釈量子幸福実現党党首 http://shaku-ryoko.net/
28日夜半に、また北朝鮮からICBMが発射され、北海道東部のEEZ(排他的経済水域)に着弾したとのことです。
https://news.yahoo.co.jp/byline/pyonjiniru/20170730-00073934/
ああ、何回この話題を、語らなければならないのでしょうか?
よりにもよって、防衛大臣をはじめ、自衛隊幕僚長などの制服組の責任者が辞任した直後の、北朝鮮の横暴です。
日本は、完全に、足元を見られていますよ。
私たちは、いや日本は、決して戦争をしたいわけではありません。
しかし、「自国を護ること、自国民の生命・安全・財産を護ることは、それって悪いことじゃないでしょう?」と言っているだけです。
なぜ、護憲派の方々とか、マスメディアの方々とか、話をややこしくするのでしょうか?
すぐに「自国を護ることが、侵略につながる」とか、「将来、侵略国家になる道だ」とか、そんなことは、守り切ってから考えればよいと思うのですが。
なぜ日本人は、他国から脅かされても、「日本人」というだけで、怯え続けなければならないのでしょうか?
いつから「日本人」は、世界から「罪の子」のレッテルを貼られたのでしょうか?
我々は、罪の子ではありません。
他の民族と同じく、神仏の分け御霊であり、神仏の子です。
もう今の日本周辺では、理想主義的と言われる日本国憲法の、前文の前提が完全に崩れています。
9条は日本国憲法前文、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」という前提があって、平和憲法として有効なのです。
いつぞや、大川隆法幸福の科学グループ総裁が、
「平和を愛さない国家は、9条の適応から除外したらよい。」
とおっしゃったことがあったが、もうそう宣言する時期になっていると、平和を愛する諸国民の、代表のひとりである私はそう思うのですが。
思えば、北朝鮮だって必死なわけで、動きの速い米トランプ大統領が、あっという間に作ってしまった北朝鮮包囲から、なんとか打開しようとしているわけで、その包囲網に隙があるとすれば、今の日本の優柔不断さなのです。
日本がもしも、北朝鮮を屈服できる有効な手が打てるなら、北朝鮮政府は、無血開城だって可能なわけです。
ここは相手を国民国家としてみるのではなく、金某という山賊に支配された地域として認識し、「哀れな北朝鮮国民を山賊から解放したる!」くらいの気概と行動を見せしめるだけで、未来は違ってくるというもの。
山賊は、利に聡いですので。
こういうとき一番いけないのは、優柔不断なんです。
中国や朝鮮半島では儒教的な美意識が強いですが、それは日本の儒教観とはちょっと違っていて、「強い者には滅法弱く、弱い者には滅法強い」とか、「強い者は弱い者に対して、何をしてもかまわない」という価値観の儒教なんですね。
日本では、強い立場の人には徳が求められるところがありますが、これは儒教の本質部分でもあるわけで、日本の方が、むしろ儒教精神が残っているんです。
いつものごとく話は逸れましたが、北朝鮮政府のような精神構造を持つ輩には、相手より弱い部分を絶対に見せてはいけなません。
そういう強い姿勢と準備と演出が、直接的な平和への道になるし、相手より弱い部分を演出することは、むしろ戦争の引き金になるんです。こういう輩には。
ですから、もちろん私らは平和を愛しておりますけれども、その平和を創出するためには、日本の美意識の根底にあるであろう、平安貴族的な方法論では、むしろ逆効果であるので、不動明王の如き「強い日本の演出」も、今後は絶対に必要かと私は考えます。
とにかくも、8月2日東京ドーム特別講演会「人類の選択」を前にして、本当に現代日本に、「平和を愛する人類の代表としての選択」という考案が神仏から降ろされているようで、なんとも言えない重々しさがあります。
本日は、釈量子幸福実現党党首の緊急街宣動画と、経典『「正しき心の探究」の大切さ』(幸福の科学出版)のまえがきとあとがき、そして『憲法改正への異次元発想――憲法学者NOW・芦部信喜元東大教授の霊言』(幸福実現党出版)のまえがきとあとがきをご紹介いたします。
(ばく)
【参加受付中】8/2「大川隆法 IN 東京ドーム」 千眼美子(清水富美加)出演決定!
