著


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大事な判断には、やっぱり時間がかかるよね。どうしたらいいの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『社長学入門』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 それから、この「タイムベース・マネジメント」は、「意思決定の速度を上げる」ということでもあります。
 大きな組織になると、階層が増えるので、どうしても意思決定が遅くなりますし、情報が届くのも遅くなります。これをどうやって崩し、アクセスタイムを短くするかということで、現代の企業はみな苦労しているのです。大きな組織では、アクセスタイムを短くするために、電話、ファックスなど、文明の利器をいろいろと使っているわけです。
 釈迦教団において、釈迦は四十五年間、何をしていたかというと、私がインドを視察して感じたかぎりでは、「大部分の時間は歩いていたのだ」ということが見えるのです。教団の拠点と拠点の間は、二百キロも三百キロも距離があるので、一年のうち、ほとんどは、移動のために歩いていたわけです。「雨安居で、雨宿りをし、“夏休み”を取っていたとき以外は、ほとんど歩いていた」ということです。
 そういう意味では、やはり、生産性は低かったと言わざるをえないのです。
 現代では、その歩いていた部分が、活字になったり、CDやDVDになったり、衛星中継になったりしているので、生産性は上がっているわけです。
 このように、昔に比べて、現代では、人生の長さは同じであっても、使える時間が増えています。無駄なものを排除し、アクセスタイムを短くすることによって、時間を生み出すことができるようになっているのです。
 したがって、新しい企業、ベンチャー企業をはじめとして、現在、急発展中の企業は、どこも、「タイムベース・マネジメント」を使っており、「どうやって速度を上げるか」ということを考えています。(中略)
 さらには、「そもそも、決裁しなくてもよいようにする」という方向に時代は流れてきています。「判子を二十個も三十個も押すようなやり方は、もう時代遅れである。なるべく現場に近いところに判断をさせる」という方向に、流れは来ているのです。
(36〜39ページ)

「タイムベース・マネジメント」は、意思決定の速度を上げるということでもある。

大きな組織になると、階層が増えるので、どうしても意思決定が遅くなり、情報が届くのも遅くなるので、どうやってアクセスタイムを短くするかをみな苦労している。

さらには、なるべく現場に近いところに判断させ、そもそも決裁しなくてもよいようにする方向に時代は流れてきている――。

タイムベース・マネジメント」については、一度ご紹介しました。

昔はもっと時間の流れがゆったりしてたんだろうな、と思うことが多い気がします。

テクノロジーが発達して、たとえばパソコンやスマホなどで簡単に大量の情報が手に入るようになりましたし、飛行機や新幹線など高速交通手段が使えるようになって、全国を移動するのも、昔よりははるかに簡単です。

そうした中で、「タイムベース・マネジメント」をうまくやっていっている人と、そうでない人で、使える時間の増え方がぜんぜん違うのは、当然のことなのかもしれません。

今日は、厳しいビジネス社会に勝ち抜いていくための智慧を、また一つ教えていただいたのだと私は思うのです。
 



『社長学入門』大川隆法著


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「光一元」の教えというのがあって、それが日本神道の教えなんだって聞いてたと思ってたら、最近、いろんなことを語る日本神道系の神さまが、出てきておられるでしょ。ちょっと分かんなくなってるんだけど? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『伊邪那岐・伊邪那美の秘密に迫る――日本神話の神々が語る「古代史の真実」』(幸福の科学出版)で、日本の神話で、国生みをした神様として有名な伊邪那岐命(いざなぎのみこと)の言葉を、次のように伝えておられます。

