くらげのごとく…

好きなことを考えてふわふわ漂ってるような
時間が心地良かったりする。
たとえ時間の無駄遣いだったとしても…。

エンヤ

2005年11月30日 | 日常あれこれ
癒しブームが起こりたての頃、音楽もゴスペルとかグレゴリオ聖歌とかが注目されていた。夜更かしをして観ていたある深夜番組でエンヤを知った。

TVから流れてきた彼女の音楽はどことなく物悲しくて、それでいて清らかで、とても良かった。エンヤ。アイルランド出身の女性歌手。それくらいしか知らない。彼女の音楽ジャンルはケルトというらしい。アイルランドという北国で培われた民俗音楽なんだよね。それが、日本人の心にも響く…。彼女のアルバムは今もなお売れ続けている。演歌と共通するようなものがあるのかなあ。音楽に国境はないって本当だ。

何年ぶりなんだろう。待ちに待ったニューアルバム「アマランタイン」が出たので早速、購入してしまった。讃美歌のようなコーラスが、このクリスマスの時期にとっても合う。メロディーラインはとても簡単な曲なんだけど、不思議と癒される。何度、聴いても飽きることがない。

エンヤを聴きながら、しばし、日常の慌ただしさを忘れてみたい…。

青山~渋谷

2005年11月28日 | 日常あれこれ
公演終了後、青山をみんなでぶらぶら。噂のプラダブティックをのぞきに行く。牛乳瓶の底が重なったようなガラス張りのビルにびっくり。中に入るとかわいい新作のバックやら靴やら洋服やらが並んでいるのだけど、値段を見てまたまたびっくり。Tシャツが29000円だって~。絶対、0が1個多い。ぐる~っと1周して溜息と共に店をあとにした。

今日は、渋谷界隈に多少、詳しい人がいたので、メイン通りだけではなく路地裏にも入っていった。青山ってブティックが多いなあって思った。こういうところでお買い物をしたらセンスも磨かれそう。好みもうるさくなりそう。でも、たまにはこういう最新ファッションを見るのも刺激になって楽しかった。

BEAMSのタイムカフェでしっかりお昼を食べたのに、渋谷までもどってくると、早々とお腹がすいてきた。そこでパルコの8Fにあるベトナム料理の店に入り、コース料理を試す。お野菜が多くてヘルシーな感じでおいしかった~。



LITTLE SHOP OF HORRORS

2005年11月28日 | 観劇
副長のミュージカル。昨日が東京公演の千秋楽。同僚を誘って観にいっちゃいました。山本耕史くん演じる、シーモアは、内気な青年。そんな彼が不思議な花を育てるんだけど、それがなんと『人喰い花』なのだ。最初は、指をちょこっと切って血を出してあげてるんだけど、成長するにつれて、それだけでは満足せず人間を食べたがるようになる。このおどろおどろしさと、内気な青年のキャラとかわいい花屋のイメージが妙にミスマッチなんだよな。おどおどしながら、殺人を犯して、死体、バラバラにして花に食べさせちゃう…。すんごいお話だ。

人喰い花、“オードリー2”の声は和田アキコさん。さすが、ド迫力。歌もかっこいい。姿はないけど、アッコさんの存在感がひたひた感じられたよ~。病気を克服して熱演の小堺さん。身のこなしも軽やかだし、ギャグも上手い。このお芝居を引き締めていた。上原多香子ちゃん、かわいい、美しい、歌も上手。なんたって元スピードだもんね。初舞台らしいけど、これからもいけそうな感じ。

ホラーと言えども、ミュージカルだから、背筋が凍るほどの恐さなんか微塵もなく、とっても楽しかった。これって20年くらい前に、真田広之さんがやったんだよね。真田ファンの先輩が観に行くって言っていたのを思い出しちゃった。時がたつのは早いなあ。演劇界も映画界もどんどん世代交代していくのね。

千秋楽だからスペシャルカーテンコールがあって、出演者から一言づつご挨拶。最近、このパターン、増えてきてるのかなあ。サインボールとTシャツを投げてくれたけど、席が後ろの方の私たちのところまでは届かず…。舞台から降りて投げて欲しかったよ~。

山本くんの舞台は「The Last Five Years」に続いて2回め。でも「組!」ファンの私はどうしても土方さんがちらついちゃう。土方を完結させないと、山本くんも本当の意味で次へ進めないよね。「土方最後の一日」に向けて、公式ブログがスタートしている。更新もまめだしファンには嬉しい話題がたくさん。竜也くんも登場してるし。お正月まで要チェックだ~。

すっきりキレ味!

