ゆーぱの部屋 〜幸福の科学の教えから〜
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



悪魔とか、悪魔祓いとかって、ほんとにあることなの? なんーて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『エクソシスト概論』――あなたを守る、「悪魔祓い」の基本知識Q&A(幸福の科学出版)のまえがきで、次のように説いておられます。

 毎年夏になると、悪霊、悪魔もの、そしてエクソシスト系の映画やドラマが増えてくる。ゾクゾクっときて、自然冷房で涼みたいところもあるのだろうが、日本では特に、先祖供養とも関連するお盆の風習や、墓参り、怪談の伝統等もあるのだろう。
 「エクソシスト」というと、通常カトリックの神父さんが、悪魔が取り憑いた人や家族を救おうと儀式で死闘するシーンが想起される。イエス自身も「サタンよ、退け!」と一喝するシーンが新約聖書には出てくる。
 反面、神のため、教会のため、十字軍のリーダーとして活躍してイスラム教徒軍に大打撃を加えたのに、妻が死に、神を呪ってドラキュラになる、悪魔誕生の物語もある。
 日本神道的には陰陽師、仏教では呪力を持った密教僧がエクソシストにあたるだろう。本書は通例キリスト教的に扱うエクソシズムを仏教的に取りまとめてみた。新しいテキストになるだろう。
(1〜2ページ)

『エクソシスト』という、かなり怖い映画が、昔ありました。

最近でも、『ザ・ライト -エクソシストの真実-』という映画がけっこうヒットしたと思います。

悪魔というのはほんとうにいるのだ、そして、これと戦っている人々(エクソシスト)も現実に存在しているのだ、ということが、こういう映画の形であらわされているのだと思います。

そして、幸福の科学においても、このエクソシズム(悪魔祓い)が実際に行われているわけで、そのための基礎知識が、大川隆法先生の手によりテキストの形でまとめられたというのです。

悪霊とか悪魔とかいう存在や、その祓い方に興味がある方にはもちろん、そういうものと縁をもたないための常識を身につけたい方にとって、とても勉強になる書籍ではないでしょうか。

いずれにしても本書は、なんらかの形で宗教に関係している方、必読の書籍であると私は思うのです。
 

『エクソシスト概論』大川隆法著


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今の文部科学大臣って、宗教に理解がなくって、バツの大臣だったのかなあ? なーんてこと考えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『文部科学大臣・下村博文守護霊インタビュー(2)』――大学設置・学校法人審議会の是非を問う(幸福の科学出版)のまえがきで、次のように説いておられます。

 前回の『文部科学大臣・下村博文守護霊インタビュー』を刊行して、二カ月足らずで第二巻を出すことになる。
 この間、四本以上の下村守護霊霊言も収録したが、大臣の政治家としての将来を考えて、公表していない。
 今回、大学設置・学校法人審議会の機能について、それを実体験したものとして問題点を指摘しておくことが、日本の未来の文部科学行政の公益に資すると判断して、行政の長の本心をインタビューした。
 六十歳。政治家としても円熟してこられた。今朝の新聞にも、次期幹事長の有力候補として、岸田外務大臣に次いで名前が出ていた。本書のような要領でマスコミ対応されたら怖れるものは何もないんじゃないだろうか。幸福の科学は、ある意味で、マスコミ以上にマスコミ的で、大学以上に学問的な宗教である。
 今後、日本が世界に情報発信し、リードしていくために、そして尊敬を勝ち得ていくために、新しい武器を与えておいたほうが国家としても自信が出てくると思う。
(3〜4ページ)

2ヶ月前の下村文科大臣の守護霊インタビューは、それこそどうしようもない内容のようにも感じられました。

それから4本以上の守護霊霊言を収録したのに、「大臣の政治家としての将来を考えて、公表していない」のは、やはり同様の内容だったからという趣旨のように思えますが、今回の守護霊インタビューの内容について、大川隆法先生はわりあい肯定的に評価してもおられるようです。

過去に、まだ現役で仕事をしている人の守護霊インタビューを、1度ならず2度も公開されたのは、この下村文科大臣が史上初ではないかと思いますが、本書のサブタイトルに現われているように、本書のテーマは下村文科大臣という政治家個人にあるのではなく、大臣の守護霊にインタビューするプロセスで「大学設置・学校法人審議会の是非を問う」ところにあるんだと思います。

本文の最後で、大川隆法先生は、
「「安倍政権が、安倍政権に協力的な人に対して冷たく、使い捨てていく」ということが噂になっていますので、このへんはそろそろ噂を払拭されたほうがよろしいのではないでしょうか。(中略)この霊言は、できれば、安倍総理にもお読みいただき、よく考えていただきたいと思います」(213〜214ページ)
とも述べておられます。

本書を一読すれば、やはり幸福の科学大学の設置手続きはかなり難航していることがわかりますが、その原因が不透明で無責任な「大学設置・学校法人審議会」の仕組みにあること、そしてそうであったとしても、幸福の科学大学が本当に来年4月に開学できるかどうかは、最後は、最高意思決定権者としての安倍総理の胸ひとつであることを、大川隆法先生は最後に明らかにされているのだろうと思います。

安倍晋三総理大臣が、日本国と日本国民の輝く未来を切り拓くために、歴史に名を残す偉大な政治家の一人として正しい判断をされますことを、心より祈念したいと私は心の底より思うのです。
 

『文部科学大臣・下村博文守護霊インタビュー(2)』――大学設置・学校法人審議会の是非を問う大川隆法著


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幸福の科学大学って、宗教的精神に基づく学問が学べるって聞いたよ。ほんとにそうなるのかな? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『幸福の科学大学創立者の精神を学ぶ(概論)』――宗教的精神に基づく学問とは何か(幸福の科学出版)のまえがきで、次のように説いておられます。