 「谷口雅春説」によって、光明一元の思想が日本神道の教えであるかのように言われておるが、彼自身は、ちょうど、アメリカで流行っていたところの、「積極思考」や、あるいは、「思いの力で病気が治る思考」等を、英文を読める者として、翻訳して自分の教義に取り入れた。
 つまり、そうした成功思想だな。二十世紀のアメリカの成功思想を翻訳し、導入して、それにフロイトの心理説を掛け合わせて教義をつくったと思われる部分がそうとうあるので、「それ、すなわち日本神道の教え」と言うわけにはいかないと思う。
 というのも、日本神道の教えのなかには、確かに明るい物事の考え方があることは事実ではあるけれども、「禊祓い」という思想もあるように、やはり、「邪を祓う」というのも大切な大切な儀式であり、教義でもある。
 その「邪を祓う」という思想は、実は、あらゆる宗教につきまとっている思想ではあろうと思うが、つまり、邪霊、悪霊の類を追い祓うわけだ。それが、幣を用いて、邪気を祓ったり、あるいは、注連縄を張り巡らせて結界をつくったりする思想と関係があって、これは、日本神道のかなり根本的な部分とかかわっていると思われる。
 すなわち、「聖なる空間をつくり出すために、その地域や、その立場の周りに邪気を寄せ付けないように追い祓う」という思想があったわけであって、これは、必ずしも光明一元の思想とは言えないわけだ。「善悪を峻別する考え方は、はっきりと入っていた」と言わざるをえない。
 だから、日本神道の解釈において、「光明一元」「光一元」と言い切るならば、それは、「新説」と言わざるをえないと思われる。
 むしろ、「邪悪なるものを追い祓う」という面には、古代より、ニーズが非常に大きくあった。キリスト教であればエクソシスト(悪魔祓い師)がそうであろうと思うけれども、庶民のニーズも、ほとんど、そうした死霊の祟りや憑依を追い祓うというところにあり、民族的には、そういう多くの依頼があって、霊力を持つ者への信仰が立っていたと思われる。
 だから、私の「伊邪那岐」という名前も、「邪気を祓う」というところから出ているわけで、「光一元」という考えでも説明できないことはないけれども、むしろ、「闇の部分を取り除く」というところに主眼があったと言えると思います。
(36〜39ページ)

谷口雅春が、光明一元の思想が日本神道の教えであるかのように言っているが、日本神道の教えのなかに明るい考え方があるにしても、邪霊、悪霊の類を追い祓う「邪を祓う」という思想もあって、善悪を峻別する考え方ははっきりと入っていた。

「伊邪那岐(いざなぎ)」という名前も、「邪気を祓う」というところから出ており、むしろ「闇の部分を取り除く」というところに主眼があった。

だから、日本神道の解釈において、「光明一元」「光一元」と言い切るならば、それは新説と言わざるをえない――。

「生長の家」の創始者(開祖)である谷口雅春が説いた「光一元」の教えについては、何度かご紹介したことがありました。

伊邪那岐命は、ここでとても慎重な言い方をしておられますが、でも、日本神道の教えはこれ以外にないというと、ちょっと違うんだ、ということです。

また本書では、谷口雅春がほんとうはどんな方だったのかも明らかになります。

「生長の家」の真実、そして日本神道の真実を知りたい方は、ぜひとも本書を手にとられることをお勧めしたいと私は思うのです。
 

『伊邪那岐・伊邪那美の秘密に迫る』大川隆法著


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「幸福の科学」の教えって、ものすごく広大なものになってるんだと思うけど、これって、学問的として勉強したり分析したりできるようなものなのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『「幸福の科学教学」を学問的に分析する』(幸福の科学出版)のまえがきで、次のように説いておられます。

 「幸福の科学」という宗教は開祖・大川隆法(著者)の大悟からまだ三十四年という比較的若い教団ではあるが、今、実質上、日本の宗教界の主砲であり、かつ、エースでもある。
 海外伝道も盛んで、二十七言語に訳された著作群は、全世界百カ国以上で展開される伝道活動の起爆剤となっており、南米、アジア、アフリカ圏での成長が著しく、欧米でも中核層へと、着々と伝道が進んでいる。特に、インド、ネパール、スリランカなどの仏教国では、総裁の巡錫・講演やテレビ、ラジオ、新聞などでの報道効果もあって、「再誕の仏陀」として知られ、キリスト教が五百年で日本で獲得した信者数を超える信者が誕生している。またフィリピンやブラジルなどのカトリック圏でも、爆発的な伸び方を示している。
 初代で大教団としての形を創り上げた実績は、客観的にも認識されるが、その多様な教えを一冊に凝縮することは、宗教学者にも困難な事業であった。ここに開祖自らがペンをとって、学問的に書き下ろしたことは、未来への大きな一石を投じたことになるだろう。
(3〜4ページ)