2005年11月26日 | 日常あれこれ
父が毎晩、飲んでいたのはキリンの瓶ビール。ハードな仕事をしていた父はお風呂上りにとてもおいしそうにビールを飲み干す。ビールっておいしものなのかと思って、こっそり泡を舐めてみたけど、とても苦いものだった。そんな父も無理がたたって糖尿になってしまい、今はもうお酒を飲まなくなってしまった…。

高校の修学旅行で、バドワイザーを一口、飲んだ。これって、絶対いけないこと。後ろめたさでドキドキしながら飲んだビールもまずかった。

20歳を過ぎて、お酒を堂々と飲める年になった。最初のころは、甘い、カクテルやサワーばっかりだった。ビールが上手いっ!って思えるようになったのは20代後半かなあ。水彩画教室の帰り、お友達とよく飲みに行った。それも、焼き鳥屋とかに。生中からはじまっって日本酒までいっちゃうことも!寒梅とか久保田とかいう高~い地酒もこの頃覚えた。でも、日本酒は身体に合わなかったみたい。翌日、必ず頭が痛くなるのでやめた。

気がつくとビール派になっていた私。我が家には常時、アサヒスーパードライが1ケース置いてある。冷蔵庫には必ず6本ストックを入れておく。父はキリンだったけど、私は絶対スーパードライ派!このキレ味がたまらない。お仕事をがんばって週末の金、土、日と解放感に浸りながらビールを飲み干すのがささやかな楽しみなのだ~。


初共演!

2005年11月25日 | 藤原竜也
市村正親さんと竜也くんが初共演だって!前々から噂はあったけど本当だったんだ~。演出は「デモクラシー」のポール・ミラーさん。ロミジュリ公演中、「デモクラシー」の稽古を観にいって市村さんと対談していたTV番組があったっけ。あれも伏線だったのね。

蜷川演出以外の舞台って久々じゃないかなあ。これは、おおいなる飛躍につながりそう。市村さんからも教えられることがたくさんありそうだし。

市村さんと言えば劇団四季出身のイメージが強い。舞台中心に活躍されている実力派。蜷川さんに「役者バカってのはああいうのを言うんだ」って言われてったっけ。最近の市村さんの舞台は3本観ている。まずは「デモクラシー」…遠い北千住まで観にいったけど、なんか難しかったなあ。歴史がからんでいて、ちょっとこっくりこっくりしちゃったよ。少し前になるけど、グローブ座で勝村くんと二人芝居もやってた。こっちも寝ちゃったけどさすがミュージカル出身の市村さん。踊りのキレが良くて上手だったってことは鮮明に覚えてる。帝劇のモーツァルトは面白かった。一番好きかも。

竜也くんとの絡みはどうなるんだろう。落ち目のベテラン俳優と新進の若手俳優っていう設定らしい。内容、深そうだし難しそうだ。でも竜也くんなら寝ないぞ。絶対

シアター1010世田谷パブリックシアター。両方とも好きな劇場だ。キャパも小さくて観やすいから。で、地方は北九州で大楽?? 今度は新幹線どころじゃない。飛行機になっちゃうじゃん。来年は少し、観劇を自粛できそうかなあなんてのは甘かった。まずはチケ取りに励まなくっちゃ。

ぼや騒ぎ

2005年11月24日 | 保育園
大遅番の日は7時までお仕事。3時30分に子どもと一緒にしっかりおやつを頂くのだけど、6時を過ぎるとお腹がすいてくる。折りしも、世の中はちょうど夕食準備の時間。ご近所からは時々夕飯のおかずを作るいいにおいが漂ってくる。今日は、魚を焼くいいにおいがぶ~ん。子どもも「秋刀魚、焼いてる」だって。秋刀魚ってわかるなんてすごい。

ところが、しばらくすると…、園門のすぐ前のアパートからめらめらと炎が立ち上っている。火事だ!!延長保育の子ども達が10名余り、おやつを食べているところだったが、即、中断。赤ちゃんを負んぶをして正面玄関側に避難開始。何がなんだかわからずに泣き出す子もいたけど、命の方が大切だもんね。

子どもの安全が確保できたので消火活動を手伝わなくっちゃって様子を見に行く。すでに園長や近所の人がホースやらバケツやらで水をかけている。消防車が到着したときにはほぼ鎮火していた。家の中から出てきた男の子がガタガタ震えて「恐い、恐い」と言っている。ママとお姉さんが来るとようやく落ち着いたみたいだった。どうも、魚を焼いていて、火を止め忘れたかなにかしたみたい。燃えた魚の火が換気扇からめらめらと出ていたのだ。食欲をそそる、おいしそうなにおいの主は、とんでもないことになっていた…。