 このたび「幸福の科学大学」創設を志すに到り、その設立趣旨とカリキュラムの概要を文部科学省の大学設置室に提出し、その諮問機関である大学設置・学校法人審議会と公式に二回ほど意見のキャッチボールがあった。その中に、幸福の科学大学の教養基礎科目に予定している「創立者の精神を学ぶ機廖崙鵜供廚砲弔い董△修瞭睛討判らないし、担当する教官の能力判定もできないので、「保留」と通知してきた。悲しいことに、役人や審議会の委員には、「宗教家」と「宗教学者」の区別すらついていないのだ。そもそも、私の著作群を読んでもいないので、内容が判らないと言っているだけで、審議会のメンバーの誰の意見かも分からず、文科省の大学設置室長に到っては、本を手渡しても受け取らず、郵送すれば、送り返してくる始末である。これで審査するとは不勉強を通り越して、サボタージュ、税金の無駄づかいである。その担当官三人とも七月二十五日付人事で「ご栄転」され、今までの説明や約束も、どうなったやらで、次の役人に替わって、夏休み入りである。
 ということで創立者(大川隆法)の精神を、私の本を一冊も読まないで判定しようとしている人たちのために、新しく「概論」として語り下したのが、この「機廚函岫供廚痢岾杵澄廚任△襦
 予期せぬ収穫もあって、私の累計千六百冊以上の著作を読み続けていた人たちにも、新しい切り口から私の考え方が判るようになっている。
 この『創立者の精神を学ぶ機戮任蓮現代日本に新しい精神的主柱が必要な理由や、審議委員が「『心の定義』が判らない」と言っていることへの回答が述べられている。精神世界の勉強をしてみたいと思っている人たちへの、新しい福音となるとともに、幸福の科学大学の担う新文明建設における「霊性の樹立」の核にあたる考えが明確にされている。
 大学設立に関してということのみならず、新時代を生きようとする人たちにとって、「北極星」ともなるべき揺るがぬ指針がそこには示されている。
(3〜5ページ)

本書は、まずは、大川隆法先生の本を一冊も読まないで大学設置について審査している人たちのために語り下ろされた書籍である。

本書には、現代日本に新しい精神的主柱が必要な理由や、文科省が判らないという「心の定義」への回答が述べられている。

それだけでなく、精神世界の勉強をしてみたい人たちへの新しい福音であり、幸福の科学大学の担う新文明建設における「霊性の樹立」の核にあたる考えが明確にされ、新時代を生きようとする人たちにとっての揺るがぬ指針が示されている――。

本年2014年8月16日に書かれたまえがきです。

来年4月に開学予定で進められていると聞いている「幸福の科学大学」の設置認可申請の手続きが、かなり難航しているということなんだろうと思います。

それから2週間。その後の手続きは、進展しているのでしょうか。

いずれにしても、目を輝かせた若者たちが、新時代を生きるための新しき学問を夢と理想の大学で学べるように、ぜひともなってほしいものです。

そして、日本を、世界を救おうとしておられる大川隆法先生の思いと願いが、どうか形となって実現しますようにと、私は心より祈らずにはいられないのです。
 

『幸福の科学大学創立者の精神を学ぶI(概論)』大川隆法著


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直木賞作家の景山民夫さんって、亡くなった直後、2カ月ぐらいもお風呂場やトイレに現われていたなんて、大川隆法先生が語っておられたことがあったと思うんだけど、あれって、ほんとだったのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『小説家・景山民夫が見たアナザーワールド』(幸福の科学出版)で、その景山民夫さん本人の霊の言葉(「霊言」)を、次のように紹介しておられます。

 亡くなったあと、ちょっと総裁先生に迷惑をかけたことは事実なんです。
 ちょっと急だったもんだから、心の準備が十分できてなくて、何度か総裁邸に姿を現し、『ボルネオホテル』(景山氏のホラー小説)風に出てしまったので(会場笑)、「場所を選んで出てきてください」って、だいぶ言われました。
 「トイレとか、お風呂場とかに出てくるので、かなわん」と言われたことがあって(笑)、すみません。これについては、失礼をお詫びしなきゃいけないんです。
 「亡くなったときに、末期の水を飲まなかったのがいけなかったのか」と、ずいぶん言われたんですが、まあ、それは、そうかもしれない。最初、「水場ばっかり出てくる」って言われたけど、まあ、そうだねえ。二、三カ月ぐらいでしたね。(中略)
 いや、私は口が悪いからさあ。ちょっと悪さをする癖があって、脅したり、からかったりするのが好きなもんだから、どうしても、「総裁をおどかしてやろう」なんていう気が、ちょっとあってね。(中略)
 (笑)あ、いや、ちょっとあってさ。いやあ、総裁は、「私は、霊界に精通している」と言ってらっしゃるけど、「総裁だって、幽霊は怖いんじゃねえか」と思って、ちょっと脅したの。(中略)
 「先生は、どう反応するかな?」(笑)と思って、ちょっとだけね。いや、これは悪かったね。ちょっと失礼したかなあ。
 先生の悟りが本物かどうか、ちょっとだけ試してみて、「動じなかったら、やっぱり本物だけど、もし、怖がるようだったら、まだまだだ。修行が、まだ十分でないんじゃないか」とね。
 まあ、九つ年上だったもんだから、少し、からかい気分もあったことはあったので、トイレに出てみたりした。
 あと、お風呂場に出てこられると、さすがに嫌だろうね。「お風呂場はないでしょう? 勘弁してください」っていう感じ?(中略)お風呂場だったら、逃げ場がないよねえ。(中略)
 だから、お風呂場にも、二、三回、出てやったことはあるんだけど、総裁は、やっぱり、さすがでしたね。動じませんでした。
 全然、動じなくて面白くないから、私は、「先生、意外に鍛え方が足りませんね。このへんが、たるんでます。このへんの贅肉が、いかん」とかさ……。(中略)
 そうそう。ご指摘申し上げたんですけど、総裁は、「人間は、中身である。君、まだ肉体にとらわれているようでは駄目だ」と、こう幽霊に対して言い返してきたから、「さすがだなあ」と思いましたねえ。
(41〜51ページ)