「幸福の科学」という宗教は、今、実質上、日本の宗教界の主砲であり、エースでもある。

海外でも、南米(ブラジル)、アジア(特にインド、ネパール、スリランカなどの仏教国、フィリピン)、アフリカ圏での成長が著しい。

その多様な教えを、開祖自らがペンをとって学問的に書き下ろした――。

いやあ、大川隆法先生の著書が何百冊とか言っていた少し前の時期ならいざしらず、1年ごとに100冊も200冊もずんずんずんずん増えていって、いまは1800冊を超えたと言ってるわけで。

それも、宗教方面はもちろん、政治だったり、経済だったり、法律だったり、経営だったり、文学だったり、哲学だったり、神秘学だったり、工学だったり、スポーツだったり、俳優や女優だったりと、考えられないほどのバラエティであるわけです。

そこで説かれた幸福の科学の教義を、どの角度からどうまとめたらいいのかなんて、どんな宗教学者に相談しようとしても、その答えを出すのは、もうぜんぜん無理な話だと思います。

それを「学問的に」分析なんて、そんなことができるのは、もう開祖である大川隆法先生ご自身しかおられないのは間違いないのではないでしょうか。

そんなこんなで、まさに「未来へ投じられた大きな一石」の一冊、お勧めです!
 

『「幸福の科学教学」を学問的に分析する』大川隆法著


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イスラムのテロがいっぱい起きてるけど、パリで新聞社を武装犯が襲撃したテロ事件なんて、イスラム教の開祖のムハンマドは、どう考えてるんだろうね? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『ムハンマドよ、パリは燃えているか。』(幸福の科学出版)のまえがきで、次のように説いておられます。

 過激である。今までに収録したムハンマドの霊言の中では最も過激である。しかし、これも大多数のイスラム教徒の感じているところを本心で述べただけかもしれない。
 文明の衝突には誤解が生じやすい。文化的偏見から相手に対する悪意も生じやすい。
 幸福の科学の立場は、世界史上、大宗教になったところは、ある程度受け容れながらも、異なるところを合理的に理解していこうとアプローチする点にある。
 キリスト教が悪魔の教えでないのと同様、イスラム教も悪魔の教えではない。テロに対する怒りから、パリが憎悪の炎で激しく燃えているのはよく分かるが、ムハンマドのほうも決して「シャルリー・エブド」紙の風刺漫画を許してはいない。こちらも天をも焦がす勢いで怒っている。
 私はイエスの意見も、ムハンマドの意見も聞ける立場にある。本書を一方的な価値判断の押しつけとは思わず、異文化理解への架橋の書だと思ってほしい。
(3〜4ページ)

(本書におけるムハンマドの発言は)過激である。

ムハンマドも、パリの新聞の風刺漫画に対して、天をも焦がす勢いで怒っている。

本書は、異文化理解への架橋の書だと思ってほしい――。

西欧諸国とは異文化を持つイスラム側に立ってみたとき、パリの新聞(「シャルリー・エブド」紙)の風刺漫画が許されるものだったのか、という視点は重要です。

キリスト教の開祖・イエスの意見も、イスラム教の開祖・ムハンマドの意見も、そのどちらも聞けるし、その違いの原因を理解できるのが、幸福の科学の教えなのだということは、こういう研究をしてみたとき、実感として明らかになります。

本書は、イスラム側がいったい何を考えているのかを知りたい方、どうやったらこの二つの文明の対立が解けていくのかのヒントを知りたい方にとって、必読の文献ではないかと私は思うのです。
 