大事に至らなくてよかったけど、遅番の職員はパニくった。正面玄関に行く近道の事務室はすでに鍵がかかっているし、乳児組の子は上履きがないし。避難訓練をしていてもいざとなると、予想してなかった問題が出てくるもんだ。冷静でいるってことがいかに難しいことか身にしみた。みんなしばし興奮状態で負ぶった子を降ろすのも忘れていたくらい。

空気も乾燥しているし、皆さん火の元には充分注意しましょう。

保育ボランティア

2005年11月23日 | 日常あれこれ
職場の同僚が関わっている「劇団プレイバッカーズ」の公演があり、お客さんの子どもの保育ボランティアのお手伝いをした。当初、1歳児から5歳児の7名を預かる予定だったが、蓋を開けてみたら、申し込み者は2名だけ。うち1名はお昼寝中だったので3歳の男の子1人だけになってしまった。最初はママと離れるのを渋っていたけど(そりゃ、当たり前だよなあ…)、とてもいい子でおもちゃでよく遊んでくれた。保育園に通っていてお人形で遊ぶのが好きなんだって。先生やクラスの名前も教えてくれた。お昼寝から目覚めてやってきたもう1名はママと離れられずに断念。ママも離れるのがいやだったみたい。結局、公演終了までの約2時間、彼はひとりでけなげにお留守番をしていた。

ボランティア要員として3名が待機していたけど、子どもが一人だけだったので順番に公演をのぞきにいかせてもらった。プレイバックシアターと言って、お客さんの体験談をもとに役者が即興劇をする。本日は育児がテーマで、お母さんたちから子育てにおける思い出話が語られる…。数々の積み重ねてきた育児体験の中で心に残るものは千差万別。子どもへの想い、親への感謝…自分の体験ともオーバーラップするところもあり目頭が熱くなる。子育て経験のない私にも共感できるところがたくさんあった。

小さな会場で、お客さんも25~6名あまり。脚本も、演出も音楽もない。だけど人生の真実の再現は、観る人の心へ様々なことを訴えかけ、不思議な暖かさが伝わっていく。もとはNYで生まれたものらしいけど、こういう劇もあるのだなあと勉強になった。自分の内面を、人を介してでも表現してもらうことによってわだかまっていたものが開放されたり、理解してもらえたりする。自分だけではわからなかったことが発見できたりもする。次回は、是非、観客として参加してみたいなあって思った。

Qちゃんおめでとう!

2005年11月20日 | 日常あれこれ
スタミナ切れ、骨折、そして今回の肉離れ…。高橋尚子選手のレースには常に故障がつきまとっている。彼女がいかに限界に挑戦しているかがうかがえる。ちょっとでもオーバーワークしたらとたんにバランスが崩れるギリギリの地点で闘っている。そして常にその地点を高き物にしようと努力している。

タイムは平凡だったかもしれないけど、2年ぶりの東京国際女子マラソンで彼女は雪辱を果たした。ゴール後は最高のQちゃんスマイル。己に勝ち、世界を制する。才能はもちろんだけどその裏にある努力は計り知れない。3500mの高地トレーニング。一歩、間違えれば命にかかわる。それを乗り越えたことは大きな自信になったことだろう。肉離れなんかものともしない強靭な心肺機能。レースを冷静に判断していた。

何事でも精神力が大切。才能があっても精神的に弱ければ潰される。いろいろなバッシングをうけてもあの爽やかな笑顔を失わないQちゃん。世間は30過ぎたらおばさんなんて見るかもしれないけどあなたはまだまだいける。結婚して出産したって走り続けて欲しい。

ふくらはぎのテーピング。私も同じようなのをしたことがあるなあ。エアロで痛めて。1日目はびっこだったけど、2日目からは歩けた。でもエアロを再開したのは1週間ぐらいかかったっけ。前日に公表したのはある意味、相手を油断させる作戦だったのかもって穿った見方も出来るけど、プロならそれもOK。全てをひっくるめて勝利への執念を燃やしたQちゃん。あなたは美しい。