亡くなったあと、ちょっと総裁先生に迷惑をかけたのは事実である。

ちょっと悪さをする癖があって、脅したり、からかったりするのが好きなもので、「総裁をおどかしてやろう」という気が、ちょっとあった。

「総裁だって、幽霊は怖いんじゃねえか」と、ちょっと脅して先生の悟りが本物かどうか試そうと、トイレやにお風呂場に出てみたりしたが、総裁はさすがに動じなかった――。

いやあ、景山さんったら、いくら霊になっちゃったからといって、大川隆法先生を脅かそうなんて、直弟子として許されないでしょ、と思うのは私だけではないと思います。

なんで景山さんの霊言集を大川隆法先生がなかなか出されなかったのかが不思議だったのですが、じつはこんな失礼な出来事があったりすれば、それは自然な流れだったのかも、とかも思ったりもします。

それはそれとして、こんなお茶目なエピソードが語られているのも、実際に霊界に帰った景山さん自身だからこそであるわけで、本書で改めて「霊言」というもののすごさを私は感じているのです。
 

『小説家・景山民夫が見たアナザーワールド』大川隆法著


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私って、いま恋愛してるんだ。でも信仰者なんだし、幸福の科学の教え以外に恋愛のアドバイスを求めちゃいけないの? なーんて悩み抱えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『恋愛学・恋愛失敗学入門』(幸福の科学出版)で、次のように説いておられます。

 あまりに“滅菌”して“純粋培養”しすぎると、意外に、妥当な判断というか、合理的な落としどころが見えなくなる場合もあるので、恋愛等については、やや、雑学を必要とする面があると私も思っています。
 当会は、「教義以外は一切読んではいけない」とは言っていないので、多少、雑学を勉強しても構いません。世間にはくだらないものもありますが、いろいろなものを読むなかに、人生のヒントを得ることもあるため、そういうものをすべて否定しているわけではないのです。
 社会的な雑学であっても必要なものは、ある程度、勉強してもよいでしょう。仏法真理に則った生き方をしていない人の言葉であっても、そのなかに、キラリと光るもの、汲むべきものがあることもあります。世の中には、世間解のある人もいるので、そういう人のアドバイスを聞かなければいけないところもあるかもしれません。(中略)
 いずれにしても、パンデミック(感染症の世界的流行)のように、社会的に広がると困るような現象というのは、あまり望ましいとは思いませんが、社会として緩やかな防波堤を築きつつ、そのなかで、責任ある個人が、責任ある判断をし、自分の人生にそれだけの重しを背負おうとするのであれば、その判断に忠実に生きることも一つかと思います。
 そういう意味で、今のところ、私には、「一般的な大きな戒律で、全員を一律同じように縛ろう」という気持ちはあまりありませんし、そういう戒律も、今世、特には説いていません。(中略)
 ただ、教えのなかで方向性は出ているので、そのなかで、個人においても社会においても、前進する方向で物事を考えていってください。
(117〜122ページ)

純粋培養しすぎると合理的な落としどころが見えなくなる場合もあるので、恋愛等については、雑学を必要とする面がある。

当会は、教義以外は一切読んではいけないとは言っておらず、多少、雑学を勉強しても構わない。

大きな戒律で全員を一律同じように縛ろうと考えていないので、そういう戒律も特に説いてはいないが、教えのなかで方向性は出ているので、そのなかで個人においても社会においても前進する方向で物事を考えていけばよい――。

“宗教って、戒律だろ? ほかの本を読ませないんだろ?”みたいな誤解をしている人も、世の中にはいるように思います。

でも、幸福の科学は、ぜったいにそんな宗教ではない。

あれをしてはいけない、これをしてはいけない、といったような戒律はそもそもありませんし、大川隆法先生の経典以外を読んではいけないこともありません。

もちろん、あまりに地獄的な本を読み続けるようなことは、貴重な人生の時間の無駄使いでもあるし、心にとっては害になりますから、あまり推奨されないというだけのことでありましょう。

恋愛という人生の一つの試練においては、大川隆法先生の説かれる自由にして寛容な幅広いお教えの方向性をくみとりつつ、自分が前進し発展していく方向で、自ら判断し決断していきたいものだと私は思うのです。
 

『恋愛学・恋愛失敗学入門』大川隆法著


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民俗学って学問があるんでしょ。それって、どうなのかね? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『日本民俗学の父 柳田國男が観た死後の世界』(幸福の科学出版)のまえがきで、次のように説いておられます。

 わずか百年余りで時代はずいぶんと変わり果てた。柳田國男が聞き書きをした『遠野物語』にしても、この内容を額面通りに現代に投影してイメージできる人は限られているだろう。
 宗教家でもあり、日常茶飯事のように心霊体験をしている私であっても、柳田の語る夢幻の世界を、百%のリアリティをもってイメージすることはできないでいる。私が観て、感じて、聞いた死後の世界は、もう少し論理的で明快なものである。
 それゆえ、ドロドロとした恐ろしげな世界が霊界だと思い込んでいる人たちには、水族館でガラス越しに魚類を観ているように感じられるようだ。とまれ、民俗学が神秘の世界の存在を護る防波堤になっていることを認め、何らかの橋渡しの役割をしたいというのが本書出版の趣旨である。
(1〜2ページ)

柳田國男が紹介する夢幻の世界と、大川隆法先生が明快に紹介される霊界や死後の世界とは、違うものに見えるようである。

しかし、だから間違っているとかいうことではなくて、民俗学には「神秘の世界の存在を護る防波堤」としての役割がある。

本書で、民俗学と仏法真理との橋渡しをしたい――。

後世の人がいろいろ研究した解説を聞いたりするよりは、学問の源流になったご本人の話を直接、ナマの形で聞かせていただくことで、どういう考え方に基づいた学問なのかが、とてもクリアにわかってきます。

それがまた、現代日本語でわかりやすい書物となっているというのも、ほんとに凄いことです。

本書は、民俗学という学問がもつ不思議さの理由とか、そういう学問を創った人は実際にはどんな人だったのか等々、民俗学というものに対する疑問がこれ一冊で解消する名著ではないかと私は思うのです。
 