『ムハンマドよ、パリは燃えているか。』大川隆法著


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「智慧の時代」って聞くんだけど、でも、「智慧」って、「情報」とか「知識」と何が違うのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『智慧の法』(幸福の科学出版)で、次のように説いておられます。

たえず目や耳を通じて脳に集まっているもの、
それは『情報』だ。
『情報』は集積することも、
処理することもできる。

『情報』が自分で使えるレベルになったもの、
学力になったり、
仕事で有用になったものを『知識』という。

『知識』は力である。
必要なことを知っており、
必要な時に取り出して使えるようにしておくことは、
現代社会では、
生きてゆくための技術であり、武器でもある。

しかし、もっと大切なものもある。
それが『智慧』である。
『知識』が経験に裏打ちされて、
人生観を高めるレベルにまでなったもの、
悟りのための導きの言葉にまでなったもの、
それが『智慧』である。

『智慧』は、
『知識』を善悪のふるいにかける時に生ずる。
深い内省の時、
瞑想の時に結晶してくるものだ。

それは、
天の一角から降りてくる、
インスピレーション(霊感)にも似たものだ。
(20〜23ページ)

とても美しい詩篇の形で、情報と知識と智慧の違いについて、端的に説いてくださっている一節です。

そして、「智慧」の奥義の部分についても、ではないでしょうか。

本書では、この「智慧」について、全編を費やしてさまざまな角度からやさしく説かれているわけで、いまを生き抜くための叡知が満載です。

まだ手にしていない方、早く手に取られないと乗り遅れてしまいますよ、などと、ちょっと前のめりにお勧めしたくなる一冊であると私は思うのです。
 

『智慧の法』大川隆法著


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福音書を書いたヨハネって、有名だけど、どんな人だったのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『福音書のヨハネ イエスを語る』(幸福の科学出版)のまえがきで、次のように説いておられます。

 イエスが十字架にかかった時に、イエスの母マリアと共に、師の最期を視ていたと思われる「福音書のヨハネ」の霊言である。
 現代ではキリスト教でも実際に奇跡が起きたのかどうか、科学的実証精神とよくぶつかっているようである。それゆえ、イエスの数々の奇跡の話も神話的・象徴的に解釈しているクリスチャンも数多いようである。
 当会でも実際に数多くの奇跡が起きているので、かなりの部分は歴史的事実でもあったろうと思う。
 ただヨハネの福音書の特徴は、「マタイ」「マルコ」「ルカ」などの共観福音書と比べても、言葉が非常に霊的であることだと思う。「私は世の光である」「私は門である」「一粒の麦は……」「私は復活であり、命である」などは、私の海外英語講演でも自然に流れ出してくる言葉である。
 信仰は、証明の問題ではなく、「言葉を信じるかどうか」なのだと思う。
(3〜4ページ)

福音書に書かれたイエスの数々の奇跡の話も、かなりの部分は歴史的事実だったろう。

ヨハネの福音書の特徴は、他の福音書と比べて、言葉が非常に霊的であることだ。

信仰は、証明の問題ではなく、「言葉を信じるかどうか」なのだ――。

イエスという方が実際にはどういう方であったのか。

イエスの最後の言葉の真相。

「言葉」というものの大切な意味、等々。

やはり、生前のイエスの活動を間近で見ていた方だからこそ語られる話が満載です。

このような形でキリスト教の真実が一つ一つ解き明かされて行くことで、世界でいまだに起き続けている宗教紛争の根本原因のところが、ほんの少しずつですが見えて来る気が私はするのです。
 

『福音書のヨハネ イエスを語る』大川隆法著


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活断層の上にある原発って、危険きわまりないのに、なんで即、廃止しないの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『日本の誇りを取り戻す』――国師・大川隆法 街頭演説集2012(幸福実現党刊)で、こう説いておられます。