味覚

2005年11月20日 | 保育園
あまり好き嫌いはない方だけど、子どもの頃苦手だったものは“ニンジン”…。あと、“あんこ”とか“生クリーム”もダメだった。好きだったのは、“すあま”と“お肉の脂身”に“くじらのベーコン”。なんか変なもんが好きだったなあ。
今は、“ニンジン”は普通に食べている。“あんこ”と生クリーム”は大~好き!逆にお肉の脂身”は大嫌いになって、口に入れると気持ち悪くなるど・・・。“すあま”はそんなにおいしいもんじゃないと気づいた。

成長するにつれて味覚って変っていくよね。離乳食の頃はわりかたなんでも食べていた赤ちゃんが、1歳2ヶ月頃にになると突然、野菜とかをべ~っと出したりする。そのあたりから味覚を覚えはじめるのかなあ。そこで、少しでもいいから嫌いなものの味に慣れさせておかなくてはならないのだろうけど、子どもも頑固だからなあ。若いおかあさんは食べないものはあげなくなってしまうみたい。入園面接で「この子は何でも食べます」と言うから安心していると給食で野菜を見事に食べなかったりする。つまりおかあさんがあげるものは何でも食べるという意味なのだ。毎日、必ず付けあわせで野菜料理がついている保育園の給食はこどもにとっても大人にとっても、とても有り難いもの。保育園に入ったらよく食べるようなりましたなんて言ってもらえると嬉しい。嫌いなものでもお友達と一緒だと食べられるみたい。保育園で食べてるからお家では食べないなんて屁理屈を言う子もいるみたいだけどがんばっているんだからよしとしてあげよう。

お誕生日会とかのインタビューでよくあるのが「好きな食べ物はなんですか?」という質問。今の子は「ピーマン」とか「野菜」とか答える。内心、「え~?本当かい?」なんて疑ってしまう。先生は何が好きと聞かれ「アイスクリームとチョコレート」なんて答えると「えー?ダメでしょ。ごはんもたべなくちゃ」って叱られる。あまりにも野菜を食べる子はいいこ”って回りが煽りすぎた結果かもしれないなあとしばし反省。

最近、「食育」がクローズアップされている。粗食に帰ろう、お米を食べようと。保育園でも取り組まなければならないことなんだけど、何をどこからどう進めていって良いものかみんなで悩んでいる。現に、スーパーに行けばお惣菜がたくさん売ってる。働いているお母さんは遅く帰って料理をするよりそういうのを利用した方が楽に違いない。でも、それでいて、余暇はきっちりとっているってところもあるかな。お休みの日に、結構、いろいろなところへ出かけている子ども達だ。それも必要なことだけど、少し、面倒くさいことも子どものためにやっていかなくてはいけないのかなあ。何故って、子どもを見ていると、10年前に比べて、身体能力が明らかに低下しているから。

退化している人間。人類の危機は身近なところから始まっているのだ…

左利き・・・左巻き・・・!?

2005年11月16日 | 日常あれこれ
私の私の彼は~左利き~
という歌が小さい頃流行っていた。

私の私の彼は左巻き~
なんて替え歌にして歌ったよなあ。

私は左利きである。今は左利きでもなんの支障もない。左利き用の道具だっていろいろある。だけど、私が子どもの頃の昭和40年代は何故か、左利きが忌み嫌われていたみたい。

箸を持ち始めたころから「右手を使いなさい」攻撃が始まった。幼稚園でお絵かきをしていた時に「こっちの手よ」とクレパスを持ちかえさせられた記憶がある。左手ならすらすら描けていたのに右手だと描けなく困った。包丁も針も左手で持つと母から「右手で」と注意された。どうにかして左利きを直したかった母は、ピアノを習うことを進めた。両手の指を動かすピアノをやれば、右手も使えるようになるのではと思ったそうだ。私もピアノには興味があったので素直にOKした。確かにピアノはメロディーを弾く右手の方が力を入れることが多い。だけど、案の定、先生から、左手が強い、伴奏が大きすぎるってよく言われた。

「元は左利きなんです」というと大概の人から「いいわねえ、両方使えて」なんて言われるけどとんでもない。持って生まれたものを途中で直された結果、どうなったかというと…
鉛筆は右、消しゴムは左、包丁と針は右、ハサミは左、アイロンとボール投げは両方、ラケット類は左…。ものによって利き手がごちゃまぜになってしまった。
どっちつかずでふらふらしている私の人生を象徴しているみたいだあ~。

俗に左利きって右脳人間なのかなあ。でも、直感力はないな。計画性もないけど。具合が悪くなるのは左半身が多い。偏頭痛も腰痛も左。エアロのコリオは左の方が得意かなあ…。ま、せめて頭だけは右脳も左脳も適度にバランス良く行きたいところだけど、それが一番難しい。