『日本民俗学の父 柳田國男が観た死後の世界』大川隆法著


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大川隆法先生って、どんな夢を持ってるのかねえ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『宗教立国の精神』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 私には夢があります。(中略)私の夢は、一言で言うならば、「宗教を信ずる者が尊敬されるような日本にしたい」ということです。
 今の日本は、宗教を信ずる者が尊敬されるような状況にはなっていません。しかし、宗教の本来の使命から考えれば、宗教を信ずる者たちは、この世で人間として生きていながら、神、仏に近づいていこうと努力・精進し、日々、自らを磨いている人たちであり、社会的尊敬を受けて当然の人たちなのです。
 そういう人たちが、戦後六十数年、あるいは、明治期からであれば百数十年間の歴史において、どちらかといえば、低く見られ、蔑まれ、あるときには、差別され、迫害を受けたことが数多くあります。まことに、まことに、残念で残念でなりません。
 “この世のみに生きている人”にとっては、肉眼では見えないものが見えたり、聞こえないものが聞こえたり、姿を見ることができない天使を信じたり、神や仏の存在を信じたりすることが、おそらくは、とてもこの世離れした夢幻の世界、昔のおとぎ話の世界のように見えもし、聞こえもするのでしょう。
 しかし、真なる信仰を持って、自ら教学をし、努力、研鑽している者にとっては、あるとき、そうしたものの一部に触れる瞬間があります。
 あるとき、天使を見る人もいます。あるとき、亡くなった祖父母と出会う人もいます。あるとき、自らの守護霊といわれるものからインスピレーションを明確に受け取ることもあります。確かに、目に見えない世界はあるのです。
 したがって、私は、「『見えないものが見える』と言う人は異常であり、『見えないものは見えない』と言っている人のほうが正常である」という現在の価値観を、何とかして変えたいと考えています。
 これが私の希望の一つです。
 正しい信仰に目覚め、実践している人々が、この世において、見下されたり、つまらない人間であるかのように扱われたりすることに対し、これ以上、黙っていることは決してできないのです。
 その意味において、宗教を信ずる者が、この世においても発展・繁栄する姿を見せ、人類の希望となることが大事であると思います。
 また、「宗教が尊敬される国にする」ということを、別の言葉で言えば、「信教の自由が、人間の基本的人権として人々に受け入れられ、この地上において、この国において、本当に根づく」ということでもあります。本当の意味における「信教の自由」を、この世において確立したいと考えているのです。
 「宗教を信ずる者が差別されることのない世の中にしたい。宗教を信じる者が尊敬される世の中にしたい」、そういう思いを原点として持っています。
(74〜77ページ)

宗教を信ずる者が尊敬されるような日本にしたい。

その意味で、宗教を信ずる者が、この世においても発展・繁栄する姿を見せ、人類の希望となることが大事である。

別の言葉で言えば、本当の意味における「信教の自由」を、この世において確立したいと考えている──。

たしかに、大川隆法先生が2009年に発表された「新・日本国憲法試案」というのも、まさにここで述べられたとおりの内容だったように思います。

大川隆法先生がお考えのこと、目指しておられることについて、おそらくは宗教に対する誤解とか偏見によって、なんだか勘違いして理解してしまっている人がいるのではないでしょうか。

でも、大川隆法先生は間違いなく、裏も表もなく、自らの利害を離れて、天上界の視点から何が正しいかをまっすぐに考え行動しておられます。

そのことについては、大川隆法先生のご著書やご講演、ご説法をひたすらフォローし続けている者にとっては、誤解の余地のない当然の事実であると、心素直に私は思うのです。
 

『宗教立国の精神』大川隆法著


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ノアの箱舟って映画でやってたけど、あれってほんとにあった話なのかね? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『「ノアの箱舟伝説」は本当か』――大洪水の真相(幸福の科学出版)のまえがきで、次のように説いておられます。

 近年は集中豪雨が多い。それによる街の冠水が世界的に報告されている。果たして地球温暖化によるのか。台風、ハリケーンなどの暴風雨も多い。地震などの大津波なども記憶に新しい。
 この小文を書いている日の前夜も、日中の三十五、六度の熱暑の影響もあろうが、東京は突然の大雨と、多発する雷の轟音に、おびえる声が満ち満ちた。大雨の中、建設中のビルのクレーンに落ちる雷が、なぜかノアの大洪水と、その後の神の怒りに触れたバベルの塔の物語を想起させた。
 本書に登場する預言者ノアは、ノアの洪水とアトランティスの海没との意外な近時性をにおわせている。記憶が旧くなった魂であるがゆえに、所説の正確さは測りがたい。しかし、「預言者を通じて語られる神の言葉を信じない人類への神罰」という論点の再考は、十分促すに足る内容であろう。
(1〜2ページ)

あの旧約聖書の「ノアの箱舟」で有名な、預言者ノア、その人が登場して、大洪水と箱舟の真相を語った(つまり「霊言」した)書物です。

“「預言者を通じて語られる神の言葉を信じない人類への神罰」という論点の再考は、十分促すに足る内容”というお言葉は、ちょっとむずかしい表現です。

要するに、神の言葉は「預言者」を通じて語られるわけですが、ノアの箱舟の伝説のように、預言者が伝える神の言葉を信じない人類には、神罰が下って滅びてしまう、という話は昔からあるわけです。

本書の内容こそは、その「神罰」が本当にあり得るものであること、そして人類はそれを怖れるべきことを十分に思い出させると、現代の「預言者」でもある大川隆法先生は、ここで述べておられるのだろうと思います。