 さらに、付け加えますけれども、今、地層学者や地震学者みたいな者が、あちこちの原発の下に潜り込んで、「ここは活断層が四十万年前に動いた」とか、「二十万年前に動いた」とか、「五万年前に動いた」とか言って、「即時停止すべきだ」などと言っておるけれども、バカです!
 みなさん、「昔、断層ができた」ということは、「これから動く」ということではないのです。
 断層というものは、どこにでもできるんですよ!
 ここにだって、できるんですよ!
 どこにでも新しい所に断層はできるんですよ。
 大地が引っ張られたら、そこに断層はできるのです。いくらでも新しい断層ができるのです。こんなものを四十万年前まで調べたって、人一人救えませんよ!
 バカなことをするんじゃない。
 なぜ分からない。
(30〜31ページ)

地層学者や地震学者が、あちこちの原発の下に、活断層があるから原発を即時停止すべきだなどと言っているが、バカである。

昔、断層ができたということは、これから動くということではない。

こんなものを四十万年前まで調べたって、人一人救えない――。

前回の続きになりますが、2012年の総選挙の際に、大川隆法先生が行なわれた街頭演説を活字に起こした書籍ですので、激しい表現です。

白紙の目で見たとき、エネルギー自給率がわずか4%の日本において、いま原発を全部いきなり廃止してしまったら、国民の生活はどうなるのかくらい、やはり理性的に理解すべきだと思います。

冷静に考えてみたとき、原発を止めるための理屈として「活断層」なるものが悪用されていることのおかしさを、大川隆法先生は訴えておられるのだと思います。

原発問題」は、感情的に放射能が怖い、というレベルの議論が流行っていますが、もっともっと大きな眼で、そしてリアリスティックな眼で、本当に国民のことを考えるべきではないかと私は思うのです。

『日本の誇りを取り戻す』大川隆法著


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武井咲(えみ)って女優いるでしょ。どうなのよ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『時間よ、止まれ。』――女優・武井咲とその時代(幸福の科学出版)のまえがきで、次のように説いておられます。

 今年最初に出す本が女優・武井咲さんのものになってしまった。これがどういう意味を持つことになるのかはまだ分からない。本書の元になったビデオ映像を観た当会の女優が、最初感動し、その後、悔しくて泣いた、と聞くと、マスター兼グループCEOの私の胸もかすかにゆらめいてくるのが感じられる。
 しかし武井咲さんには、ゲーテの「時間よ、止まれ。」という言葉や、社会現象を分析する社会学者が使うような「女優・武井咲とその時代」という言葉を私から引き出してくる潜在的なポテンシャルを感じている。
 世間では悪女が演じられる女優を高く評価するむきもある。確かに演技としては難度は高かろう。しかし清純派の本格女優で、大作を押し切ってしまえる方が登場したなら、それもまた地上を天国化する大きな力となるのではなかろうか。新しい美の時代の到来を期待する。
(1〜2ページ)

今年最初に出す本が女優・武井咲さんのものになってしまった。

武井咲さんには、潜在的なポテンシャルを感じている。

新しい美の時代の到来を期待する――。

うーん、武井咲さん、ですかぁ、です。

で、とても美しい写真の表紙です。

その守護霊の語る言葉が、感謝や愛や希望に満ちていたりするのも、率直に美しいですし、すごいと思います。

そして、その過去世も、です。

ファンの方はもちろんですが、これまで芸能の世界に興味がなかった方も、この年初、ぜひとも手にとって触れていただきたい一冊であると私は思うのです。
 

『時間よ、止まれ。』―女優・武井咲とその時代大川隆法著


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長生きするためにってことで、一度教えてもらったけど、その続きがあるんでしょ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『生涯現役人生』(幸福の科学出版)で、こう説いておられます。

