作:トム・ストッパード
翻訳:広田敦朗
演出:蜷川幸雄
出演:安部寛、勝村政信、石丸幹二、池内博之、別所哲也、麻美れい、とよた真帆、美波、栗山ちあき、佐藤江梨子、水野美紀他
わお、いっぱいすぎて書ききれん!
蜷川組でおなじみは、横田栄司、大石継太、清家栄一、新谷将人、長谷川博己などなど…
全3部ぶっとうし、12時開演で22時20分閉幕だった。
はあ、観る前はとうなることかと思ったけど、観れちゃうもんです。幕間にちょこちょこ15分休憩があり、それぞれ部の間には30分、45分と長い休憩が入る。なんか、学校の授業みたいだった。1部は、ちょうど、お昼寝タイムに入りちょっとうとうとしてしまったけど、それ以降はだんだん目がさえてきて物語に入り込めた。戯曲自体、場面転換が多く、テンポが良かったからあっという間に時間が過ぎていった。食事が心配でパンを買っていったが、夕方の45分休憩に限定ディナー(2500円、200円とちょっと高め)が出ていたし、外へ出ることもできた。
お話は、帝政ロシア末期の大河ロマン。「ベルサイユのばら」から「オルフェウスの窓」にはまった劇画世代には妙になじみがある時代だ。そのまま、池田理代子さんが描きそうな世界だなあって思った。フランス革命、デカプリストの乱、ニコライ2世など漫画によく出てきた人や事件がオンパレードだ。男装の麗人は出てこないが、ジョルジュ・サンドに啓蒙された女性たちが華やかで奔放。理代子さんの漫画は、こういう女性の描き方に力がこめられていた。
お芝居の方は女性だけでなく、男性も思想や理想に燃えなおかつ恋に翻弄されドラマチックに生きている。大河ドラマ「新選組!」のように、同時代を生きた、文豪、革命家、哲学者など、歴史上の人物たちが登場し贅沢に関わりあう。時代を変えようとする変革のうねりに乗り熱く生きた人々の群像劇なのだ。
「前へ進むこと。楽園の岸に上陸することなどないのだと知ること。それでも前へ進むこと。」主人公が最後に語る、この言葉が印象に残る。“向こう岸”などない。行き着いたかと思えばふりもどされる。船の羅針盤はどこをさして、我々はどこへ向かうのか…。政権が交代した日本の実情にもどこかリンクする気がした。どうか、難破しないでいてほしいものだ。
主演の安部ちゃん、「道元の冒険」とは違ったキャラでかっこいい。濃いビジュアルは一昔前の草刈正雄みたいだ~。革命家、ゲルツィンがばっちりハマっている。スケールの大きさを感じたよ。で、やっぱり、我らが勝村さんは凄い。最近の勝村さんは、誰よりも蜷川さんが好きな気がする。蜷川スタジオ出身者のプライドで自分が引っ張ってやろうとする意気込みがある。蜷川さんも彼を信頼してか、ハードルが高い役柄を与えているもんね。今回も、一番ふり幅が大きい役で人間の弱さをさらけだす。でも、時に、空回りしちゃうんだよね。3部なんて、観客が疲れているのを見越してか、盛り上げようと暴走しすぎ。安部ちゃんが決め台詞をしゃべっている時まで笑わせてくれた。一番、まとも?に思えるツルゲーネフ役の別所さんもかっこいい。この方、ミュージカルもストレートもいけるね。存在感があってセリフ回しも良くて以外だった。
蜷川組では、横田さんかなあ。声がよく通る。出てきただけで、わかるもん。最近、横田さんは休むことなく蜷川さんの舞台に出ているなあ。あれほど出ていた高橋洋さんが全く出なくなっちゃったからな。高橋さん、舞台復帰しないのかな。
対する女優陣では、やっぱり麻美さん。3幕とも違う役柄で登場するがそれを見事に演じ分けている。ときどき、「わっアルカージナ」って思っちゃったけど。エキゾチックなお姿からも外国の貴婦人役がよく似合う。この人も他にはいないタイプの女優さんだ。
今回、物語は壮大だけど、蜷川さんにしては、地味~な演出。シンプルで野田マップ的だった。アナログ人間の蜷川さんらしく、場面転換もたくさんの人を動員。若い人だったら、映像を使うだろうなあというようなところも、お得意のスローモーションを繰り返す。オルゴールとスローモーション、ちょっと多すぎやしなかい?スタッフの動きも見事なんだけど、見ていて、「忙しそうだなあ…」って思った。「椅子、運ぶの手伝いましょうか」ってね。これだけ登場人物が多くて、時間が長いと、演出を練るのも大変だよね。集中力が途切れたのかちょっとお疲れ感があったが残念だ。そのせいでもないだろうけど、来年のヘンリー6世は6時間位にまとめるみたいだ。それでも長いけどね。「身毒丸」や「弱法師」のように短くても濃縮された演出をそろそろ観たい気もする。何気に、窪塚くんを引っ張り出した寺山作品に興味深々だ。