いずれにしても本書は、おそらくは神を信じてはいない人々が制作したスペクタクル映画などよりもはるかに、神話の世界の真実を教えてくれるのではないかと私は思うのです。
 

『「ノアの箱舟伝説」は本当か』大川隆法著


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三角関係になっちゃったんだよね。もう板挟みで、決めようがなくって、ものすごく苦しいんだよね。どうしたらいいのかなあ? なーんて悩み抱えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『生命(いのち)の法』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 人生を苦しめているものの大部分は感情的な葛藤であることが多いのです。
 そして、人間関係が三角関係や四角関係になり、価値観の板挟みになることは、恋愛だけではなく、仕事においてもあります。そのときには、気持ちを整理しないかぎり、仕事は前へ進まないことがあります。
 その意味で、仕事においても、論理を立てようとすることが大切です。(中略)
 「自分の人生にとって何が大事なのか」ということを考えたならば、次に、それを基準として優先順位を決めることです。
 そして、どうしても選ばなければいけない状況になった場合には、優先順位の高いほうを選べばよいのです。どの選択肢も価値を含んでいることが多いのですが、自分として優先順位の高いほうを選んでいけば結論は出てきます。
 たとえば、前述したドラマに登場する、主人公の男性は、「かっこよくて、頭もよく、仕事もできて、お金も地位もある」という人物であり、結婚相手としてすべてが揃っているので、ほかに選びようがありません。このような男性が相手であるなら、結論を出すことは、わりに簡単なはずです。
 普通は、そうではなく、かっこいい男性はお金がなかったり、お金がある男性は性格がいやらしかったりするものです。女性は、結婚相手を選ぶときに、「外見」「お金」「優しさ」などの条件を挙げるでしょうが、普通は、どれかを選択しなければいけないのです。そして、その選び方は一律ではないので、自分なりの優先順位を付けなければいけないわけです。
 一方、男性は、結婚相手を選ぶときには、やはり、「美人がいい」と思うものですが、同時に、「賢い女性がいい」と考える人もいます。しかし、美人で知的な女性となると、選択肢はぐっと減ります。美人というだけで、五人に一人、あるいは十人に一人ぐらいになるでしょうが、そこに、「頭がよい」という条件が加わると、そのまた十人に一人もいないのです。対象は、あっというまに、百人に一人ぐらいにまで減っていきます。
 さらに、「家柄のよい女性がいい」「お金のある女性がいい」「人柄のよい女性がいい」などと言うと、対象者はずっと減って、相手を選べなくなります。
 したがって、結婚相手を選ぶときには、自分の人生のポリシーと親和性のある考え方を立て、それを基準として優先順位を付けることが必要です。
 そして、優しい女性がよいのか、学歴のある女性がよいのか、お金を持っている女性がよいのか、「最後に一つだけ選ぶとしたら何にするのか」ということを決めて、選ぶべきものは選び、捨てるべきものは捨てなければいけません。
(28〜31ページ)

人生を苦しめているものの大部分は感情的な葛藤であることが多いから、論理を立てようとすることが大切である。

自分の人生にとって何が大事なのかということを考え、次に、それを基準として優先順位を決めることである。

そして、どうしても選ばなければいけない状況になった場合には、優先順位の高いほうを選び、選ぶべきものは選び、捨てるべきものは捨てなければならない――。

少し前に流行った「冬のソナタ」という韓国のテレビドラマを題材にとって、恋愛の悩みを中心に、その対処の仕方について説かれたお教えの部分です。

単に感情に流されて、その葛藤で悩み続けるのは、あまり賢い人生の生き方ではないと思います。

「論理を立てる」というと、なんだか難しく感じる人もいるかもしれませんが、「自分の人生にとって何が大事なのか」ということを考え抜いて、人生の優先順位を決めること、と理解すればよいのだろうと思います。

人生ですべてを獲得することはできないのだから、選ぶべきものは選び、捨てるべきものは捨てる、というのも、人生の師である大川隆法先生が教えられる、一つの悟りであるのだろうと私は思うのです。
 

『生命の法』大川隆法著


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みんなの党って、最近なんだかとっても分かりにくいんだけど、どうなってるの? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『みんなの党は誰の党?――渡辺喜美代表守護霊 破れかぶれインタビュー』(幸福実現党刊)で、渡辺喜美・前代表の守護霊の言葉(「霊言」)を、インタビュー形式で次のように紹介しておられます。

武田 最近、幹事長が(中略)江田憲司さんから浅尾慶一郎さんに替わりましたね。(中略)新聞情報にはない、何か、そのへんの真意についてお伺いできればと思います。まあ、今後を見据えた幹事長交替だと思うのですが……。
渡辺喜美守護霊 いやあ、やっぱりねえ、「みんなの党」はねえ、もう「私の党」なのよ(会場笑)。
武田 「私の党」ですか。
渡辺喜美守護霊 うーん。「みんなの党」は「私の党」なんだから。
武田 はい。
渡辺喜美守護霊 江田とかが、ちょっと生意気にグチャグチャ言うからさ、もう分裂するじゃんか。
石川 “MY PARTY”なのですか。“YOUR PARTY”ではなく……。
渡辺喜美守護霊 “MY PARTY”なのよ。“YOUR PARTY”じゃなくて“MY PARTY”っていうのが正しい。「みんなの党」の正しい英訳は、“MY PARTY”なんです。
武田 “MY PARTY”ですか。
渡辺喜美守護霊 うん。「渡辺党」なんです。(中略)
武田 確かに、参院選でも、ご親戚の方を比例のほうにポンと入れたりされていましたね。
渡辺喜美守護霊 “MY PARTY”なの! 私の考え以外、要らないの!
 江田とか、ああいうのは、余計なことを言うから、もう要らん!(中略)
武田 ちょっとすみません。具体的には、江田さんとの対立点というのは何だったのでしょうか。
渡辺喜美守護霊 いや、(中略)うるせえんだよ、あいつは。(中略)
 「ちょっと自分のほうが格上だ」と思うとるところがあるのよ。(中略)東大出の通産省かなんかじゃなかったっけ?(中略)だからさあ、ちょっと生意気なのよ。(中略)
 だから、ちょっとなあ、あいつをどうにかせんと、やっぱり、うちの「庶民性」っていうか、「泥臭さ」っていうか、「田舎性」っていうかなあ……。(中略)地方を、こう発展させる感じが出てこないんだなあ。
武田 ただ、今回替わった浅尾さんという方も、けっこうインテリの雰囲気で、あまり庶民的な感じではないように思います。
渡辺喜美守護霊 あ、誰でもいいのよ。
武田 誰でもいいんですか。
渡辺喜美守護霊 “MY PARTY”だから、わしの言うことをききゃあ、いいのよ。
武田 はああ……。
渡辺喜美守護霊 きかんやつは、それで交替なのよ。
(101〜111ページ)