 長寿を得るための方法論として、二番目に言えることは、「自分が長く健康であることを強く信じ、それをイメージする」ということです。これが大事です。
 心のなかで、くり返しくり返しイメージしたものは、やはり、成就してきます。人間は、そのようにできているのです。
 人間とは、魂が肉体に宿って生きているものであり、肉体は、あくまでも、心の表現形態です。つまり、心の表れというか、心のなかで思った“かたち”が外に出てくるのです。(中略)「肉体をどうこうする」ということもあるでしょうが、まず、心のほうのイメージが外見に出てきますし、性格というものもまた、心の表れです。結局、心が、人生を決めていくわけです。
 したがって、まず、しっかりした心のビジョンを持たなければいけません。
 たとえば、早死にするイメージを持ちすぎてはいけませんし、また、不幸な晩年を生きるイメージを持ったり、そういう晩年をくり返し自分で“予言”したりすることも、よくありません。こうしたことをしていると、本当に不幸を引き寄せてくるのです。
 なるべく、「幸福な長寿を得ている」という自己の姿を、くり返しくり返しイメージすることが大事です。
 最後は、信仰の世界に入り、神様、仏様にお任せする気持ちでいるのが最もよいでしょう。取り越し苦労や持ち越し苦労をする人は、なかなか長寿を得られません。やはり、「お役に立つかぎり、神仏は私を生かしてくださるだろう」と信じることです。神様、仏様にお願いするかたちで、幸福な晩年になることを信じ、それをイメージしておくことが大事なのです。
 イメージすれば、そのイメージはやがて実現していきます。時間をかけて、徐々にではありますが、それが実現してくるのです。
 「晩年、自分は悲惨な目に遭う」「家族や親族、友人から見放される」などということばかりを一生懸命にイメージしていると、だんだん孤独な老人になっていくので、そうではなく、「明るい晩年を送る」ということを、強く強く、何度も何度もイメージしておくことが大事です。暇があったら、くり返しイメージすることです。
 くり返し描いたイメージは必ず実現します。結論がそうなると、それに向かって、自分がだんだん変化していきますし、幸福な晩年を引き寄せるような、よい波動も出てきます。この「信じる力」「想念の力」というものを知っておいたほうがよいでしょう。
 一番目の楽天主義ともかかわりますが、「よりよい未来を強くイメージしている人は、幸福な未来を引き寄せる。一方、破滅的な未来をいつも考えている人は、そうなりやすい」ということです。
 やはり、心の波長と合わないものは引き寄せないので、明るく生きていると、悪いものは去っていきます。たとえ悪いものが来たとしても、同調しないため、比較的短い期間で離れていくのです。
(52〜56ページ)

長生きするために二番目に言えることは、「自分が長く健康であることを強く信じ、それをイメージする」ということ。最後は、神仏にお任せする気持ちで、幸福な晩年になることを信じ、イメージしておくこと。

人間とは魂が肉体に宿って生きているものであり、肉体はあくまでも心の表現形態であるから、心のなかでくり返しくり返しイメージしたものは、やはり成就してくる。

一番目の楽天主義ともかかわるが、心の波長と合わないものは引き寄せないので、明るく生きていると悪いものは去っていく。結局、心が人生を決めていくのである――。

心の持ち方の大切さ。

そして、心の力のすごさ。

私の拙い体験に照らしても、このお言葉がいかに真実であるかをしっかりとお伝えできそうな気がしています。

「長生き」という言葉が気になる世代になった方は、今日の大川隆法先生のお教えをぜひ心に留めて、生きていくことをお勧めしたいと私は思うのです。
 

『生涯現役人生』大川隆法著


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幸福実現党って、消費税の増税に反対してるんでしょ。なんでなの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『マキャヴェリ「現代の君主論」とは何か』――リアリズムなき平和主義への警告(幸福の科学出版)のあとがきで、次のように説いておられます。