待ったなし 北朝鮮ミサイル発射を受けての幸福実現党の主張-釈党首
https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=1091
二十一世紀以降の課題、重要なテーマの一つとしては、「大きな戦争の可能性」というものがあります。
今、唯物論の最後の超大国・中国が、十三億の人口を抱えて、軍事を強化しており、核ミサイルを持ち、原子力潜水艦を持ち、空母部隊も持とうとしているわけです。
つまり、今から六十年以上前に、日本がやったことを、これから、もう一回やろうとしているのです。
中国は、アジアの覇権を目指しています。
このまま行くとすれば、予想では、幸福の科学が「ゴールデン・エイジがやって来る」と言っている二〇二〇年前後あたりが、中国の覇権戦争が始まるころになるはずです。
彼らが、アメリカを侮って、戦争を始めるのは、このころでしょう。(中略)
したがって、それに備えなければいけません。
方法はあります。
それは、「政治のレベルで、毅然とした国家をつくっておく」ということです。
一九八〇年代より、天上界からは、「憲法を改正せよ」という霊示が何度も何度も降りています。そして、その方向に動いていますが、これは、やるべきです。
もちろん、日本が侵略国家になったり、侵略的な軍隊をつくったりする必要はなく、そんな意図もありません。
しかし、「防衛的な戦いがきちんとできる姿勢および体制は、整えるべきである」と考えています。これは仏の言葉です。
要するに、「侵略国家としての日本になれ」ということとは違うのですが、「国民を守れるだけの国家には、きちんとなりなさい。毅然とした国家になりなさい。悪を犯させないだけの力を持ちなさい。警察は必要でしょう」ということなのです。
警察がなかったら、喜ぶのは犯罪人です。
同じように、悪いことを考えている国があるならば、その悪を犯させないようにしなければいけません。
そうした国は幾つかあります。近隣では、北朝鮮と中国にその欲がありますが、そうさせないようにしなければいけません。
ここは、「きちんと国を守る」ということを行ったほうがよいのです。
『「正しき心の探究」の大切さ』(幸福の科学出版)P47~51
http://info.hr-party.net:57375/books/1203/
まえがき
憲法改正論議がいよいよ現実味を帯びてきた。
しかし、憲法記念日(五月三日)あたりを境にして護憲派の巻き返しも激しく、昨夏の「脱原発」騒動ふうの左翼系運動の揺り返しも熱を帯びてきた。
「憲法改正」問題になると、「竹島問題」も「尖閣問題」も「北朝鮮の核ミサイル問題」も頭から蒸発してしまい、「パブロフの犬」のように条件反射してしまう人が多すぎる。
日本人が伝統的に持っていた「和を愛する心」が、「憲法九条で平和を護れ!」に転換されてしまっているのだろう。
私は表向きは宗教家かもしれないが、やっている仕事は、新文明の創造である。
その意味で、政治や法律、経済・経営、外交、歴史、マスコミ論、地球上の紛争解決から、教育改革まで仕事のターゲットに入っている。
政治や法律、経済、外交に関して、歴代総理より詳しい宗教家がいてもいいではないか。
実際に、政治も法律も、国際経済も、経営も勉強してきた。
平凡な言い方ではあるが、向学心と好奇心とを持ち続けて、半世紀以上「亀の如く」勉強を続けてきた。この国の未来への一条の光となることを心より願っている。
あとがき
とにかく、この国を一歩前進させなくてはなるまい。
憲法に規定されてないことを法律だけでなし崩しにやってよいわけではあるまい。
自衛隊を国防軍に変えてもよいが、そのもとにある憲法九条を、正直に変更すべきだ。
憲法九十六条改正から入るのも一つの手ではあるが、政権交代のたびに憲法改正がなされて、左や右に極端にブレるのは望ましくないだろう。
元首制、環境権、プライバシー権、道州制など、議論をつくしてないものも多く、選挙のたびにブレるのは困る。
信教の自由だって私有財産権だって、今でも十分に護られてはいない。
安倍政権が次第にポピュリズム化し、「村山談話」を丸ごと認めてしまったのには驚いた。
こんな腰くだけ政権で憲法改正ができるのか。
公明党のコウモリ体質といつまで連立できるのか。
マスコミはまだ破壊のみに力を注ぐのか。
私たちも今がふんばりどころだろう。
『憲法改正への異次元発想――憲法学者NOW・芦部信喜元東大教授の霊言』(幸福実現党出版)P1~2・148~149
待ったなし 北朝鮮ミサイル発射を受けての幸福実現党の主張-及川外務局長