これはほぼ1年前、2013年8月13日に、みんなの党の江田幹事長(当時)が更迭された直後の守護霊インタビューでした。

その後の12月、江田氏のグループが大量離党して、党は分裂。

さらには、渡辺喜美代表が、公職選挙法や政治資金規正法に違反して経済人から巨額の資金借り入れをしていたことが発覚して、2014年4月、渡辺喜美氏は代表を辞任。

それ以降は、渡辺喜美守護霊に“誰でもいい”とまで言われた浅尾慶一郎氏が代表を務めるなど、みんなの党は、もうぐちゃぐちゃです。

まさに、政党を「公党」でなく「私党」にしていたらこうなる、という絵に描いたようなストーリーが展開していることを、ここで確認しておきたいと私は思うのです。
 

『みんなの党は誰の党?』大川隆法著


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お金持ちは天国に行けないんでしょ。みんなが中流の生活をしてればいいんであって、一人だけお金持ちになっていくって、よくないことだよね? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『発展思考(新版)』(幸福の科学出版)で、次のように教えておられます。

 貧しい人々で社会の大部分が占められているような時代に、もし、その貧しい人々の限られた食料や金銭を搾取する、一握りの人たちがいたならば、それが領主であれ、代官であれ、何であれ、人々の怨嗟の的となったことでしょう。そして、彼らに恨みを向け、攻撃することが、正義とされることも多かったでしょう。
 そういう時代には、貧しさの公平分配のみがあり、富裕な階級にある者は貧しい人々の恨みのなかを生きていたわけです。
 ところが、近代社会において、事情はずいぶん変わってきました。「貧しさの公平分配ではなく、豊かさの公平分配を目指す」という社会が出現してきたのです。
 では、いったい、なぜ、豊かさの公平分配ができるようになったのでしょうか。
 この百年余りの近代国家の動きを見てみると、それは、「一握りの優れた起業家たちが出て、大きな事業を起こし、その事業によって、裕福になる人をたくさんつくり出した」ということに原因があるように思います。
 日本においても、明治以降、素晴らしい起業家が数多く出ました。その結果、社会が繁栄したのです。それはアメリカにおいても同様です。(中略)
 ここ百年余りの人類の歴史で特に目立つのは、優れた起業家あるいは経営者と言われる人たちの出現なのです。
 ここで、私は次のことを明確にしておきたいと思います。
 それは、「通常、宗教において批判の矛先を向けられがちな『金儲け』と、『優れた経営』とには、若干の差がある」ということです。
 もし、「金儲け」というものが、個人が私腹を肥やすためだけのものであり、他の人が誰も幸福にならないのであるならば、それは、確かに、人々の恨みを買うに十分かもしれません。
 しかし、ひとたび、優れた起業家や経営者が出て、数千、数万、数十万の人々を養えるような大会社をつくっていったとしたら、どうでしょうか。
 一人の人間が、多くの人々の生活や幸福を保証できるようになったとするならば、そして、自分の会社のみならず、社会全体へ富を配分できるようになって、国家の力をも押し上げたとするならば、さらには、その国家の力が、国家のなかにとどまることなく、全世界に広がっていき、他の貧しい国の人々をも救える力を有するに至ったとするならば、さあ、その力を、いったい何と評価しましょう。
 その力の源泉となっている富は、明らかに、宗教的に悪とされる「金儲け」とは違ったものになっているはずです。それは、善悪のなかの善、それも、圧倒的なる善に転化していると思います。
 すなわち、「優れた経営など、多くの人々を養い、幸福にしていくための経済原理、および、その行使は、善である」ということなのです。
(141〜144ページ)

近代社会において、貧しさではない、豊かさの公平分配を目指す社会が出現してきたのは、優れた起業家たちが大きな事業を起こし、その事業によって裕福になる人をたくさんつくり出したからである。

宗教において批判の矛先を向けられがちな“金儲け”と、「優れた経営」とには違いがある。

優れた経営、多くの人々を養い、幸福にしていくための経済原理とその行使は、善である──。

要は、優れた起業家、あるいは、優れた経営者が出て、数多くの人が生活できるような大きな事業を起こし、人々を幸福に導いていくことは、宗教的にみても善である、ということだと思います。

つまりは、お金持ちになることそれ自体が悪いなんてことはぜんぜんないのであって、その志(こころざし)はどうなのか、つまり自分のためだけなのか、それとも多くの人々のためなのか、というあたりにポイントがありそうです。

いずれにしても、「優れた起業と経営」で世の中を経済面からユートピアに変えて行く方もまた、一人でも多く出てきてくださいますようにと私は心の底から願うのです。
 



『発展思考』大川隆法著


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発明が大事だと思うんだよね。それも人類史に残るような偉大な発明、ね。どうしたらそんなの、できるかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『トーマス・エジソンの未来科学リーディング』(幸福の科学出版)で、あの有名な発明王・エジソンの霊の言葉(「霊言」)を、次のように紹介しておられます。