 先日の総選挙(二〇一四年十二月)で、私の創立した「幸福実現党」は、消費税を8%から5%に引き下げるべきだと主張した。多少の反応をしたのはスポーツ紙と地方紙の一部ぐらいである。大手紙も大手TV局も、例によって談合的に黙殺した。増税しなければ、老人福祉に手が回らず、弱者救済ができないと固く信じている(深く洗脳されている)からである。
 実際は二〇一四年四月に消費税を5%から8%に上げてGDPは十五兆円減り、その結果、税収も三兆円減った。共産党や社民党の増税反対と、幸福実現党の「税率を上げると税収が減るので、上げるべきではない」という主張の違いに対して、はっきり解説したマスコミは皆無だった。国民の知る権利を侵害している。そして「リアリズム」がないのである。自分たちの間違いへの反省もない。
 「文科省は大学教育に口を出すな。小中の義務教育だけやっておればよい。」と書いてあるのも、本一冊程度である。
 もっと賢くなってはどうかと言いたくなる。
(166〜167ページ)

幸福実現党は、「税率を上げると税収が減るので、上げるべきではない」という主張している。これは、2014年4月に消費税を5%から8%に上げて、GDPは15兆円減った結果、税収も3兆円減ったことで分かる。

共産党や社民党の増税反対とはまったく違う理由であるのに、これをはっきりと解説した大手マスコミは皆無であり、国民の知る権利を侵害するとともに、リアリズムがなく、洗脳された自分たちの間違いへの反省もない。

もっと賢くなってはどうかと言いたくなる――。

完結な解説になっていますが、消費税の増税反対の理由は、もうこれですべて分かるのではないでしょうか。

それにしても、大川隆法先生が、あの有名なマキャヴェリの霊言が収録された本書で、このようなあとがきを書かれたのは、なぜなのでしょう。

マキャヴェリは、「マキャヴェリズム」(権謀術数主義)という言葉の語源になった有名な政治思想家です。

拝察するに、本書でマキャヴェリの言葉を学ぶことで、人は(そして大手マスコミも)もっと賢くなれるということかもしれないと私は思うのです。
 

『マキャヴェリ「現代の君主論」とは何か』大川隆法著


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日本神道って、なんだかよく分からないんだけど、いいテキストってないの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『日本神道的幸福論』――日本の精神性の源流を探る(幸福の科学出版)のまえがきで、次のように説いておられます。

 大変まとめることが困難な、「日本神道概論」的な考察も加えつつ、日本神道的幸福論を説いてみた。日本の精神性の源流を探る試みである。日本の精神や大和の心、大和魂、武士道などまで言及していくと、何巻にもなる本になるだろうが、将来的な研究の余地を残しつつ、今回は、神代の時代を中心とする考察となった。
 本書の特徴は、日本神道を単に民族信仰として捉えるのではなく、世界宗教的な比較宗教学の観点から位置づけた点にある。私の勉強がまだ浅いのかもしれないが、ここまで日本神道の持つ「世界宗教性」を、比較宗教学的見地をふまえて学問的に鳥瞰してみせた本は、まだ日本でも外国でも書かれたことはないのではないか。
 世間ではまだ、韓国や中国の反日論と日本の自虐史観を巡って、二十世紀的な宗教論争が尽きないが、本書が、中華帝国五千年の歴史を超えて、日本文明一万年以上説にまで言及しているところにご注目いただきたいと思う。
(1〜2ページ)

日本の精神性の源流を探る試みとして、神代の時代を中心に考察した。

日本神道を単に民族信仰として捉えるのではなく、世界宗教的な比較宗教学の観点から位置づけた。

中華帝国五千年の歴史を超えて、日本文明一万年以上説にまで言及している――。

日本神道って、古事記とか日本書記とかはそのものを読んでも理解できないし、なんだか分からない世界なのかと思ってました。

その世界を、これだけ明晰な現代の日本語で分かりやすく、しかも新たな視点で説いて下さっているのは、本当に凄いと改めて思います。

日本神道というのは、よく言われるような未開の宗教なんかじゃなくって、じつは本来はもっと普遍的な宗教だったのだ、そして日本文明というのは、世界に誇るべき歴史を持っていたのだと考えてみると、ちょっとわくわくしてくる気がします。

宗教に興味を持っている方に、宗教というのは仏教やキリスト教だけじゃないですよと言いたくなる注目の一冊。お勧めです!
 

『日本神道的幸福論』大川隆法著


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