 これにはレベルの問題があるわけよ。いちおう、発明にも悟りのレベルがあるわけだな。(中略)
 それが、いかに広がって、人類全体の喜び、幸福になって、世界の付加価値の総量を増やしていくか。これに役立った発明は、やはり影響が大きいね。それがどこまであるかだ。細かいものを発明することは、できるとは思うんだけどな。
 だから、本当に、単なる個人的な興味・関心だけでは済まないところがあり、発明のもとになるものとして、「人類に対し、白熱電灯のごとく光を与えたい!」という希望が必要だな。
 そういうものが、やはり要るから、発明のもとになるものは「愛」なんだよ、君。宗教的には「愛」なんだ。広い愛なのよ。(中略)
 理系の研究や実験の場合、途中でやめてしまうと、翌日、出てきて、もう一回、やろうとしたときには、もう(興が)冷めていることがあるんだ。だから、乗ってきたら、もう、やめられない。一気にやってしまわないとね。
 途中で止めたら、やる気のなくなることがあるんだよ。インスタントラーメンを温めているうちに、麺が伸びてしまったようになることがあるので、やりたいときに一気にやってしまわないといけない。
 そういう意味で、「研究に休みがあってはならぬ」というのは基本だな。それが研究の本質だ。
 天上界に還れば、基本的に、そういうことになるけどな。休みはないよ。
 俺には、いまだにベッドがないんだよ。もらってないんだ。昼寝ができる程度のソファーはあるんだけど、俺の研究室にはベッドがまだ入っていないんだな。(中略)
 八時間、研究するのと、二十四時間、研究するのとでは、あとのほうが三倍も働ける。こんな楽しいことはない。だから、研究が主体であって、生活に必要な時間は最低限のものでなければならんな。寝ながらでも、ご飯を食ったり、歩いたり、トイレに入ったりするぐらいでなければいかん。そのくらいでないとな。
 それは、人から見たら、奇人・変人・狂人の仲間であることは間違いないけれども、やはり、一時期、「狂」の字が付くぐらい研究しないと、偉大な発明はありえない。
 サラリーマン的に働いていたら、偉大な発明はありえないよ。技術改良をするとか、ちょっと工夫するとか、新製品をチームでつくるとか、そういうことはできるかもしれない。
 しかし、偉大な発明のもとにあるのは「炎のように燃える情熱」なんだ。それがなければ駄目だ。
 君らは、最近、「吉田松陰が、どうのこうの」とよく言っているけど、いやあ、早い話、理系の吉田松陰がエジソンなわけよ。
(23〜29ページ)

発明にも悟りのレベルがあるのであって、発明のもとになるものは「愛」である。

休みがあってはならぬというのが研究の本質であり、「狂」の字が付くぐらい研究しないと、サラリーマン的に働いているのでは、偉大な発明はありえない。

偉大な発明のもとにあるのは、「炎のように燃える情熱」である――。

発明王・エジソンは、生涯で1300もの発明をしたと言われ、蓄音器、白熱電球、活動写真(映画)とかがその発明として有名だと思います。

今日のエジソンの教えを私なりにまとめてみると、偉大な発明をするために必要なものは、要するに、第一に、「愛」、第二に、「努力」、第三に、「情熱」、ということでしょうか。

うーん、さすがです。

エジソンの偉大な発明の秘密を明かしたこの言葉をよくよく味わってみると、やはりとても仏法真理にかなっているのではないかと私は思うのです。
 

『トーマス・エジソンの未来科学リーディング』大川隆法著


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ねえ、「神秘学」なんて学問が、あるのかなあ? なーんて疑問もってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、最新刊『神秘学要論』――「唯物論」の呪縛を超えて
(幸福の科学出版)のまえがきで、次のように説いておられます。

 いわゆる「神秘学」には、様々な心霊現象、オカルトの歴史、魔法や超能力、呪術や各種宗教の秘儀にあたるものが含まれるので、要点を概説するのはそんなに簡単ではない。
 本書は幸福の科学の活動に併行して現れて来た心霊現象の要点部分を、宗教としての幸福の科学の核心に迫るための一つのアプローチとして捉えたものである。教祖学や教義学の一助となれば幸いである。
 最近は、利益追求を目的とする株式会社の発行する週刊誌などが、表現・言論・出版の自由を濫用している。単なる心霊現象の一端と、教祖としての神霊能力の区別がつかない報道が多いようだ。「嫉妬心」が集まれば「正義」になると短絡的に考える悪しきマスコミ論理や売文商法がそこにはある。憲法にいう信教の自由とは、基本的人権とも密接不可分であると同時に、真理探究の手段でもあるのだ。
(1〜2ページ)

ものすごく数多くの霊言集を、大川隆法先生は出し続けておられるわけですが、この「霊言」とはいったいなんなのかを、理解できていない方も多いと思います。

大川隆法先生の霊言能力は、ちまたのイタコなどによる“心霊現象”とはまったく違って、「教祖としての神霊能力」であるわけで、だからこそ、有史以来あらわれたことがないほどの質と量で、毎年毎年、数えきれないほどの霊言集が、刊行され続けているわけです。

そのほんとうの意味が、「幸福の科学の活動に併行して現れて来た心霊現象の要点部分」がとりまとめられた本書を一読することで、大多数の方にとって興味深くおもしろく、しかもあっという間に理解できると私は思うのです。
 

『神秘学要論』――「唯物論」の呪縛を超えて大川隆法著


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また終戦記念日が近づいてきたけど、毎年毎年、首相の靖国神社への参拝って、問題になるよね。政府は、ほんとはどう考えてるんだろうね? なーんて疑問持ってる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『誰もが知りたい菅義偉官房長官の本音』(幸福実現党刊)で、政府のスポークスマン役として安倍内閣の意見を発信する要の立場である、菅義偉(すがよしひで)官房長官の守護霊の言葉(「霊言」)を、インタビュー形式で次のように紹介しておられます。

菅義偉守護霊 本来はねえ、やっぱり参拝すべきだと思いますよ。
 ただ、その「参拝する」という行為は、いちおう、「我を通す」ということになるわけです。それは、「自分たちの主張を通す」ということでもあるけども、我を通すことによって、たくさん持っている重要な法案を全部通せないで終わってしまうようなことがあってはいけませんのでね。内外から攻撃をたくさん受けると、重要な審議ができなくなる。目白押しの問題を処理しないで、済ますわけにはいかないのでねえ。(中略)
 結局、われわれがやろうとしている国防は、実際上、あなたがたがおっしゃるとおりの国防強化だし、まあ、経済の成長をいっそう加速するための準備もしていかねばなりませんしね。
 それから、国土強靱化基本法で、「日本全国を強化していく」という考え方をやっているんですね。あれは、災害に強い防災計画を含んでおりますが、同時に国防計画でもあるわけです。「二百兆円ぐらい注ぎ込んででも、国土を強靱化する」というのは、実は、外国からの攻撃に耐えられるような国土に、いつの間にか変えていこうとしているわけでしてねえ。(中略)
酒井 守護霊様は霊なので、今、靖国神社がどうなっているか、お分かりですよね?(中略)靖国神社に霊は来ていらっしゃいますか。ちょうど、今は、お盆の時期の近くですが。
菅義偉守護霊 それは来ていますよ。たくさん来ていらっしゃいます。(中略)もう全国からね。
酒井 守護霊様としては、どうされるのがよいとお考えでしょうか。
菅義偉守護霊 (中略)ええ。だから、やっぱり慰霊は必要だと思います。
 でも、「誰がするか」というと、まあ、宮司がいることはいるので、「宮司がやればいい」という考えもあるけれども、彼らの気持ち的には、本当は、何て言うか、「自分らを国賊扱いや悪人扱いする考え方に対して、やっぱり、諸外国を説得していただきたい」という気持ちは強いでしょうねえ。
酒井 そうしないと、報われないのではないですか。
菅義偉守護霊 (中略)ええ。そうですよ。そうだけどもねえ。(中略)
酒井 今のままでは、国を立て直すことができないのではないですか。
菅義偉守護霊 ええ。まあ、そうなんですけど……。
 この国のマスコミというのはねえ、もう本当に私は、ときどき中国がうらやましくなることがあってね。中国は、国益に反することをやったら、すぐ、お取り潰しというか、言論弾圧で言えなくなるんですよ。
 でも、うちは、「国に反することだったら、いくら言っても構わないけど、国益に資することを言ったら、チェックが働く」みたいな感じになっているんですよねえ。
(52〜59ページ)

本来は、(首相は)参拝すべきだと思うが、ただそれによって、たくさんある重要法案を全部通せないことがあってはいけない。

靖国神社には全国から霊が集まっているので、やはり慰霊は必要だと思うし、彼らは自分らを悪人扱いする考え方に対して諸外国を説得していただきたいという気持ちは強いと思う。

しかし、この国のマスコミは、国に反することならいくらでも言えるが、国益に資することを言ったらチェックが働くような感じになっている──。

ほぼ1年前の8月8日に収録された霊言です。

安倍総理は昨年、8月15日の終戦記念日にも、秋の例大祭にも、靖国神社に参拝しませんでしたが、年末ギリギリにとつぜん参拝して、いろいろ騒がれました。

もちろん、安倍首相の年末の参拝には、吉田松陰先生の叱責が大きな原因としてあったことを見落としてはならないと思いますが、この菅官房長官守護霊の慎重な解説で、安倍総理の昨年の動きの背景が、よりよくわかってきた気が私はするのです。
 

『誰もが知りたい菅義偉官房長官の本音』大川隆法著


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経営者って忙しいんだから、勉強する時間なんて、とれないのが普通だよね? なーんてこと考えてる人、いませんか?

幸福の科学の大川隆法先生は、『未来創造のマネジメント』(幸福の科学出版)で、こう教えておられます。

 トップは、あまり怒られませんが、その代わり、トップには会社の倒産というものが待っています。その前に、まず、減収減益、赤字決算があり、そして倒産が来るわけです。非常に厳しいことですが、勉強し続けないと、生き残ることはできないのです。
 勉強し続ける方法の一つは、前述したように、目を通して読むことです。本や週刊誌、新聞などをよく読んで、情報を取ることが一つです。
 もちろん、テレビ番組にも、よいものはたくさんあるでしょう。
 経営者が忙しいのは分かっていますが、「忙しいなかで、いかにして、精選された情報を取るか」ということが大事です。
 これを心掛けていないと、アイデアが枯渇しますし、ほかの企業が行っていることを知らないまま過ごしてしまうことがあるため、まずは、「目を通して、読んだり見たりする」という努力をしなくてはいけないのです。
 それから、「聞く」ということもあります。「耳を通して情報を取る」ということです。こうした情報のなかにも、参考になるものはたくさんあります。
 特に、あまり受験秀才型ではなかった経営者の場合には、「読む」ことよりも、「聞く」ことのほうが、効果は大きい場合もあります。
 従業員から、それほど参考になるような、よい話が聞けないのであれば、外部の人からも話を聞かなくてはなりません。コンサルタントや高名な先生など、いろいろな人から話を聞いて参考にしたり、同業者や他の経営者などの話を聞いて勉強したりするのです。
 これは耳学問です。政治家も耳学問をすることが多いのですが、とにかく耳で聞いて勉強するわけです。
(47〜49ページ)

トップには、あまり怒られない代わりに、減収減益、赤字決算、そして会社の倒産が待っている。厳しいが、勉強し続けないと生き残ることはできない。

勉強し続ける方法の一つは、本や週刊誌、新聞などをよく読んで、情報を取ること。さらに、従業員、コンサルタントや高名な先生、同業者や他の経営者などの話を聞いて、耳を通して情報を取ることである。

忙しいなかで、いかにして精選された情報を得るかが大事であって、これを心掛けていないと、アイデアが枯渇するし、他の企業が行っていることを知らないままとなることがあるので、努力しなくてはいけない――。

重い責任を背負った経営者には、日々の努力が求められるわけで、これはその一場面なんだろうと思います。

そして、大川隆法総裁の著作は、経営はもちろん、世の中の森羅万象について凝縮して学べる、とても価値ある書籍群であることは知る人ぞ知る話ですが、念のため、改めてここでお伝えしておきたいと私は思うのです。
 

『未来創造のマネジメント』大川隆法著


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